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迷走日記 1月29日 走道という修行の道
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JU

迷走日記 1月29日 走道という修行の道

 

 腰痛が少し改善されてきました。3時間で30キロを走るには毎日でも問題ない程度にはなってきましたが、速く走ろうとすれば腰が痺れてきます。今月は26日時点で走行距離は700キロ程度です。無理のないように、のんびりと走っています。

 夕方に測った血圧は上が128、下が70で概ね正常のようですが、たまに上と下の差が70を越えることがあります。この差が60以上だったら、心臓に近い太い血管に動脈硬化の傾向があるということなので注意したい。

 抹消部分の細い血管に動脈硬化の傾向があるかどうかはこんな計算をしてみます。

 上の血圧−下の血圧、を3で割り、その数字に下の血圧を足す。100以上は要注意だそうです。今日の朝7時の血圧が最も高かったときで、上が141で下が73だったので計算してみると、141−73=68。68を3で割ると約23。68+23=91なので問題はなさそうです。

 動脈硬化にはEPAが効くそうなので、一日にサプリメントで700mmほどを摂っています。摂り始めて2週間ほどになりますが、上の血圧が10程度下がっているので血管力がアップしていると考えています。血糖値は尿で測っていますが正常です。薬は全く飲んでいません。最近、腰痛体操以外にドローインという運動も加えました。お腹と背中をくっつけるような意識を持って、大きくゆっくりと息を吐きながら、下腹を引込めます。丹田を意識しながら5分ほど繰り返しています。

食事はGI値が60以上のものは殆ど食べていません。野菜中心の食事に大豆プロテインを摂っています。減塩にも気を使っています。

 走ることを本気で再開するきっかけになったのは、薬を飲まずに高血圧と高血糖をコントロールするという目的だったので概ね成功しているように思えます。以前は血圧計にエラーが出ることもあった血圧が嘘のように下がっています。

 走り始めると欲が出て、記録を狙いたくなってきます。しかし、まだ無理はしない。迷走日記を書き始めてまだ4ヶ月ほどなので、あと一年はのんびりと走って、それから2時間40分をきる練習に入りたいと考えています。目標は高く持っています。

 

 健康や記録以外に、更に欲が出てきました。「走るなら、それを修行にしたい」とはっきりと意識するようになったのです。何故に修行にしたいと思ったのかは、最近に思考の「視野狭窄」や「感情のコントロールが乱れている」「記憶力の低下」といった脳の老化を感じるからです。心で思考を捉えようとすると、心は脳の働きなので、捉えようとする主体が老化しているので捉え方が偏屈になることは避けられない。身体感覚という客体で意識の深層へ入り込んでいくことで脳を活性化したいと思うようになったのです。日常の明るい意識層を深層の暗い意識層から能動的に見つめ直す。それは、脳の多層な構造の奥に隠れる未開な部分へ入り込んで、脳の使用されていない部分を開発していこうという試みでもあります。老化で脳が収縮しているのなら、使えていない場所を利用します。使えていない「無の場所」から創造的な自分を再発見する。あるいは無意識の中に眠り込んでいた場所を発掘するということかもしれません。自分の普段の思考を洗い直すには、心や精神で生きていると考える、日常的な習慣や慣習を退ける。人間は実際には身体に支配されています。普段とは違う、心や精神を「身」を使って実践的に否定をします。身体を使って心を空にする、「心身を解脱」することで自分の意識を検証していきたいと考えています。「心身解脱」という方法で「生を強く意識する」、そして自分の存在を知る。生の根源を掘り起こしていく中で意識のあり方を問い直します。「瞑想打座」とはそういう事であるように思えます。走るという瞑想打座で脳の老化を防ぐことを、実践としてみたいのです。

 運動することで脳に酸素を送り込むこと、神経伝達物質を増やす、交感神経と副交感神経のバランスを保つ、そして修行という身体感を取り戻すことで、感情を整理して認知パターンを変える、妄想や嫉妬や怒りに囚われていないだろうかと問い直す、自己愛を上手く利用する、リビドーやアグレッションといった愛や怒りの本能を手なずける等々、運動を修行と組み合わせることで出来ることは多い。要は「瞑想打座」とは心と身体の受動と能動の回路を簡素化していくことだと思います。

 

走るだけでは修行にならない。ランニング愛好家から走ることを修行として、走道として確立するには何が必要なのだろう。「戒」「定」「慧」という仏教での三学を採り入れてみたいと考えています。

 三学(さんがく)は仏道を修行するものが修めなければならない基本的事項です。

『戒学』(かいがく)戒律のことです。身口意(しんくい)の三悪(さんまく)や貪瞋痴(とんじんち)の三毒(さんどく)による一切の不善を禁制し、善を修することをいいます。

『定学』(じょうがく)禅定を修めることで、雑念を払い安定した境地に立つことをいいます。

『慧学』(えがく)智慧を修めることで、諸の煩悩を断じて真実の法理を見極めることをいいます。

 簡潔に言うと、三学の修行とは「戒によって生活を律する」ことで定に入り、「定という実践的方法」で「慧という人間本来の姿」を悟ることです。

 

 ここは難しく考えずに、その方法論を頂きましょう。

 「戒」守るべきことを作る。「定」空白の時間を大切にする。「慧」良いことは自分のものにする。程度のことで十分なのではないでしょうか。

 私の走ることでの「戒」は、週に5日は一日3時間を走る。「定」は、元気な時は元気なりに、疲れているときは疲れているなりに、身体とよく対話しながらその時を精一杯に走る。「慧」は自分に良いと思うことは何でも取り入れる。そんなところから初めて見ます。仏教は素晴らしい教えですが、仏教だけに拘ることもありません。

 

 道元の眼蔵「坐禅儀」にこうあります。

「坐禅は静処よろし。坐蓐あつくしくべし。風煙をいらしむる事なかれ、雨露をもらしむることなかれ、容身の地を護持すべし。かつて金剛の上に坐し、盤石のうへに坐する蹤跡あり、かれらみな草をあつくしきて坐せしなり。坐処あきらかなるべし、昼夜くらからざれ。冬暖夏涼をその術とせり。」

 

 静かな環境の良いところで雨露をさけて、座りやすい場所を確保して気分よくやっていこう。ということで大きな間違いは無いでしょう。

 私は出来るだけ車や人の混雑したところを避けて静かなところを走っています。知り合いに話しかけられるところも避けます。冬の雨や炎天下では走りません。

 

「諸縁を放捨し、万事を休息すべし。善也不思量なり、悪也不思量なり。心意識にあらず、念想観にあらず。作佛を圖(ず)する事なかれ、坐臥を脱落すべし」

作佛を圖(ず)する事なかれ―――仏になろうと意図しない

 

 何も考えるな、坐っていることすら忘れよ。ということです。

 走ってばかりいてバカじゃないのと思う思慮分別は捨てる。黙々と自分の身体とだけ対話しながら走ることに集中しています。結果を求めずに、今充実した走りが出来ていれば「良し」とする。

 

「兀兀(ごつごつ)と坐定して、思量箇不思量底(しりょうこふしりょうてい)なり。」

兀兀―――地味ではあるが着実に物事を行うさま

 思量箇不思量底―――思量しないところを思量する

 

 コツコツと走り続ける。心に浮かぶことがあっても、空に浮かぶ雲のように、ただ過ぎ去っていくものと囚われない。無理に否定することも囚われとなります。

 

「僧伝、不思量底如何思量。師伝、非思量。」

 

道元は「不思量底を思量するには、かならず非思量をもちゐるなり」と言っているので、意識世界のすべてを捨てろと言っているのでしょう。

 「これすなわち坐禅の法術なり。坐禅は習禅にはあらず、大安楽の法門なり。不染汚(ふぜんな)の修証なり。」

 不染汚―――ありのまま、そのまま。

禅は理屈によって悟りを得ようとする傾向を否定し、悟りを得るという合目的化してはいけない。禅はそのままで大安楽の法門だと言われています。

 

 禅という型で肉体的に得る直感的感性と、修行という理性的悟性を相互に同時的に飲み込んでしまい消化してしまう。だから底には何も無いんです。消化吸収して栄養にしてしまうから、後には糞が残るだけです。見せてみろ、といわれても栄養になってしまったのだから見せようもない。禅は会得すると思慮が直下に心身の栄養になって姿を消してしまう。それが『非思量』というもので、今の思慮は栄養になって姿を消した思慮によって思慮されていると理解すると分かりやすいかもしれません。

 

 走るという運動で得る直感的感性と、走るという修行で得る理性的悟性を、走るという心身の栄養やエネルギーにしてしまう、そのパワーが走道の道を切り開くと考えています。

 

先ず、走るという「型」を優先させる。

ハアハアという息使いに集中して速く快適に走る速度を考える。

自分は自分という、自分の速度をつかむことだけに集中する。音楽を聴いたり、英会話を学習しながら走ることは集中力を鈍らせる。

仲間とは一緒に走らない。他に乱されない自分の走りを掴む。

 

お気に入りの練習コースを道場として確保する。

アップダウンのあるコースでは上りで筋肉を鍛え、下りでスピード感を養い、平坦なところでフォームをチェックする。

 

肉体との対話を大切にする。

トレーニングの計画を事前にたてない。走り始めてから、その日の体調を見て、今から何が出来るかを考える。走ることは走りながら感じる。

 

行為と直感の能動的関係を重要視する。

走るために何が出来るかをいつも考える。

自分が走ることをどれだけ好きになれるかが、走る大安楽の法門への入口となるのでしょう。

 

これぐらいのことから兀兀(ごつごつ)と走ってみようと思っています。

走道という修行の道は長く遠いものではなく、今、目の前にある道以外の何ものでも無い。只管打坐(しかんたざ)の教えを得て、ひたすらに走る、走る、走る。

 

写真は姫路市網干にある龍門寺境内の石仏、その5です。

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posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 15:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
迷走日記 1月20日 日本の仏教を考える その5
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迷走日記 1月20日 日本の仏教を考える その5

 

前回のブログで「心体一元論」と書いてあることが気になった方もおられるでしょう。普通は「心身一元論」です。

「身」という言葉には我が身、自分自身という意味が強くなります。また「むくろ」という頭が付いていない死体というイメージや、「むかわり」という、亡くなってからの時期を意味したものを含んで、宗教的な意味づけを持ち込む言葉となります。「むくろ」は胸や腹の奥に心があるというキリスト教でいう心、武士道でいう切腹などという、脳をあまり重要視しない考え方です。「むかわり」というと、死んでからの魂の旅立ちを思わせて、心身二元論となります。

「体」とは肉体の体で「事物の本質や実体」という意味があり、また「外から見た様子。外観。外見」という一般化された肉体として捉えやすい。

自分とは何か?ということを考えるときに、自分で考えた自分と、人から見た自分があるでしょう。「身」とは自分で考えた自分の身体、「体」は人から見た自分の身体、という判断も出来ます。

私が心体と言うのは、心技体の考え方です。武道場に掲げられていますが、武道や芸術の技ではありません。「技」には「業」の意味もあります。「暮らしをたてるための仕事。生業。なりわい。」という意味もあります。

自分とは何か?を考えるときに、自分が普段に行っていることや自分が目標としているものを指すこともあります。それは「務めとしてすること。習慣となっている行為。仕事。」という暮らしの中の技、暮らしを工夫する技と考えることもできます。「業」は仏教的には「身体・言語・心による人間の働き・行為。」という〔梵karman〕に当たります。

私が考える技・業は「目標」に向う行為、自分がこうありたいという意思によっても自分が変わり得るというものです。

ですから正確に言うと「心技体一元論」というほうが分かりやすいと思います。

何故にそこにこだわるのかといえば、仏教とは「生とは何か」「死とは何か」「生きるとは何か」を問う哲学でもあるからです。これからの長い仏道の旅を思えば、先ずはこだわっておきたいところです。

 

禅僧栄西(1141年〜1215年)に「心身一如」という言葉があります。栄西は「茶祖」として知られています。『喫茶養生記』には「茶は養生の仙薬なり」で始まります。茶は健康に良いというものですが、作法もあります。「清規」という禅僧の生活規律にも即しています。簡素に生きるという法があって、心の修行と茶が結びついています。このことは日本の武術や芸術にも大きな影響を与えています。修行という体得は「身体で覚えこむ」ものだという禅の考えです。沢庵和尚のいう「剣禅一如」もここが原点です。物事を直截簡明に捉える、道徳的に考える、「心と技と体」の関係は「茶と禅」の関係が基本と成っているのです。

茶には心を磨くという作法がありましたが、その作法は近世から近代にかけて次第に様式化された型になって、「心」は観念として主観的意識に埋没し、「身」はただ窮屈なだけの閉鎖的な型に収まってしまいました。本来の簡素に生きるという法が無ければ、単なる文化的な飾りでしかありません。

「心身一如」とは「心技体一元論」だと私は理解しています。

 

道元(1200年〜1253年)には「身心脱落」という悟りの境地があります。道元の師である如淨禅師は「心塵脱落」という煩悩からの解脱を言っていますが、道元は心の煩悩だけではなく身体の煩悩も解脱しなければならないということを言っているのでしょう。そうすると心と体の二元論だと思えますが、ひたすらに座禅をすることによって、身も心も無く、生死を離れて仏となることを説いています。

 座禅という姿も仏であり、座禅で得られるものも仏の心であるならば、人の心身はそのまま仏だということです。そのことを座禅という生き方で知る。座禅という方法で悟りを得るのではなく。座禅という生き方で「悟りの中に飛び込んでしまいなさい」という教えです。そしてその悟りですら、悟りではないのかもしれない思い込みかも知れないので、脱落させてしまいなさい。捨てて、捨てて、捨てて、ただ只管に捨てる覚悟が悟りなのかも知れない。そこから得られるものは何?常に新しい創造的な自分なのかも知れません。

 ここに道元の「身心脱落」が日本の芸道に取り入れられる核心があるのでしょう。心も技も体も忘れて、ひたすらに芸道に浸る。漬かる。沈む。溶ける。そこに芸道の極があるのでしょう。そしてそれが人を感動させるものになっていくのだと思います。

 

 「心身一如」も「身心脱落」も宗教的な教義とだけ捉えても良いのでしょうか、そこには現代では希薄になりつつある生命観を取り戻すヒントがあるように思えます。

 心と身体は一体のもののはずですが、それを心と身体に分けてバランスを崩した考え方をするのは危険です。宗教における「あの世」という考え方は、心に重きを置いた考え方です。「死んであの世で会おう」という特攻隊や自爆テロもこの心に重きを置いたバランスを崩した考え方です。武士道は心を重視するので、身体の死は軽くなります。平安時代の貴族達は歌を詠むことが貴族の証でした。裕福だったのですね。歌の世界の心や文学的な面白さを珍重するあまりに、現実性を希薄にした実在感を持った仮想世界を広げていきました。現代でも「心」の世界に実在感が強い人は精神世界を実在のものとして、「心信仰」から抜け切れません。心は脳の機能だというと「脳信仰」だと切り返してきます。現実は心身二元論が大勢を占めています。

 「心身一如」や「身心脱落」という考え方は「心」を偏重するものではないので、宗教的ではありません。「霊魂不滅」と言われると陰鬱な宗教観だと思いますが、私は仏教を法と道だととらえ、宗教的でないところを活かしていきたいと思っています。

「心」という仮想空間に強い実在感を持つことが煩悩の正体ではないでしょうか。心の深層にある貪(むさぼり)・瞋(いかり)・痴(おろかしさ)の三毒の病に罹るか、「心」を外から見て治療にあたるかは本人の考え次第でしょう。

 

 道元の座禅は「身心学道」です。これは身を先において心が後です。「只管打坐」(しかんたざ)では座禅をすることで心の底を見詰めるので、身が先になります。身が先になると何があるのでしょうか?肉体という自然があります。人は自然の一部であるはずです。インドでもなく中国でもない日本仏教の特色は「諸法実相」です。木や石や人間の身体という自然、森羅万象・そのままの姿という実相が真実なのだということです。「心」という色眼鏡が掛かっていませんか、と問われているわけです。

 

こういう道元の考え方の先達に空海(774年〜835年)の哲学があります。

 空海には「秘密曼荼羅十住心論」という修行という体験によって得られる知覚の段階が示されています。

 

1 異生羝羊心(いしょうていようしん)本能的人間の段階

2 愚童持斎心(ぐどうじさいしん)道徳性に目覚めた心の段階

3 嬰童無畏心(ようどうむいしん)仏教以外の宗教

4 唯蘊無我心(ゆいうんむがしん)小乗仏教 声聞(しょうもん)

5 抜業因種心(ばつごういんじゅしん)小乗仏教 独覚

6 他縁大乗心(たえんだいじょうしん)大乗仏教 法相宗

7 覚心不生心(かくしんふしょうしん)大乗仏教 三論宗

8 一道無為心(いちどうむいしん)大乗仏教 天台宗

9 極無自性心(ごくむじしょうしん)大乗仏教 華厳経

10 秘密荘厳心(ひみつしょうごんしん)真言宗

 

ここではその理論的なものは省きます。興味のある方は密教21フォーラム・エンサイクロメディアのHPを見てください。

 

空海はこの「十住心論」について、このようなことを述べています。

「説の如く修行し、理の如く思惟すれば、則ち三僧祗を経ずして、父母所正の身に十地の位を超越し、速やかに仏心に記入す。」(勧諸有縁衆 応奉写蔵法文『性霊集』)

 三僧祗とはとても長い時間のことです。父母所正の身、父母から生まれたこの身に既に大覚の悟りがある。説の如く修行し、理の如く思惟すれば、悟りに長い時は要らないということです。

ではどのような修行でどのような思惟なのでしょうか。

「加持」です。加持祈祷の加持ですが、加持と祈祷は別物です。

「加」は仏の力が修行者の心に入り込んでくること。「持」は修行者が仏の力を受け止めること。『大日教開題』に「入我我入」とあり、仏を我に引き入れ、我が仏に入っていく。

 「加持」は悟りを得るための実践的方法です。修行によって「心」の働きを停止する。そこに「仏日」という太陽が「心」の闇を照らす。仏=太陽という「諸法実相」があります。「心」が自己を支配しているならば、「心」が曇っていては人生も曇っている。「心」に太陽を持てば人生も明るいというものです。「心」の持ち方ではなく、「心」を透明にします。そこには七色の光が隠されていることを知ることが悟りではないでしょうか。

 

 一生懸命に自然を相手に汗をかいてみませんか。心が洗われますよ。

写真は姫路市網干にある龍門寺境内の石仏、その4です。








posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
迷走日記 1月14日 日本の仏教を考える その4
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迷走日記 1月14日 日本の仏教を考える その4

 

 田園風景が広がる山裾の霊園に我家の墓があります。夕刻前の日差しが西に傾く頃、駐車場横の椿の花壇に西日が射して、花盛りは過ぎていましたが、日が当たった椿の花びらの光と影の斑模様がインド風の原色の曼陀羅を思わせました。霊園の奥の観音像が霊園全体を見守るように安置されています。観音像は柔らかな薄桃色に浮かび上がって見えた。

墓前で蝋燭に火をつけようとするが、なかなか付かない。父の姿を思い浮かべていると、風の悪戯が急におとなしくなって火が立ち上る、不思議な縁を感じます。

よく磨かれた黒御影石に銀色の雲母が光り、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れるのが映る。父が生前に自分で選んで建てたものです。大きな墓ではありませんが高級な石が使われています。母が正月前に飾った花はまだ枯れてはいませんでした。

 

“千の風になって”という歌がありました。こんな歌詞でした。

 私のお墓の前で泣かないで下さい

 そこに私はいません 眠ってなんかいません

 千の風に 千の風になって

 あの大きな空を 吹き渡っています

 

 墓の中には父の遺骨が納められているだけで、そこに父の魂が宿っているわけではありません。霊がいるわけでもありません。父は父を知る人の心の中にいます。それでは、墓参りをすることに意味は無いのでしょうか?

 

 私とは?私の記憶が私を形作っているのです。その記憶とは線だけで画かれた塗り絵のようなものです。そこに現在の新たな記憶を作り出している私が色付けをしていると言えます。ですから、人生は塗り変えることが出来るのです。ネガティブな色にもポジティブな色にも自由に塗り変えていけばよいのではないでしょうか。未来とは新たな記憶を創り出していくことです。

 

 自分の心の中に生きている、その人の記憶に出会いに行く。生命は記憶によって誕生し、記憶によって受け継がれてきたように、記憶は重要なものです。自分とは何かを知る、良い契機にしたいものです。私は私の記憶の中で生きている。今を見る目も明日を見る目も、記憶が判断しています。

 

 世の中はすべて相対的で絶対的なものは無い。人は不確実で不安定な場所と時間という物理空間に生きています。自分を計る尺度は記憶以外では測ることが出来ない。それは、他の人が作った、科学や哲学や宗教や芸術という記憶かも知れない。しかし、その尺度もまた相対的であるがゆえに、作り変えることが出来る。

 記憶の最深部に辿り着くと、自由とは何かが分かる。自由という種を見つけることが出来ると言い換えれば、それは阿頼耶識(あらやしき)でいう“すべてを生じさせる種”かも知れない。自分が新しく生まれ変われる種もある。人間は脳のほとんどを使わないままに眠らせている。そこにはどんな記憶が眠っているのだろう。深い瞑想で知る以外に手はあるのだろうか?

 

 “千の風になって”という歌は魂や霊は存在するという歌です。私の魂や霊は墓の中にはいないが、風になって吹き渡っていると歌っています。

 

秋には光になって 畑にふりそそぐ

 冬にはダイヤのように きらめく雪になる

 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる

 夜は星になって あなたを見守る

 

 墓という宗教的な権威は否定されています。光や雪や鳥や星や風になるということは、そこに宿る精霊というアニミズム信仰だということになります。多分この歌がヒットした理由は、宗教には閉鎖的で因習深い村社会のイメージがあり取付き難いのだが、信仰そのものは否定しているわけではないという、現代の人々の宗教観があるのでしょう。信仰はもっと自由でありたい、説教臭いのはウンザリだ、スピリチュアルやパワースポットとして離れたところから眺めている分には抵抗が無い。文化遺産としての興味はあるが、中身を理解しようというまでに入り込みたくないという意識なのでしょう。

 

 宗教の権威を否定しても、多くの人は魂や霊は存在するかも知れないと思っています。魂や霊とは心の延長線上にあります。つまり、心と体が別々のものだということです。心と体は別々のもので、体が滅んでも心は残るという考えです。何故に、体が滅んだら心も無くなると思わないのでしょうか、心とは以前のブログでお話したように、心体が求める音楽的状態で、バランスの良い心地好さを求めている状態です。それは脳が支配しています。別の言い方をすると、心の構成要素は記憶なので、記憶のあり方に支配されています。心と体は一つのものだと私は考えています。心だけ宙に浮いていると思うのは納得の出来る話ではありません。

 多くの人は魂や霊が存在するかも知れないと思っているのは、科学に対する科学信仰へのアンチテーゼかも知れません。脳科学はまだ記憶のメカニズムのすべてを解明しているわけではありません。原発や遺伝子組み換えのような科学に対する不信感も強い。宗教も科学も鵜呑みには出来ない、信じられるものは自らの魂の自由だ、ということなのでしょうか。

 

 宗教の原初的なものは言葉の登場を待たなければなりません。言葉によって人間の記憶は膨大な量になっていきます。その記憶は同じ過去の事実があったとしても、記憶のされ方で現在への影響は大きく違う不思議もあったのだと思います。前提に記憶という不思議があった。生活の周りに自然との関わりがあり、関わりの中で記憶が作られていく。記憶は幾重にも重なり、他の人の記憶とも重ねあわされて、自然とどう関わっていくのかが決められていく。

 文字が誕生すると記憶の量は天文学的な数字に跳ね上がっていく。もうその記憶の量は人間一人の処理能力では追いつかない。記憶を処理して現在の生き方をコントロールし、未来へどのような記憶を残すのかを指し示す、超という字がつく能力の高い人格が求められた。

 

 では膨大な記憶を有するコンピューターに宗教は創れるだろうか。もし、コンピューターに創造することの快感が備われば、コンピューターは宗教を創るだろう。人間は創造することに快感を得る生物だった。その脳のメカニズム、記憶から創造へ、創造は記憶という情報から生まれる。記憶という能力の活用、それが人間の生存戦略の要だったのです。コンピューターが記憶を溜め込むだけの装置である限り、宗教は創れない。

 

 人間の脳は妄想や幻覚まで、現実にあるかの様な明確なイメージさえ作り出す。記憶を塗り変える洗脳という方法で、如何わしい宗教すら作り出してしまう。

 怖いのは絶対神という全てを同じ色調に塗り変えてしまう信仰だと思えます。それが人間の好奇心を抑制するものであれば、創造性も失う。

 そのような宗教の本を読んでいて特徴的なことは、脳科学を否定するものが多い。しかし、その理解は入口に止まった未熟なものばかりです。一方、脳科学が宗教を否定するものは少ない。信仰の力を高く評価し、その健全な信仰のあり方を模索するものもある。

 宗教と科学では信仰を巡る『心』の捉え方が違う。宗教は心体二元論で科学は心体一元論です。心体二元論は、心は神から授けられたもので自分のものではない、ということになるのでしょう。心体一元論は、心は脳が作り出すものだから自分以外のものではないということになるのでしょう。

宗教家のなかには、科学は人間の尊厳を損なうものだと言われる方もいますが、科学も人間の営みであるのなら、大きく科学を包摂することが必要でしょう。そもそも心体一元論であろうが二元論であろうが信仰にとってはどうでも良いことではないだろうか。『心』の捉え方というより『心』のあり方のほうが大切なのではないでしょうか。

 心の構成要素は記憶です。それは塗り絵のようなものです。明るい色に塗り変えることで明るい明日があります。宗教には大切な役割があります。人間の原動力となる達成感や創造性を応援することです。

 

 私たちは人類という進化の記憶も持ち合わせています。胎児の成長がそれを物語っています。受胎後32日目ごろから1週間の間に魚類、爬虫類、哺乳動物という進化の歴史をたどり、生まれたばかりのときは猿のような顔をしている。遺伝子という記憶もあります。

 

 人間は記憶を紡いで生きている。自分の記憶を振り返ってみる。

 墓には魂も霊もいないでしょう、しかし父が紡いできた記憶が、私の記憶として心に刻まれています。

 私にとって墓参りとは新しい記憶を紡ぐ、織り返し点だと思っています。

 墓からの帰りには赤い帽子のお地蔵様が見送ってくださいました。

 








posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 20:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
迷走日記 1月5日 陽気に生きる
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迷走日記 15日 陽気に生きる

 

 走っているのが楽しいのか、と聞かれると「まあそこそこ」としか答えられない。本を読んでいるのは楽しいのか、と聞かれても「まあ、そこそこ」というようにしか答えられない。走っているときよりは読書をしているほうが楽しい。しかし、目が見え難くなってからは、楽しいときもあれば楽しくないときもある。雪や冷たい雨はつらい。疲れているときは足も重い。年によるものなのなのだろうか、集中力にもかけて、弱気の虫も鳴く。

 

“仏道のことば”割田剛雄著(バイ インターナショナル)に菊池寛のことばがあった。

・・・・・

24p

読書随処浄土(どくしょずいしょじょうど)

  本を読んでいると、

  楽しくって、

  どこにいても、読んでいるところが、

  極楽浄土にいるようなものだ。

菊池寛(作家。1888〜1948)

 

・・・菊池寛の読書好きは筋金入りです。中学三年のとき町に図書館ができると、学校帰りに毎日通い、二万冊の蔵書のうちの小説を全読破。中学卒業後に上京した翌日、上野図書館の蔵書を確認し、その豊富さに満足したといいます。

・・・・・

読書によって悟りの境地に近づけることの喜びを言っているのでしょう、私のように楽しいのか?という浅い問いではないようです。本を読んでいると極楽にまで、ぶっ飛んでいってしまおうというのだから、その境地は凄まじいものを感じます。

 

走歩随処浄土

  歩を進めていると、

  楽しくって、

  どこにいても、一歩一歩が、

  極楽浄土にいるようなものだ。

というぐらいの境地になりたいものですが、私はそんな人を知っています。

 

フォークシンガーの高石ともやさんです。

兵庫県のマラソン大会に京都から走ってきて参加し、大会後にまた走って帰る。それも炎天下の季節でした。正直、とても驚きました。大会でのタイムこそ私のほうが速かったのですが、京都へ走って帰る高石さんを、手を振って見送るときに見た彼の笑顔の清々しさには心を打たれました。

 

高石ともやさんの公式ホームページを観てください。主な大会出場暦、があります。その欄の最後に、2014年 73才 第42回 ホノルルマラソン 38回連続出場(6時間4315秒)【最多連続出場】とあります。

 

ホームページでの“語る”ではこう語られています。

・・・・・

元気な心と体は、それだけでやさしくなる。
体が弱いとそれだけで誰かに助けてもらわなければなりません。
弱い心はいつも誰かにささえてもらわなければなりません。

 元気な体はそのままではただのスポーツマンであり、ただのボディビルダーのままです。元気な体とエネルギーを他の誰かのために役に立たせたとき、ただのスポーツマンはヒューマンな豊かなスポーツマンに熟成するのです。

 元気な心は船にたとえると波を蹴立てて進むエンジン軽快な船です。元気がなくなると心の船は立ち止まってしまいます。波にただよって木の葉になってしまいます。
 心という船は『元気』というエンジンがなければ時代という海を幸せに航海することができません。元気がなくなった心は毎日の暮らしにただよいます。やがて水の底に沈み始めたらピンチです。誰かが助け上げなければなりません。積極的な心の持ち方はそのまま毎日の強力エンジンになるのですね。

・・・・・

 浄土とは仏の自利と他利の二利満足の場であるので、高石さんは私にとって仏のような存在ですね。今度お会いできることがあったら、拝みたいと思います。

 

ホームページトップの言葉

・・・・・

Keep on the sunny side

〜陽気に行こう〜

喜びの朝もある 涙の夜もある

長い人生ならば さあ陽気にゆこう

・・・・・

 

走っているのが楽しいのか、と聞かれると「陽気に走っています」と答えられるようにしたい。本を読んでいるのは楽しいのか、と聞かれても「陽気に読んでいます」というようにしていきたい。浄土にもいろいろありますが、陽気な浄土がいいですね。

 

「心という船は『元気』というエンジンがなければ時代という海を幸せに航海することができません。」心の深いところにこの言葉をしまい込みました。

 

 「走ることが大好きな小説家」村上春樹さんの“走ることについて 語るときに 僕の語ること”(文春文庫)にこのようなことが書かれていました。

・・・・・

123p

 世間にはときどき、日々走っている人に向かって「そこまでして長生きをしたいかね」と嘲笑的に言う人がいる。でも思うのだけれど、長生きをしたいと思って走っている人は、実際にはそれほどいないのではないか。むしろ「たとえ長く生きなくてもいいから、少なくとも生きているうちは十全な人生を送りたい」と思って走っている人の方が、数としてはずっと多いのではないかという気がする。同じ十年でも、ぼんやりと生きる十年よりは、しっかりと目的を持って、生き生きと生きる十年の方が当然のことながら遥かに好ましいし、走ることは確実にそれを助けてくれると僕は考えている。与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることの(そして僕にとってはまた書くことの)メタファーでもあるのだ。このような意見には、おそらく多くのランナーが賛同してくれるはずだ。

・・・・・

 

 走ることで得られる高揚感と充実感が、小説を書くことの集中力と持続力に良い影響を与えているのですね。コツコツと積み重ねていく努力が、結果として必ず表われてくるランニングが「努力は報われる」という確信を与え、膨大なエネルギーと自制力を必要とする「書く」という行為を支えたのでしょう。

 市民ランナーのレベルとしても、平均的な練習量でごく平凡な記録しかない彼が書いたこの「走ることをテーマにした随筆集」は、走る人みんなが一度は考えたことがある人生観や、感じたことがある詩的インスピレーションを、巧みな殺し文句を散りばめながら、禅の話を聞いているように「なるほどな」という説得力を持って読ませてしまいます。とても感心しました。

 この本の中で私はこの一文がとても好きです。

・・・・・

35p

走っているときに頭に浮かぶ考えは、空の雲に似ている。いろんなかたちの、いろんな大きさの雲。それらはやってきて、過ぎ去っていく。でも空はあくまで空のままだ。雲はただの過客に過ぎない。それは通り過ぎて消えていくものだ。そして空だけが残る。空とは、存在すると同特に存在しないものだ。実体であると同時に実体ではないものだ。僕らはそのような茫漠とした容物(いれもの)の存在する様子を、ただあるがままに受け入れ、呑み込んでいくしかない。

・・・・・

 

 彼は走ることでこのような禅定を得ています。

 青空を見ながら「太陽はきっと君を抱いてくれる」という高石ともやの言葉が眩しい。同じ禅定を得るなら、陽気な禅定に越したことはない。

 今年は私なりに、陽気に生きていこうと思っています。

 

写真は姫路市網干にある龍門寺境内の石仏、その3「陽気なお顔」です。









posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 19:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
迷走日記 謹賀新年 日本の仏教を考える その3
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迷走日記 謹賀新年 日本の仏教を考える その3

 

 正月は多くの人が初詣をして、御神籤を引いて、祈願成就や魔除の札をもらう。日本のアニミズムは人々の暮らしに根付いている。私はこれを美しいと思います。

 日本には世界に類を見ない宗教空間があります。

“コミュニティ”広井良典+小林正弥【編著】勁草書房

「第1章 コミュニティとは何か」広井良典の論文より

・・・・・

23p

・・・全国にあるお寺の数は約8万6,000、神社の数は約8万1,000であり、これは平均して中学校(約1万)区にそれぞれ8つずつ、という大変な数である。考えてみれば、祭りや様々な年中行事からもわかるように、昔の日本では地域や共同体の中心に神社やお寺があった。“日本人は宗教心が薄い”というような見方は、戦後の高度成長期に言われるようになったことだと思われる。これほどの数の“宗教的空間”が全国にくまなく分布している国はむしろ珍しい。戦後、急速な都市への人口移動と、共同体の解体そして経済成長へのまい進の中で、そうした存在は人々の意識の中心からはずれていったのである。  

・・・・・

 

広井良典は“コミュニティを問い直す”ちくま新書では、こう述べています。

(私はこの書が歴史的な名著であると思います。皆様に推薦します。) 

・・・・・

170p〜

・・・明治期以降、欧米列強の進出に直面する中で、日本は西欧近代の思考枠組み及び技術へのいわば「文明の乗り換え」を行った。しかしその基盤にある価値原理(キリスト教)は受容せず、かつ江戸期までの(仏教・儒教の)価値原理は大方捨象していったため、ここに猊疂彭な価値原理の不在爐箸いΑ¬椶妨えにくい、しかし深刻な事態が生じたことになる(もちろん明治政府はそれを天皇を中心とするナショナリズム的な価値原理によって置換・統合しようとしたわけであるが)。

 さらに第二次大戦の敗戦により、そうしたナショナリスティックな価値原理も否定されることになり、戦後の日本社会は文字通り牴礎邑桐の空白″に置かれることになった。その結果、戦後の日本人にとって事実上狄仰爐箸盡討戮襪茲Δ弊簑佚価値になったのは、他でもなく「経済成長」という目標であったといえるだろう。

・・・・・

 

明治期の「文明の乗り換え」、戦後の「経済成長」が日本人の信仰心を塗り変えたが、下地にはまだしっかりと信仰心が残っていることが、除夜の鐘で百八つの煩悩を想い、新年を寿ぐ(ことほぐ)人々の心のありようを見ても分かる。

 日本人の精神構造は敗戦によって、大きく変った。自身を喪失した日本人は、喪失したものを取り返そうと言わんばかりに、ひたすら経済成長という名の経済戦争に向った。その急速な経済成長は成長が飽和状態になると、人々の心に一つの疑問を浮上させることになった。「これが、私たちの求めていた幸せだったのだろうか?」

 

“コミュニティ”広井良典+小林正弥【編著】勁草書房

「第1章 コミュニティとは何か」広井良典の論文より

・・・・・

12p

・・・戦後の日本社会とは、一言で言えば「農村から都市への人口大移動」の時代だった。そうした中で、都市に移ってきた日本人は、いうならば都市の中に「カイシャ」と「家族」というムラ社会を作ってきたのではないだろうか。そこではカイシャや家族といったものが“閉じた集団”(=閉鎖的なコミュニティ)となり、それを超えたつながりがきわめて希薄になっていった。

・・・・・

 その結果、OECD(経済協力開発機構)の報告で、国際的に見て日本は最も「社会的な孤立」度の高い国であることを示されることとなった。

 

 広井の論はこのような指摘もしています。

・・・・・

12p〜

現在の日本の状況では、「空気」といった言葉がよく使われるようになっていることにも示されるように、集団の内部では過剰なほど周りに気を使ったり同調的な行動が求められる一方、一歩その集団を離れると誰も助けてくれる人がいないといった、「ウチとソト」との落差が大きな社会になっている。このことが、人々のストレスと不安を高め、生きづらさや冒頭に述べたような閉塞感となって現れていると思えるのである。

・・・・・

 

「カイシャ」と「家族」というムラ社会のウチとソトの落差が大きくなって、人々のストレスと不安を高め、生きづらさや閉塞感となって表われた。その生きづらさや不安は「カイシャ」と「家族」というムラ社会にも侵食し、悪循環をしているように思えます。

 

 梅原猛古希記念論文集“人類の創造へ―梅原猛との交点から”(中央公論社)で、

“仏教の現代的意義”河合隼雄氏の論文にこのような記述があります。

・・・・・

119p〜

 われわれ心理療法家のところに訪れる多くの人が「関係性の喪失」を病んでいる。子どもたちの多くは、両親は自分のためにいろいろなこと、たとえば、塾に行かせたり、書物を買ったり、食事のためにレストランに連れていってくれたり、をするが、それは結局は自分をコントロールして、親の欲する形に押しこもうとしているのだと感じる。一人の人間として自分の好きなように生きるのではなく、両親に操作されていると思うのである。つまり、そこには親子の間にある感情の交流、親子関係というものが失われているのである。このような例があまりにも多いので、心理療法家としては、関係性の回復ということを、現在の課題として強く意識することになる。

・・・・・

 

ウチやソトでも「関係性の喪失」が問題となっている。それは“コミュニティを問い直す”ことが重要な作業であることが分かります。

 

 広井良典の“コミュニティを問い直す”ちくま新書での以下ような提起は、現代や未来に生きる仏教を考える上でも興味深い。

“コミュニティを問い直す”ちくま新書

・・・・・

271p

・・・19世紀後半の産業革命以降の、約200年強の急速な産業化及びそれに伴う人間の経済活動や生産・消費の飛躍的な拡大とその飽和・成熟化――を迎えつつあるのだが、それはちょうど紀元前五世紀前後に、普遍的な原理を志向する思想が地球上で同時多発的に生成した時代とある意味で同型の時代状況――拡大・成長から成熟化・定常化への移行という点において――であり、その意味において、再びそうした何らかの新たな根本的な思想の生成が待たれている時代ではないか・・・

・・・・・

 

 紀元前五世紀前後には、ギリシャにおける哲学的志向、インドでの仏教思想、中国での孔子をはじめとする諸子百家の思想、イスラエルにおける旧約の思想が一気に生まれた。

 その時代と同型の状況、定常化の時代に、新たな思想形成が待たれている・・・

 定常化の時代とは

・・・・・

277p

・・・狩猟段階―農耕段階一産業化段階それぞれの前半期をなす拡大・成長の時代とは「人間と自然」の関係が大きく変わる時代――より正確には、人間が自然からエネルギーを引き出す様式が根本的に変化し、自然を収奪する度合いが増幅する時代――であったといえる。これに対し、各段階の後半期たる定常化の時代とは、資源制約の顕在化やある種の生産過剰の結果として、人々の主たる関心が「人間と人間」の関係あるいは「人」そのものに移り、自然の新たな収奪や物質的・量的拡大という方向ではなく、個人や文化の内的な発展あるいは質的深化とともに、「ケア」、そして(人と人との関係のありようという意昧での)コミュニティというテーマが前面に出る時代となる。

・・・・・

 

新たな価値原理の追求が課題となる時代であるように、私も思えます。仏教や儒教に興味を持つ人が増えつつあるのも、そんな時代の前触れなのかも知れません。

 その思想は「有限性―環境の問題」と「多様性―人間の位置」という立脚点を持つことになりそうです。

コミュニティというテーマは“人類史的次元”で考える必要があります。みんなで考えてみませんか?

私には「森と八百万の神々」と「仏教の多様性と柔軟さ」が新たな価値原理を生む鍵となるのではないか、と思えてなりません。


posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 22:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
迷走日記 12月31日 日本の仏教を考える その2
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迷走日記 12月31日 日本の仏教を考える その2

来年の抱負

 

 相変わらず腰が痛いままですが、ボチボチと走っています。痛みには「心術」で、乗り切っています。我慢は続かないので、東洋の叡智で「心術」を体得しようとしています。痛くて満足に走れなくても、それによって得られることもあります。

 ウルトラマラソンやロングトレイルでも、駄目だというときは心から崩れる。心のあり方を知っているものは強い。もう一踏ん張りが違う。積み重なると大きい。人生でも同じではないでしょうか。

“禅パワー あなたを変える禅の名言”河野太通著(海竜社)にこのような言葉がありました。

・・・・・

枯木花、開く劫外の春 こぼくはな、ひらくごうがいのはる(『人天眼目』二)

・・・必死になれば窮地は必ず突破できる

106p

鎌倉円覚寺の開山仏光国師、無学祖元禅師は修行時代、師の無季師範に「起州無学」の公案を授けられましたが、どうしても透過することができませんでした。そこで「悟らずんばこの座を立たぬ」と決死の覚悟で、寝食を忘れて猛烈な坐禅をつづけました。その結果、わが身を忘れ、わずかに呼吸だけがあるが、手足が冷え、死人同然になってしまいました。同僚の雲水たちが、延寿堂(病憎寮)に運び込み、「近いうちに、祖元上座の葬式を出さねばなるまい」とうわさをするほどでした。それでも坐禅の坐相をくずしませんでした。大死一番してしまったのです。

 その翌朝、起床を知らせる板木が、カーンカーンと響くのを開くや、忽然と意識が復活して立ちあがりました。絶後に蘇生したのです。この境地を「枯木花、開く劫外の春」と表現します。

・・・・・

 禅師は仮死状態だったのでしょうが、悟りのために猛烈な座禅を続けられたのは禅師に「心術」があったからでしょう。そんな「心術」を求めて、来年も走ります。腰の持病を持つ爺でも花が咲くことを信じています。

 

三輪執斎(みわしつさい 16691744)にこのような言葉があります。

“陽明学 100の言葉”小林日出男 編集統括 発行:未来塾 より

・・・・・

学ぶ所は常に士心(ししん)の発奮(はっぷん)にあり。『士心論』

・・・・・

本書にて、志とは無限の可能性を信じることだと、教えられました。気持を奮い起こして「心術」を得るために、気持を新たに新年へ向います。

 

梅原猛古希記念論文集“人類の創造へ―梅原猛との交点から”(中央公論社)で、

“仏教の現代的意義”河合隼雄氏の論文にこのような記述がありました。

・・・・・

128p

現代において仏教を重視するとしても、大きい問題がある。「戒定慧」(かいじょうえ)という言葉があるように、仏教の知恵をほんとうに身につけるためには、本来的には「戒」を守り「禅定」を重ねることが必要なのである。『大乗起信論』などに説かれている内容を、自分のものにするのは現代人にとっては不可能なのではないか、と思うこともある。戒も守らず禅定にもはいらず、仏教の知恵を生きることは可能であろうか。この点はもっと真剣に論じてみる必要があるだろう。仏教は既に述べたように、いろいろなジャンルの複合体である。それを知的に研究しても、その本質は把握できないのではないか。

仏僧であるとか、宗教家であるとか、ではなく、現代に生きる一人の個人として、仏教に意味を見出すとなると、どのようなことができるのだろうか。おそらく日常の生活をしつつ、「戒定」に相応する何らかの工夫が必要なのであろう。そこに個々人の固有の方法が生み出されるという点で、個人ということが関与してくるのではなかろうか。

・・・・・

『大乗起信論』・・・

一巻または二巻。馬鳴(めみよう)著と伝えるが、中国撰述の疑いもある。五世紀頃の成立か。大乗仏教の代表的概説書。大乗に対する正しい信心を起こさせることを目的とし、心を本来の面(心真如門)と活動の面(心生滅門)の二面から考察する。起信論。

大辞林 第三版

「戒定慧」・・・

仏〙行動の規範である「戒」と、宗教的精神統一である「定」と、真理を知る「慧」。仏道修行者の修めるべき三つの要目。三学。

大辞林 第三版

 

日常の生活をしつつ、「戒定」に相応する何らかの工夫が必要。ということに、私なりの取り組みをしてみようと思います。

戒=素直、謙虚を心がける。定=走禅での瞑想。慧=東洋の叡智を学ぶ。そのような工夫を来年の抱負にしてみようと思っています。

 

“私だけの仏教”玄侑宗久著(PHP文庫)を読んでみると、私なりの仏教でも、それはそれなりに良いのではないかとも思えます。

・・・・・

14p

・・・『私だけの仏教』とは、決して尊大な意味合いではないつもりである。私に書けるのは私が私用に勝手にアレンジしている仏教でしかない、という意味合いが一つ。もう一つの意味合いは、所詮全部を学ぶことなど不可能なほど仏教は膨大だから、全体の見取り図が分かったならそれぞれが自分用にアレンジする、あるいはホテルなどのヴァイキング形式で自分用の皿に盛りつけするように、自分用の仏教を作ってもいいのではないか、という考えである。

15p

・・・「ヴァイキング」と名づけたのはじつは日本人、帝国ホテルの従業員らしい。

 昔から日本人はヴァイキング形式で独白の文化を作ってきた。クリスマスや初詣やお盆の併存はその典型だろう。仏教各宗派の和合の状況も然り、である。ヴァイキングに並ぶ豊富な食料から自分の口々体に合ったものを選んでいただくこと。それがこの本の最終的な目標であることを、まず初めにお断りしておきたい。そうした食事形式に「ヴァイキング」と上手に命名したように、皆さんもお好きな名前をつけて「OO仏教」などと呼んでも面白いかもしれない。

・・・・・

 

 仏教だけとは言わずに東洋の叡智をバイキング形式で頂いても良いのではないでしょうか。バイキングで頂いたものは心の栄養にして「心術」を育てていきます。

 

写真は姫路市網干にある龍門寺境内の石仏、その2です。








posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
迷走日記 12月23日 日本の仏教を考える
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迷走日記 12月23日 日本の仏教を考える その1

 

 相変わらず腰が痛くて、2時間20キロ程のスロージョギングしか出来ない。情けない思いをしていますが、それはそれなりに瞑想しています。ゆっくりと走っているほうが深い瞑想に入れているように思います。

“私だけの仏教”玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)著PHP文庫

にこんなことが書いてありました。

・・・・・

64p

「我慢」は仏教では「七慢」(しちまん)の一つに数えられ、慢心の一つだが、日本語で云われる我慢にもじつはこの意味合いが紛れ込んでいると私は思う。例えば床を拭くようにと誰かに命じられた場合、命じた人がどんな人かに関係なく、なぜ今そうしたほうがいいのかを充分に納得して動きだせば我慢などする必要はない。納得して心をやる気にシフトしようとしないのは怠慢であり、慢心だろう。だから我慢してすることになるのである。

・・・・・

 日本の仏教が我慢を勧める雰囲気があるのは儒教の影響ではないかと思える、と著者は述べています。

 

「将来きっといいことがあると思って今は耐え忍んで努力するというのは、今という時間への冒涜である。」

「楽しくないような気がするのなら、やめておけばいい。」

と著者は言っています。

 分かるような気がします。今充実した時を過ごせているのか?走りながら考えていました。腰が痛ければ痛いなりに、我慢ではなく、充実した時にしなければならないのでしょう。痩せ我慢は止めた。そして2時間で切り上げました。嘘、痛くて走れませんでした。

 

 仏教は仏道や仏法とも言われています。私は「教」とは学びの心、「道」とは志、「法」とは自らへの戒めだと思っているので、状況に応じて使い分けています。今は仏教を学ぼうと思っているので、仏教です。

 しかし、仏教という「宗教」の概念は明治に大きな転換点があった。

・・・・・

45p

・・・明治の初め、Religionという言葉が入ってきて「宗教」という言葉が訳語に使われた。しかしもともとReligionという言葉はキリスト教、もう少し広げれば「一神教」を意味するため、日本的宗教を表現するには初めから不適当だったのである。

 ところが「宗教」という言葉で括られる場合はどうしても仏教も入る。それはつまり、「Religion=宗教」の基準で仏教が測られることを意味するから、いきおい遅れた宗教という見方にならざるを得ない。西欧ではアニミズム(精霊崇拝)的多神教は宗教の原始型で、進歩して一神教になると考えるから、日本の宗教状況は遅れていると見てしまうのだ。日本人の大部分は、そうした西欧仕込みの見方で自分の国の宗教状況を見ているのではないだろうか?

・・・・・

 

 今でこそ、比較文明学というものがあって、どの文化が遅れている、あるいは進んでいるという考え方をしないのが一般的ですが、当時はそうではなかったのですね。

 

 比較文明学会ホームページ

ニュースレター第56号巻頭言

「総合知」としての比較文明学の構築 会長就任挨拶にかえて 松本亮三 2012/02/01 の文章の中に、こんな一文があります。

・・・・・

 『旧約聖書』の創世記には、天地創造の第6日目、神は自らにかたどって創造した人を祝福して、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」(1.28:新共同訳)と言ったと語られている。この自然支配の論理は、「科学+技術」という西欧近代の特異な結合体を、あたかも「普遍的なもの」として展開させる基礎として生き続けた。その結果、大地も生き物も疲弊しつくした。火山の噴火、土石流、地震、津波など、凄まじい自然の営力を、各地で何度も体験しながらも、「不都合な真実」はすぐに忘却の淵に追いやられ、西洋近代の洗礼を受けた世界中の人々我々は、自然を支配できるという妄想を抱き続けた。人とはオポチュニストだったのである。 

・・・・・

オポチュニスト―――ご都合主義

 

この文章の後半には、「総合知」への思いも語られています。

・・・・・

比較文明学の主題は、単に古今東西の文明現象を比較考察するという学問至上主義ではない。分析と回顧を超えて、新たな文明を築くという実践的志向こそが、その主題であると考えなければならない。比較文明学に今必要なのは、今後の文明を構築するための、新しい知の構築である。自然・人文・社会の諸科学が各々の領域を守ったまま連携することではなく、これらを融合して形成されるべき「総合知」という新しいパラダイムを構築することに、その意義があると考えなければならない。

・・・・・

 

「西欧仕込みの見方」で仏教を見てはいけない。

仏教を「総合知」という新しいパラダイム(考え方・認識の枠組み)で捉える。必要性も感じました。

 

 日本仏教がアニミズム的に感じられるのは、その自然観にあります。

仏教はその理念の根幹に「和合」という調和があります。自分の中での和合、人と人との和合、人と社会との和合、人と自然との和合。特に、自然との和合については日本仏教の天台思想に見るべきものがあります。

 梅原猛さんは「山川草木悉有仏性」と、見事な洞察力で表現されました。

 人間は自然環境の変化や影響によって、文明の盛衰を見たことは安田喜憲が環境考古学で明らかにしてきました。“文明は緑を食べる”“文明の荒廃と文明の盛衰”を読んだときは衝撃的でした。皆さんも是非に読んでみて下さい。

 

 梅原猛古希記念論文集“人類の創造へ―梅原猛との交点から”(中央公論社)で、

 安田喜憲は“森と文明の旅”で、このように述べているところがあります。

・・・・・

491p

・・・日本の農耕社会では、経営規模をいたずらに拡大して粗放的にするよりも、労働集約的にした方が収量が多かった。急峻な地形のため水田の拡大には限界があった。そして急峻な山地に家畜を放牧するよりは、森を保存し、森の資源を水田の肥料として利用する方が、土地生産性を活用することにつながった。潅漑用水を定常的に確保するためにも、水源涵養林が必要だった。温暖・湿潤な気候も森の再生には好都合だった。こうして日本人は森の資源に強く依存する農耕社会を構築した。日本の農耕社会と深いかかわりを持つ二次林の生育する山を里山という。日本人はこの里山の森林資源を核とした自然=人間循環型社会を構築することに成功したのである。

・・・・・

 

森を大切にする日本の農耕社会の特徴が日本的な仏教や神道を生んだ。自然=人間循環型社会が日本的な自然信仰を育てた、と言えるのではないかと思えます。日本の八百万的アニミズムが宗教の原始型で遅れているというのは当たらないことが分かります。西欧のような一方的な森の破壊は日本では見られないのです。農耕のあり方が自然観の違いを生み、宗教の違いも生み出したことを、この論文で読み取れます。

 梅原や安田が「森の思想が人類を救う」と言うことを考えてみると、その思想を支えた日本仏教や神道を見直す、新しいパラダイムを構築する契機にはならないでしょうか?

 

 写真は姫路市網干にある龍門寺境内の石仏、その1です。








posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
迷走日記 12月17日 北原白秋のセルフエスティーム
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迷走日記 12月17日 北原白秋のセルフエスティーム

 

 北風に向って走っていると「忍の一字は衆妙(しゅうみょう)の門」という言葉が浮かんできました。耐え忍ぶことが深遠な道理を知る入口となるのなら、忍の一字を味わってみよう。そう思って、凍てつく道を走りました。

No pain,no gain.(苦労なくして利益はない)と、かつて通っていたトレーニングジムに掲げてあった言葉も思い出したりしました。

 私はみんなの歌でお馴染みの「北風小僧の寒太郎」という歌が好きです。

ヒューン ヒューン ヒュルルンルンルンルン

冬でござんす ヒュルルルルルルン 

寒うござんす 

雪でござんす

と歌いながら走りました。

走り終わって振り返ってみると、忍というほど大袈裟ではありませんでした。歌に励まされたようです。

 

最近、瞑想(迷走)するときには、テーマを持って瞑想しています。最近は自尊心ということについて想いを巡らせています。

自尊心が強すぎると、人間関係で衝突が多くなる。自尊心が無さすぎると、自信喪失になって行動力が殺がれる。自尊心のバランスについて想いをめぐらせているのです。

アメリカの心理学者ウィル・シュッツのセルフエスティーム(Self esteem)、ポジティブな自己イメージについて考えながら走っています。

略歴

カリフォルニア大学ロサンゼルス校にて博士号を取得。同校心理学部、ハーバード大学、シカゴ大学などで教える。セラピー、教育、組織の活性化に関する斬新な理論と経験的法技の研究開発で国際的に知られる。晩年はコンサルタントとして数多くの政府機関や民間企業にトレーニングを行った。2002年没

 日本語での書籍では

“自己と組織の創造学−ヒューマン・エレメント・アプローチ”春秋社

“すべてはあなたが選択している”翔泳社

“生きがいの探求ほんとうの自分を知り、活かす喜び”ダイヤモンド社

“ヒューマン・エレメント・アプローチ”個人編・組織編 白桃書房

 

“自己と組織の創造学”アマゾンでの「BOOK」データベースでは

自分の能力を最大に発揮し素晴らしいパフォーマンスを生み出すためには、ポジティブなセルフエスティームが必要。そして、ポジティブなセルフエスティームを持つためには、まず自分自身を知り、自己の防衛のメカニズムを知り、なぜ自分が特定の行動パターンに柔軟性なくこだわっているのかを理解しなければならない。そのためには、自分自身にも相手にもオープンに正直にならなければならない。防衛や非難的な態度がなくなって初めて人は成長することができ、自分のポジティブなセルフエスティームを持てるようになり、自分の能力をフルに発揮でき、素晴らしいパフォーマンスを生み出すことができる。本書では、まさにこのプロセスを明らかにしている。

 

 年が明けた頃に「自己防衛のメカニズム」「自己防衛行動の拘り」「相手に対する防衛や非難的態度の改善」「他者の中で自己の成長を感じる」という項目を設定して、セルフエスティームをいかに向上させるかについて、私なりに瞑想したことのお話をしてみたい。

 

セルフエスティームの構成要素

自己重要感(Self-Significance)自分には価値がある。

自己有能感(Self-Competence)自分は有能である。

自己好感(Self-Likability)自分は愛されている。

 

人間の誇り・自負心・自尊心とは何かを知り、行動の意味を知ることで人間関係を知る。

 

実は、このセルフエスティームにも他力と自力があります。ウィル・シュッツのセルフエスティームを上座部仏教とするならば、大乗仏教的なセルフエスティームもあるのではないか、と思えます。

人は誰でもポジティブなセルフエスティームを向上できるわけではありません。少数かもしれませんが、本当にどうしようもないところまで落ち込んでいたり、絶望していたりすると、助けが必要なのです。

信じるものに引き上げてもらって、ポジティブなセルフエスティームを向上させる方法もあるのではないかと思います。そんなときに仏教の教えを利用することも方便なのではないでしょうか。

 

“仏教の名随筆 2”(国書刊行会)に

北原白秋の『洗心雑話 その5』が掲載されています。

・・・・・

93p

童心(わらべごころ)を深くした聖心(ひじりごころ)、その聖心こそ神心仏心のあらわれである、言葉をかえて云えば忝(かたじけな)い神心仏心の前におのずと頭をさげて、その心をおのが心と為し得た時に人はおのずと聖になる。世の中の大きい聖、詩歌の聖は常にこの心を心として深く遜(へりくだ)り、博く愛(いつく)しみ、そうして事々に掌(て)を合せた。聖ならずとも、凡夫でも時たますると、何かのきっかけがありさえすれば神心に触れ得るのであって、それは難有い仏心に目が開いてくる。それは時たま、ほんのしばらくの間でも尊い命の中の命となる。その時、その人は立派な聖である。そういう時にできた歌こそほんとうのものである。

・・・・・

 

 聖心というポジティブなセルフエスティームの構成要素を見ることが出来る。しかし、神仏というこだわりが柔軟性をなくしているのではないか、という疑問も出てくるが、そうではない。

 童心というものが柔軟性を意味しているのです。

・・・・・

94p

 童の霊は新らしい、いつもぴちぴちしている。それは地面から湧きあがる甘藍(キャベツ)の玉のように、常にいのちは洗われている。生れたままである。神心のままである。童の観、聴き、嗅ぎ、触れ、味い、心に感ずること、それらは凡て驚きのたねならぬはない。不可思議な何とも云えぬ美しい世界、その世界にいつも童は目を瞠(みは)って驚き、歌い、飛び廻る。その童に触れるとまたありとあらゆる空も光も竹も木も石も玉も生物もみな目の醒めたように光り輝いてくる。童は常住(しょっちゅう)この水々しい驚異を驚きとして生いたってゆく。

・・・・・

 

 童心とは開放的で新鮮な驚きに満ちて、世界にいつも目を瞠(みは)って驚く態度であるので、そのことはポジティブなセルフエスティームを持つことそのものです。

・・・・・

94p

 尊いこの心を識る事は尊いおのれのいのちを識る事である。人が何かの機縁に触れて心から目が醒めて驚く時、そのいのちは光り出す。そのきっかけであるが、それは罪ふかい大人の心ではなかなかである。夫人はあまりに凡てに馴れ過ぎている。何物をも当りまえの事として見過ごしてしまう それは恐ろしい冒瀆である。童の心に帰れ・・・

・・・・・

童心とは、世間ずれした(防衛や非難的な)態度に慣れてしまった、罪深い大人の心ではないのです。「童心」とは逞しい成長を象徴的に表現しているともいえます。

 白秋は「ハッと思え」と言っています。ハッと驚く、そこに素晴らしいパーフォーマンスが生まれるといっているのです。

 神や仏や聖や霊という言葉が出てくるからと言って、過去の古ぼけたものと思ってはいけない。依存性の高いものと錯覚してはいけない。

 個人個人の価値観や能力が尊重され、一人一人がイキイキと活躍できる社会とは、「尊い命の中の命」を見つけることの出来る人が「ハッと驚く」新鮮な感性を発揮できる社会のことです。

 

 この道

この道は いつか来た道

 ああ、そうだよ

 あかしあの花が咲いている

 

私は白秋の抒情小曲集が好きです。言葉の瑞々しさに何時もホノボノと驚いています。

 

写真は姫路市網干にある龍門寺境内の愉快な仲間達です。








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迷走日記 12月15日 一人一草
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迷走日記 12月15日 一人一草

 

 政治の話をしようと思ったが止めました。金融緩和が終わり、消費税が上がった後には景気はどうなるのか?一時的な景気浮揚策の副作用を考えると、書く気になれない。「あさきゆめみし ゑいもせす」―浅き夢見じ規制緩和 成長戦略に酔ひもせず―という、いろは歌が走りながら頭の片隅に浮かんできました。大増税と物価高で気は重い、腰痛で足も重い。庶民の実感です。「国破れて山河あり」とならないように、故郷の山河を愛する安倍首相に頑張ってもらうしかない選挙結果となりました。

 

“仏教の名随筆”(国書刊行会)2は種田山頭火の短い随筆で始まります。この随筆は“山頭火著作集 掘ゞ鬚鮗蕕襦病膸垣‖席圈閉文社)で、随分と前に読んで感激した随筆です。

 ほろ酔い気分で歩いていると中年男が話しかけてくる。

・・・・・山頭火著作集 

102p

・・・『あなたは禅宗の坊さんですか。……私の道はどこにありませうか。』

『道は前にあります。まっすぐにお行きなさい。』

 私は或は路上問答を試みられたのかも知れないが、とにかく彼は私の即答に満足したらしく、彼の前にある道をまっすぐに行った。

 道は前にある、まっすぐに行かう。――これは私の信念である。この語句を裏書するだけの力量を私は具有してゐないけれど、この語句が暗示する意義は今でも間違ってゐないと信じてゐる。

103p

・・・道は非凡を求むるところになくして、平凡を行ずることにある。漸々修学から一超直入が生れるのである。飛躍の母胎は沈潜である。

 所詮、句を磨くことは人を磨くことであり、人のかゞやきは句のかゞやきとなる。人を離れて道はなく、道を離れて人はない。

 道は前にある、まっすぐに行かう、まっすぐに行かう。

・・・・・

 

「道は前にある、まっすぐに行かう」は心に染み入りました。

 10年以上も前になりますが、四国の石鎚山を訪ねて後、愛媛の奥道後温泉に泊まり、翌日に松山市立子規記念博物館へ参りました。山頭火展を開催中で、面白く拝見させていただきました。

「分け入っても分け入っても青い山」(大正15年4月、解くすべもない惑いを背負うて、行乞流転の旅に出た)私の一番好きな句の掛軸を見つけました。意外に素直で読みやすい字に「まっすぐに行かう」の随筆“道”の一行を思い起こしました。

 

「道は前にあります」と答えた路上問答の心の内には、こんな思いも隠されていました。

・・・・・

94p〜

 私は疲れた。歩くことにも疲れたが、それよりも行乞の矛盾を繰り返すことに疲れた。袈裟のかげに隠れる、嘘の経文を読む、貰ひの技巧を弄する、――応供の資格なくして供養を受ける苦悩には堪へきれなくなったのである。

 或る時は死ねない人生、そして或る時は死なない人生。生死去来真実人であることに間違ひはない。しかしその生死去来は仏の御命でなければならない。

95p

・・・私は私に籠る、時代錯誤的生活に沈潜する。『空』の世界、『遊化』の寂光土に精進するより外ないのである。

 本来の愚に帰れ、そしてその愚を守れ。

・・・・・

 

「時代錯誤的生活に沈潜する」とありますが、どんな時代錯誤であったのでしょうか?それは一茶的な生活に沈潜するということではなかったのか?と思われます。

同書138pで一茶を語りながら、自らをも語っている一文があります。

・・・・・

・・・一茶は不幸な人間であった。幼にして慈母を失ひ、継母に虐められ、東漂西泊するより外はなかった。彼は幸か不幸か俳人であった。恐らくは俳句を作るより外には能力のない彼であったらう。彼は句を作った。悲しみも歓びも憤りも、すべてを俳句として表現した。彼の句が人間臭ぷんぷんたる所以である。煩悩無尽、煩悩そのものが彼の句となったのである。

 しかし、この句には彼独特の反感と皮肉がなくて、のんびりとしてそしてしんみりとしたものがある。

 大の字に寝て涼しさよ――はさすがに一茶的である。いつもの一茶が出てゐるが、つゞけて、淋しさよ――とうたったところに、ひねくれてゐない正直な、すなほな一茶の涙が滲んでゐるではないか。

 彼が我儘気儘に寝転んだのはどこであったらう。居候してゐた家の別間か、道中の安宿か、それとも途上の樹蔭か、彼はそこでしみじみ人間の幸不幸不運を考へたのであらう。切っても切れない、断たうとしても断てない執着の絆を思ひ、孤独地獄の苦悩を痛感したのであらう。

・・・・・

 

孤独地獄の苦悩を痛感している、山頭火ならでは一茶の地獄も知りえるのだろう。山頭火の人生も波乱に満ちている。金子兜太著“一茶・放哉・山頭火”がお薦めです。こんな人生もあるんだと、思いながら句を読むとドラマチックです。

私は来年に、山頭火が生涯を閉じた58歳になります。

 

今日は12月15日。山頭火は昭和14年12月15日に「一草庵」に移り住む。この庵で死を迎えます。随分とこの庵のことは気に入っていたようです。

“山頭火著作集 検〜靆敕磧兵選句集)”での“一人一草”で、こう語っています。

・・・・・

189p

 一洵君におんぶされて(もとより肉身のことではない)道後の宿より御幸山の新居に移る、新居は高台にありて閑静、山もよく砂も浄く水もうまく、人もわるくないらしい、老漂泊者の私には分に過ぎたる栖家である。よすぎるけれど、すなほに入れていただく。松山の風来居に山口のそれよりもうつくしく、そしてあたたかである。

・・・・・

 

私はこの一草庵での一人一草の句集の草の句が好きです。

・・・・・

一洵君に

 おちついて死ねさうな草枯るる

(死ぬことは生まれることよりもむつかしいと、老来しみじみ感じないではゐられない)

 

枯れて濡れて草のうつくしさ、朝

 

わが庵は御幸山すそにうずくまり、お宮とお寺とにいだかれてゐる。老いてはとかく物に倦みやすく、一人一草の簡素で事足る。所詮私の道は私の愚をつらぬくより外にはありえない。

 

 おちついて死ねさうな草萠ゆる

 

 雑草礼賛

 生えよ伸びよ咲いてゆたかな風のすずしく

・・・・・

 

 他にも沢山にありますが、自らも一草として、草の中で死んでゆく予感が、私の心にも沈潜していきます。人生とは何か?漂泊の詩人に教えられることも多い。一茶、放哉、山頭火の孤独が分かる年齢になってきた実感もあります。私の瞑想の中にはいつも漂泊という旅の空があります。打ち消すこともなく、ただ眺めています。

 

山頭火はこんなことも言っています。

「胸が痛い、心が痛い。かへりみてやましい生活であったが、かへりみてやましい句は作らなかった。それがせめてものよろこびである。」

 

私は料理人として、やましい料理は作らなかっただろうか?もしそうでなかったとしたら、これほどの不幸はないだろう。

今日もサクサクと凍った草の上を迷走しながら、人生について考えていました。

『道は前にあります。まっすぐにお行きなさい。』

 

写真は姫路市網干にある龍門寺境内の木の表情です。











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迷走日記 12月11日 正岡子規の墓
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迷走日記 12月11日 正岡子規の墓

 

 腰が痛いので芝の上をスロージョギングしています。今朝は雨だったので芝は濡れています。走ると靴の中がグチョグチョになって気持悪いので、気持ちよく走れるように、今まで色々なことを試してきました。走れる防水足袋は走れないことはないが、クッション性が悪く、足にフィットする設計ではないので長距離向きではありませんでした。防水靴下というのも試しました。縫製が荒く縫い目や靴下に出来た皺の部分にまめが出来る、そしてすぐに穴があく。つり道具屋で少し高級な長靴を買って、ランニング用の中敷を入れてみた。速く走るには無理がありますが、スロージョギングなら問題はない。今日は長靴で2時間スロージョギングをしました。

 腰痛に今日から漢方薬も試すことにしました。ソケイカッケツトウというものを処方してもらいました。とりあえず呑んでみることにします。今、どれぐらい腰が痛いのかを説明すると、顔を洗うときに屈めないほどの痛さです。痛み止めもあまり効きません。

 鬱は改善されているので、少しずつ学術書を読み始めています。福祉政策学や福祉経済学をもう少し学んでおくために、今は財務省財務総合政策研究所からの積読になっていた書から開き始めています。

 

学術書に飽きてくると、軽い読み物を読んで気分転換しています。“仏教の名随筆”(国書刊行会)全2巻が面白い。まだ1巻目ですが、時間をかけてゆっくりと味わいたいものばかりです。

1巻目の目次です。

・・・・・

幸福

幸福な生き方………武者小路実篤

貧富幸不幸………幸田露伴

幸福について………白洲正子

 

紀行

浄瑠璃寺の春………堀辰雄

浄瑠璃寺の秋………堀口大学

仏法僧鳥………斎藤茂吉

青年僧と比叡の老爺………若山牧水

冬の法隆寺詣で………正宗白鳥

平泉 金色堂 中尊寺………中野重吉

普賢寺………大佛次郎

来迎会を見る………渋澤龍彦

風景の中の寺………福永武彦

 

生と死

死と信仰………吉田満

一つの安らぎ………里見

死について『薄明のなかの思想』より………埴谷雄高

身辺記 亡き義母の夢………志賀直哉

ガラス戸の中(抄)………夏目漱石

死後………正岡子規

 

仏教とは

仏教の新研究………岡本かの子

・・・・・

 筆者の名前を見ただけでも、読みたくなりませんか?

 

 私が特に興味を持ったのは正岡子規の「死後」でした。病牀六尺や仰臥漫録でその闘病生活を知られる子規が自分の死後を、棺桶へ入るところから埋葬されるまでを、あれやこれやと思案しているのです。面白くも悲しい、涙しながら笑える随筆です。

 

 棺は窮屈そうで厭だ。棺が狭いばかりでなく、死体が動かないように詰め物をするのが厭だ、というところから始まる。子規のふるさとではオガ屑を、南無阿弥陀仏と書いた半紙の嚢(ふくろ)に入れて、棺に詰めるらしい。それが窮屈だというのです。樒の葉を詰めるのは頬に葉がふれるのが死人に気の毒だとも。西洋のように花を詰めるのは、花が柔らかすぎてつめものにはならないので、棺の幅を狭くしなければならないのが余計に窮屈そうだ、とのこと。肺病患者は胸を圧迫されるのが苦しいと訴えるのです。

とある図書で王の棺を見て、これは窮屈そうではないが、所詮棺の蓋をコンコンと釘を打ってしまったらそれで終わりだ、と笑わせる。

 埋葬のことになると、土葬から語られる。

・・・・・

198p〜

寝棺の中に自分が仰向けになっておるとして考えて見給え、棺はゴリゴリゴリドンと下に落ちる。施主が一鍬入れたのであろう、土の塊りが一つ二つ自分の顔の上の所へ落ちて来たような音がする。そのあとはドタバタドタバタと土は自分の上に落ちて来る。またたく間に棺を埋めてしまう。そうして人夫共は埋めた上に土を高くしてその上を頻りに踏み固めている。もう生きかえってもだめだ。いくら声を出しても聞えるものではない。白分が斯んな土の下に葬られておると思うと窮屈とも何ともいいようがない。六尺の深さならまだしもであるが、友達が深切にも九尺でなければならぬというので、九尺に掘って呉れたのはいい迷惑だ。九尺の土の重さを受けておるというのは甚だ苦しいわけだからこの上に大きな石塔なんどを据えられては堪まらぬ、石塔は無しにしてくれとかねがね遺言して置いたが、石塔が無くては体裁が悪いなんていうので大きなやつか何かを据えられては実に堪まるものじゃない。

・・・・・

 

火葬も納得がいかない、水葬は魚が突くので厭だ、山へ捨てるのは狼やカラスに食われることが癪に障る、ミイラになって浅草の見世物になるのは情けない。なろう事なら星にでもなって見たいと言いながら、自分が望む埋葬のされ方をこの後に語るのです。ここは本書を読んで、その侘び寂びを味わってみて下さい。

・・・・・

205p

冬になって来てから痛みが増すとか呼吸が苦しいとかで時々は死を感ずるために不愉快な時間を送ることもある。しかし夏に比すると頭脳にしまりがあって精神がさわやかな時が多いので夏程に煩悶しないようになった。

・・・・・

とこの随筆は終わります。

 

明治35年9月19日 享年34歳 7年間の結核との闘病生活が終わります。

東京都北区田畑の大竜寺の子規の墓は彼が望む形のものであったのでしょうか・・・?

 

辞世の句

糸瓜咲きて痰のつまりし仏かな

痰一斗糸瓜の水も間にあはず

をととひのへちまの水も取らざりき

 

子規の忌日を糸瓜忌といいます。

また別号の獺祭書屋主人から、「獺祭忌」とも言われます。

 

子規は自分の病や死をも、写生して見せています。写生とは対象物を一旦抽象化して認識し、認識したものを感性で別の現実に書き換える作業です。その作業は瞑想にも似たものです。というより、瞑想そのものです。芸術は現実を瞑想で別のものに置き換えてしまいます。分かりやすい言い方をすると、現実を脳と心を駆使して自分の思う世界に書き換える知的冒険をしているのです。

子規の写生は臨場感が強い。臨場感とは何か、例えばここに林檎を書いた絵があると思ってください、その絵は本物の林檎より林檎らしい林檎であったなら、臨場感に溢れているといいます。これは、かなり高度な瞑想によるものです。

芸術における瞑想はそれを鑑賞するものにも伝わります。芸術を体験してみて下さい、演劇的な瞑想体験や音楽的瞑想体験、造形的な瞑想体験等と、芸術を自分で行うことで理解できるものも多い。芸術による瞑想で、自分と世界の関係を再発見してみましょう。自分が思っていた自分と、自分が違うことを発見できたら、知的冒険の旅は始まります。

歩いたり走ったりという瞑想は、芸術的な瞑想より劣りますが、芸術的な感性は脳の進化によるものなので、脳は運動することで活性化するので、両方を行うのが良いのではないかと思えます。

 

写真は姫路市網干にある龍門寺境内の草花の表情です。写真は11月16日の夕刻のものです。








posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 22:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |