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映画 リンカーン を観る 正義という困難な事業
 

映画 リンカーン を観る 1

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 69

エイブ・リンカーン 吉野源三郎著 童話屋 

リンカーン演説集 高木八尺・斉藤光訳 岩波文庫 を読む

 

私はこの5月でオールド・エイブが暗殺された56歳と同じ歳になる。人民の父は1865年リッチモンドの陥落から11日後に暗殺される。そうか・・・オールドなんだ。

リンカーンの人となりを知り、南北戦争にいたる30年間の奴隷解放の論争とアメリカの正義・自由・民主主義を知っていると、この映画は俄然面白い。

北軍が優位になり始め、グラント将軍の激烈な闘いがあり、大統領に再選し、憲法修正第13条が下院で可決され、奴隷制が禁止され、南北戦争が終わる。この裏舞台の28日間がスリリングに描かれているのだが、歴史を知らなければトーンダウンするだろう。

理想的に言えばドリス・カーンズ・グッドウィンの原作「リンカン」を読めばいいのだろうが、少し骨が折れる。気楽にリンカーンを知ろうと思えば(エイブ・リンカーン 吉野源三郎著 童話屋)がお薦めです。子どものために書かれた本だが、なかなか大人が読んでも面白い。政治マニアには「リンカーン演説集」岩波文庫を読んでおけば箔がつく。

 

映画リンカーンのオフィシャルサイトより

イントロダクション

スピルバーグ監督が今こそ伝えたかった

最も愛された大統領が〈世界を変えた28日間〉の物語

 

社会を大きく左右する決断を迫られたとき、未来を見据えた選択ができるかどうかでリーダーとしての資質が決定づけられる。
 アメリカ第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、すべての人に自由な世界を実現するという理想に向かって邁進し、道半ばにして凶弾に倒れた。だが、彼の思いは後世に引き継がれ、現在の世界に幅広く浸透している。
 アメリカ映画界を代表する巨匠スティーブン・スピルバーグは、伝説化されたリンカーンの実像に迫る作品の製作を12年に渡って温め続け、魂の震えるような感動をもたらす、サスペンスにみちたドラマを構築した。ピュリッツァー賞作家ドリス・カーンズ・グッドウィンの同名ノンフィクションをもとに『ミュンヘン』のトニー・クシュナーが手がけた脚本を得て、最期に至るドラマチックな4か月間を映像にくっきりと紡ぎだす。
 人が自由であるための道を拓く法律、米国憲法修正第十三条を議会で通過させて、悲惨な南北戦争という内戦をどのようなかたちで終結させるか――若者を死地に送る痛みに苛まれながらも、人間の自由を確立しなければならない。心で葛藤を繰り返しながら、ふたつの命題を実現するために、リンカーンは知恵と勇気、不屈の闘志を駆使する。リンカーンの理想を貫くためにさまざまな策も厭わない現実主義者的な一面、これまであまり伝えられなかった妻や子供との葛藤などが、ぐいぐいと惹きこむようなスピルバーグの語り口で浮き彫りにされていく。そこには自らの信念にしたがって、孤立や誤解を恐れずに戦いぬいたひとりの男のドラマが香り立つ。感動的な人間ドラマであると同時に、汲めど尽きせぬ面白さに彩られた、スピルバーグの傑作がここに誕生した!特筆すべきは選りすぐられたキャスティングである。あの印象的な容姿のリンカーンにみごと成りきってみせたのは『マイ・レフトフット』と『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』で2度のアカデミー主演男優賞に輝いたダニエル・デイ=ルイス。抑えた演技で感情を抑えた内省的な男性像を存在感豊かに表現してみせる。3度目の受賞も夢ではない名演だ。
 さらに『ノーマ・レイ』と『プレイス・イン・ザ・ハート』で2度のアカデミー主演女優賞を手中に収めたサリー・フィールドがリンカーンの妻メアリー・トッドに扮するのをはじめ、『グッドナイト&グッドラック』のデヴィッド・ストラザーン、『(500)日のサマー』のジョセフ・ゴードン=レヴィット、『セクレタリー』のジェームズ・スペイダー、『イントゥ・ザ・ワイルド』のハル・ホルブルック。そして日本では缶コーヒーのCFでも人気の高い、『メン・イン・ブラック』のトミー・リー・ジョーンズなど、個性と演技力を兼ね備えた俳優たちが、リンカーンの軌跡を彩る人間たちを巧みに演じきっている。
 撮影のヤヌス・カミンスキー、プロダクション・デザインのリック・カーター、編集のマイケル・カーン、音楽のジョン・ウィリアムズはいずれもスピルバーグ作品の常連ばかり。監督の意を汲んでみごとな仕事ぶりを披露している。

 

この映画を観ていて感じたことは、正義という困難な事業についてだった。そもそも正義とは何なのか?その正義は誰にとっても正義なのか?その正義は正義によって勝ち取れるのか?正義とは形にすれば、また、もう一つの暴力ではないのだろうか?正義は死を正当化できるのか?正義を説く殉教者による戦争は許されるのか?正義の名が刻まれた墓の主は誰なのか?

リンカーンにとっての正義とは“I am nothing,but truth is everything.”という心境なのだろうが、やはりアメリカのデモクラシーの源である『独立宣言』によるものであるだろう。

独立戦争と宣言文は『アメリカ独立戦争(上・下)』(学研M文庫)の著者・友清理士の『アメリカ独立戦争』著者のページ、が楽しい。

 

 リンカーンが第一次大統領に就任後の「特別議会に与えた教書(ウォア・メセージ)1861年7月4日」にこのような一文がある。

(リンカーン演説集)152p

敵方は独立の宣言を採択したが、その中には、ジェファソンにより草せられた昔のよい宣言とは違って、「すべての人は平等に造られた」という言葉を除外している。なぜであろう。彼らは暫定的な国家憲法を制定したが、その前文には、ワシントンの署名のある昔のよい憲法の前文とは違って「われわれ人民は」がはぶかれて、そのかわりに「われわれ、主権を持ち、独立なる諸州の代表者は」となっている。なぜであろう。なぜこのように熟慮のすえ、人間の権利と人民の権威を、視野の外に除外してしまったのであろう。

 今次の争は本質的には人民の戦である。連邦の側からいえば、人間の状態を向上せしめることを主要の目的とする、政治の形態と実体とを、世界に維持しようとするための闘争である、すなわちかかる政治の主なる目的は、不自然な重荷を万人の肩からとり去り、万人のために立派な職業の道をきり開き、万人のために人生の馳場における自由な発足を、また公平な機会を備えるにある――そのような政治の維持のための闘いである。やむをえない事情で一時はいくぶんか本道をそれることもあろうが、これこそ政府の主な目的であり、この政府の存続のためにわれわれは戦っているのである。

 私は甚だ幸せにも一般人民がこのことを理解し正しく諒承会得してくれていると信じている。この、政府の試練の時に当り、陸海軍の将士にして軍職を恵まれていたのにもかかわらず、その職を去り、今まで優遇してくれた手に対して裏切った者が多くあったが、たんなる一兵卒一水兵のなかには、ただの一人も軍旗を棄て去った者はいないということは、注目に値することである。

 

ここに注目!

「すべての人は平等に造られた」

「政治の主なる目的は、不自然な重荷を万人の肩からとり去り、万人のために立派な職業の道をきり開き、万人のために人生の馳場における自由な発足を、また公平な機会を備えるにある」

 世界の99%を貧困にする経済に隷属されている人民を救うことの出ない政治とは何なのだろうか。現代は、人生に意義を見つけ、労働に喜びを得る、自由と公平な機会が奪われているのではないか。ここがリンカーンに共感できるところだと思います。

「たんなる一兵卒一水兵のなかには、ただの一人も軍旗を棄て去った者はいない」この闘いは人民に支持されている、人民の自由のための戦争だと人民に承認されている、と言いたかったのでしょう。

 

154p

わが国の平民政治は実験である、ということがしばしば口にせられる。この政治に関する二つの点をわが国民は既に解決した、すなわち政府を立派に樹立することと、これを立派に司ることである。もう一つの点がまだ残っている。――それはこれを倒そうとする国内の恐るべき企図に抗して、これを維持することである。今やわが国民が世界に向って立証すべきことは、公平に選挙をとり行うことのできる者は、叛乱を鎮圧することもまたできるということ――投票こそ弾丸に代って、その後を継ぐべき正当な平和的な後継者であること――投票により、公平に憲法に即して決定が与えられた時には、もはや前にもどって、弾丸に訴えて成功する道はないこと――次の選挙においては投票に訴える以外にはいかなる訴えも成功しないこと、等である。以上のことは平和についての大いなる教訓となろう。――即ち選挙によって獲得できないものは、戦争によっても獲得できないということを人に教えるものであり、また戦争を開始する者の愚を、万人に向って教えるものである。

 

「わが国の平民政治は実験である」ということについて、(エイブ・リンカーン)という書にこう述べられている。この著述を読む前に、とある教育者の言葉を考えてもらいたい。その教育者は幼い子に人間が物を食べて消化吸収し排泄することを教えるのに、先ず初めにそれは「一本の管」のようなものだと理解してもらってから始めると言います。まず、大きな真実から捉えます。

374p〜

 これは、合衆国の歴史にあわせて考えると、どういうことなのでしょうか。1776年、イギリスの植民地であったアメリカの13州は、イギリス本国の圧制に反抗し、武力をもって本国の力を押しのけ、独立してアメリカ合衆国という新しい国をつくりました。かれらは、その独立にあたって、一つの宣言を発表しましたが、それはトマス・ジェファースンが筆をとったもので、有名なフランス革命のときの人権宣言に十三年さきだち、すべての人間にそなわっている、入間としての権利を、堂々と宣言したものでした。

「すべての人は平等につくられた。そして、生命の権利、自由の権利、幸福を求める権利、その他、なんぴともうばうことのできない権利を、創造者から与えられている。

 政府というものは、この権利を守るために人類のあいだに作られたものであって、政府の正当な権力は、人民の同意から生まれるものである。

 それゆえ、どんな形の政治にせよ、もしもそれが、人民の権利を守るという目的を害するならば、人民はそれを変えて、人民の安全と幸福とをもたらすであろうとみとめられる主義にもとづいて、新たな政府をつくる権利がある。」

「独立宣言」は、このような権利を人聞が持っているということを、議論の余地のない明らかな真理だと認めて、いまやアメリカの人民は、この権利によってイギリスの圧制から独立し、じぶんたちの政府をつくるのだ、とのべました。近代民主主義の根本の思想を、これほどはっきりといいあらわしたものは、これ以前にはありませんでした。アメリカ合衆国建国の理想は、この宣言の中に疑問の余地がないほど明白にさだめられ、それとともに、この理想をできるかぎリ実現してゆくことが、遠くのちの時代にいたるまで、アメリカ人の道徳的責任となりました。

しかし、合衆国が生まれ出たころには、ヨーロッパの国々は、まだすべて国王をいただいていました。人民が国の主人となり、じぶんでじぶんの政治をおこなうという共和国は、まだ合衆国以外にはなく、合衆国はまったく他に類のない新しい国がらだったのです。はたしてこの新しい国が、その新しい制度でうまくやってゆけるかどうか、それは世界じゅうでの疑問でした。たとえ独立宣言に述べてあるような理想はけっこうであるとしても、実際にそれが一つの政治制度として安定することが、できるかどうか、また、こういう制度によって、とどこおりなく大国の政治を動かしてゆけるかどうか、それはまだわからないと考えられました。

 

リンカーンはアメリカの歴史という冒険活劇の主人公であって、アメリカの偉大なる民主主義の父であるからこそ、この映画の人間くささが面白いのです。

「正義を説く殉教者による戦争は許されるのか?」

スピルバーグはBiographyでこういっている。

Q:憲法修正第13条を可決させる結末は分かっていても、強烈なサスペンスを感じます。

スピルバーグ:サスペンスは絶対に欠かせなかった。なぜなら、全面的な奴隷解放がなければ、人の命と自由が危険にさらされていたからだ。しかも、リンカーンが下さなければならない恐ろしい決断があった。憲法の修正案によって奴隷制を廃止させるために、戦争を長引かせなければならなかったことだ。彼はその意味で自分の手を血で染めた。戦争が続くことでさらに大勢の命が失われたのだから。        2に続く

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 日本の政治を考える | 12:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
映画 約束 を観る 7 国家賠償は無い
 

映画 約束 を観る 7

名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 68

冤罪と裁判 冤罪弁護士が語る真実 今村核著 

冤罪はこうして作られる 小田中聰樹著 を読む

 

浜田寿美男という研究者がいる。Personal data、はまだ・すみお、1947年香川県生まれ。専門は発達心理学だが、知的障害児の目撃供述が問題となった甲山事件に関わったことで、刑事裁判の供述鑑定の仕事を重ねることになった。現在、奈良女子大学文学部教授。

『発達心理学再考のための序説』『意味から言葉へ』『身体から表象へ』『私と他者と語りの世界』『「私」とは何か』など発達心理学の著書のほか、刑事裁判関係で『自白の心理学』『取調室の心理学』『自白の研究』『自白が無実を証明する』などがある。

日本の論点 2010年 文芸春秋

孤立無援の取調室――人はこうして嘘の自白に追い込まれる

649pにこのようなことが書かれている。

・・・・・

仁保事件の取調べの様子を収めた、有名な録音テープがある。この事件で被疑者となったおO氏は、自白へと転落したあと、取調官から犯行現場である被害者宅への侵入経路を問われた。しかし、無実のO氏には答えられない。困り果てて、「事実をいうたら、私にはその家そのものがわからん」と言い、「よし、おりゃ犯人になったろ、犯人になったろ、犯人だ、犯人になったんや、おれがやったんや思うて……」とつぶやいている。その場面が録音テープに収められていたのである。

 この「犯人になったろ」という心理は、常軌を逸しているように見える。しかしまさに常軌を逸しているのは被疑者ではなく、彼の置かれた状況の方である。常軌を逸した状況のなかで、被疑者はごく正常な心理として「犯人になる」ことを選ぶのである。これこそまさに虚偽自白が「悲しい嘘」であるゆえんである。

 

裁判制度が変わったのに取調べは変わらない

 

戦後はじめて司法制度が大きく変わり、裁判員裁判がはじまったいまも、刑事事件の取調べそのものは変わらず、被疑者の身柄を押さえ、人格的な支配のもとで自白を迫るという体制が維持されている。こうした刑事取調べの現状が続くかぎり、虚偽白白がなくなることはない。

 人は、自分の力で自分のこの生活を支えているかのように思いがちである。しかしじつのところ、空気のように自分を囲む関係の網の目に支えられなければ、誰も自分を保つことはできない。そうした弱い存在なのである。この関係の網の目から一人引き抜かれて孤立無援の状況に置かれたとき、ほとんどの人は耐え切れず、虚偽の自白に落ちてしまう。この虚偽白白の危険性とその恐ろしさを知り、なんとかそれを回避する手立てを工夫しなければならないのだが、それが容易ではない。

 虚偽自白による冤罪を防ぐことができるかどうか。それが今後の裁判員裁判の将来を大きく左右する重大な課題となることは間違いない。

・・・・・

 

「よし、おりゃ犯人になったろ」とまで追いつめられる心理・・・被疑者はごく正常な心理として「犯人になる」ことを選ぶ、というのだから怖い。「裁判員裁判がはじまったいまも、刑事事件の取調べそのものは変わらず。虚偽自白はなくならない。」のですね。

 

(冤罪と裁判)にはこのような指摘がある。

第7章 裁判員制度の導入で、日本の刑事裁判の特色は変わりつつあるか

228p捜査の過程が見えなくなる

 大量に作成された供述調書の証拠能力が認められるためには、自白調書であれば「任意性」、参考人の検察官調書であれば「特信性」が要件となっている。この要件は裁判員制度の実施前後で何ら変わらないし、裁判員裁判でもこれらの要件を判断するのは職業裁判官である。

 すなわち、これまでの職業裁判官による裁判と同じように、供述調書が証拠として採用されうるということだ。ただし「証拠の厳選」規定のため、その全部が採用されることはないだろう。「裁判員が大量の書証を全部続行ことは期待できない」からだ。

その証拠調べの方法は、検察官が立ち上がって供述調書を一全文朗読」することになる(朗読を聞かされている間、裁判員ひとりひとりの前に設置されたパソコンの画面にはワープロに打ち込まれた活字体の供述調書が、強調したいところが赤色文字とされて映じ出されている)。

 証拠の「厳選」の結果、検察官は、被疑者、参考人が全部「正解」に達した後の総仕上げの自白調書一通だけ、参考人調書一通だけを証拠として請求し、それだけが裁判官により採用されるであろう。

 「裁判員に負担をかけられない」ための「証拠の厳選」は、紆余曲折を経て一つの方向にまとめられて行く捜査の過程を見えなくし、その結果とされるものだけが示される危険がないだろうか。私は、この「審理のあり方」と、日本における「捜査のあり方」の組み合わせは危険だと思う。くどいようだが、捜査の過程を見えなくし、捜査の結果だけがうまく示され、誤判に陥る危険を感じ取るからである。

 

 では、冤罪事件に巻き込まれてしまった後に、補償はしてもらえるのだろうか?

 

(冤罪と裁判)冤罪に泣く人々 18p〜

冤罪の主人公にされた人とその家族の悲劇を、語りつくすことはできない。その人たちは、人間としての幸せを奪われ、場合によっては命さえ絶たれてしまう。苦難の末、冤罪を晴らすことができても、失われた歳月、失われた人生、失われた幸福を取りもどすことはできない。

しかも、冤罪を作り出した警察当局、検察当局、裁判所は、なんら責任を取ろうとしないし、損害賠償もしてくれない。このことは、再審無罪となった事件のうち、国家賠償請求訴訟が起こされた金森事件、加藤事件、弘前事件、米谷事件、松山事件の五事件とも、敗訴となっていることをみればよくわかる。

 

冤罪を防ぐために

刑事補償と国家賠償の充実 237p〜

冤罪=誤判に巻き込まれた人が受ける精神的、社会的、財産的ダメージの大きさは、想像を絶するものがある。冤罪=誤判が是正されなかった場合はもちろんのこと、是正された場合でもその傷は一生癒しがたい深さで残る。冤罪=誤判で失われるのは、人生そのものであり、人間としての誇りそのものだからである。しかもその傷は、本人だけでなく家族にもおよぶ。

 ところが驚くべきことに、冤罪=誤判の損害に対する賠償はきわめて不十分な現状にある。冤罪=誤判に対する賠償の主な制度としては、国家賠償法による国家賠償と、刑事補償法による刑事捕償との二つがある。

 刑事補償は、無罪判決が下ると、警察、検察、裁判所に故意または過失があるか否かには関係なしに、身柄を拘束されていた日数に一定の全額を掛けた金額を支払うシステムになっている(一日当たりの金額は、現在は千円以上一万二千五百円以下の範囲内で裁判所が決める)。

 この一日当たりの全額は、常用労働者の一日あたり平均賃金を下回っており、低額である。また本人の精神的損害や家族の精神的、財産的損害はまったくカウントされていない。その足りない分をカバーすべきなのは国家賠償である。

 国家賠償法によれば「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたとき」には、国または公共団体が賠償責任を負うとされている。

 ところが、すでに序章で示したように、再審無罪になった事件で国家賠償が認められたケースはこれまでにない。冤罪=誤判による損害の救済に対し、国家賠償法はまったくといっていいほど機能していないのである。

 なぜこのような驚くべき状態が生じているのか。それは、再審無罪となった場合でも、捜査、起訴、公判における警察や検察の職務行為がただちに違法になるのではなく、それがおこなわれた時点において合理的根拠が存在しなかった場合にはじめて違法となると解釈され(職務行為基準説)、これまでの再審無罪事件に関しては、合理的根拠があると認定されているからである。

 

まともな補償もしてもらえないとなると、何としてでも冤罪を無くさないといけない。そうなると、全国民にとって、今村核の提言は貴重なものとなる。箇条書きしておきます。中身は本書を買って読んでください。

 

冤罪と裁判 冤罪弁護士が語る真実 今村核著 の提言

第9章 冤罪・誤判防止のために、裁判員制度はどう変わるべきか

 まず「捜査のあり方」の見直しから始めなければならない。具体的には、最大23日勾留できることになっている代用監獄制度を廃止し、被疑者の身柄拘束期間、取調べ時間を規制し、取調べに対する弁護人の立会権を保障するなど、無限定な捜査を制限することが、抜本的な改革となる。

 しかし、「捜査が無限定」であるばかりでなく、その「捜査の過程が見えない」ことにも、多くの問題がある。

 そこでここではまず、「捜査、訴追側にとって都合のわるい捜査の過程を隠すことができる制度」に絞り、改革を提言したい。

 

捜査過程を明らかにするための9つの提案

(1)捜査全過程の記録化

(2)被疑者取調べの全過程の録音、録画化

(3)参考人取調べの全過程の録音、録画化

(4)物証の採取、保管過程の録画化

(5)再鑑定の保障のための、捜査側鑑定における全量消費の禁止

(6)被疑者、被告人に有利になりうる物証の収集・保全の義務化

(7)警察からの全証拠の検察への送付義務の明文化

(8)検察官による全証拠の目録一覧表の作成、交付義務

(9)検察官による証拠の全面開示義務

公判前整理手続がフィルターとして正しく機能するために

公判前整理手続改正のための提言を9点述べたい。

(1)検察官の証拠開示義務

(2)裁判官の証拠採否の決定及び「証拠の厳選」規定

(3)「後半前整理手続」相当裁判官と「公判」相当裁判官との分離

(4)被告人の予定主張明示義務の見直し

(5)弁護人の立証準備の期限について

(6)弁護人の公判前整理手続終了後の立証制限の見直し

(7)公判前整理手続きの公開の保障

(8)検察官開示証拠の目的外使用の禁止規定の廃止

(9)審理計画の策定はゆるやかに

審理では、裁判員に対する適切な説示を 

評議・評決について

(1)   単純多数決でよいか

(2)   裁判員、補充裁判員であった者の守秘義務の緩和

裁判員制度の下における上訴審のあり方

対象事件を否認事件に限り、被告人に選択権を

裁判員に量刑判断を求める必要はない

厳罰化傾向

冤罪・誤判の防止のための国民参加に

裁判員制度の目的は、「一般市民の常識を反映させ、冤罪・誤判を防止する」ことにある。裁判員法の条文も、そのように改めるべきである。

 

裁判員経験者の提言

2012年、裁判員経験者有志が、裁判員制度の改善を提言し、裁判所や検察庁、弁護士会などに配布している。

その内容を一部抜粋したい。

(1)公判前整理手続は可能な限り裁判員に提示すること

(2)検察は証拠を原則すべて開示すること

(3)希望する裁判員候補者には刑務所見学を実施すること

(4)期日を超過したとしても評議時間は充実したものにすること

補足説明として、

「そもそも公判前整理手続は裁判の迅速化という表紙に隠された現実的な作業だと受け止めております」

「裁判官と裁判員との間に情報の格差が生じることは公平性、公正性に疑問が残ります」

「検察は公判前整理手続にあたって弁護人に対して保持する証拠リストをすべて開示していただき、弁護人は公平公正に適当な証拠を適切に開示請求する運用が望ましく、国民はあらゆる可能性を網羅できる土壌で裁判に参加できることを期待しています」

「ごく制限された時間枠の中で人の人生を左右するような答を決定しなければならない重圧は時にぶれを生じさせることもあります。……せめて一定程度の予備期日を事前に設けるか、たとえ期日を多少超過するようなことになっても裁判員が納得して評議が成熟するのであれば、それを受容するような柔軟な運用姿勢を構えてください。……刑事裁判の原則などのいわゆるルールは選任時だけでなく、随時わかりやすく説示を行い、時間に追われて基本的なルールが抜け落ちたまま議論が始まることがないように全員への理解を徹底してください」

 などと書かれている。

 

独房に死を待つのみなり秋の蚊よ 心ゆくまでわれの血を吸え

(佐藤誠「天の梯子」より)。

 

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 日本の政治を考える | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
映画 約束 を観る 6 病床での手錠
 

映画 約束 を観る 6

名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 67

冤罪と裁判 冤罪弁護士が語る真実 今村核著 

冤罪はこうして作られる 小田中聰樹著 を読む

 

 冤罪による犠牲者を無くするのにはどうすれば良いか?

(冤罪と裁判)(冤罪はこうして作られる)等の本を読んで、冤罪の知識を身につけておくこと。そして、冤罪裁判の現状を良く知ること。また、このような映画を観ることを人に薦めること。「テレビのサスペンスより面白いよ!事実は小説よりも奇なり(英国の詩人、バイロンの言葉)だよ」。支援団体のチラシやリーフレットを読んでみること。先ず、そういったところから始まるのだろう。

 

非供述証拠 物証

(冤罪と裁判)134p〜

「物→人」型の捜査と「人→物」型の捜査

 捜査は、供述ではなく物証を中心に行われるべきだと言われる。

 また、「人→物」型の捜査ではなく「物→人」型の捜査が行われるべきだと言われる。「人を得て証を求む」捜査でなく「証を得て人を求む」捜査が求められる、と言うのも、同じ意味である。

 「人→物」捜査の例は、わずかの情況証拠から怪しいとにらみ任意同行して、連日、長時間の取調べを行い、自白を迫る。あるいは飲み屋にツケがあったりすると詐欺罪などの軽微な別件で逮捕、勾留して、その身柄拘束を利用してもっぱら狙いの放火、殺人など重い本件の自白を迫るなどのやり方である。

135p・・・日本の冤罪・誤判の多くは、供述証拠に頼りすぎた捜査、公判が行われたために起きてきた。これまでの章からも示されたように、誤判の多くも、こうした「人→物」捜査を追認し、非供述証拠の証明力よりも供述証拠の証明力を重視することから発生している。

 逆に、冤罪・誤判からの救済は、見落とされていた非供述証拠に光が当てられ、それと矛盾する供述証拠の信用性が否定されることによる場合が多い。

 裁判は科学的に行われるべきである。そして物証は、刑事裁判の要石なのだ。

科学鑑定 138p

・・・誤った科学鑑定は大きな誤判原因となる。その場合、別の科学鑑定により、その誤りを明らかにするほかない。

 

名張事件の物証はどうだったのだろうか?

(日本国民救援会三重県本部のリーフレットより)

唯一の物証「歯型鑑定」はインチキだった!

崩された死刑判決の根拠

死刑判決の最大の根拠になったのは、王冠の歯型鑑定(写真 松倉鑑定)でした。勝さんはぶどう酒の王冠を歯で噛んで開けたと「自白」しており、公民館の火鉢から発見された王冠のキズ(証19号)と、勝さんが事件後の検証で噛んだ王冠の歯型(証42号)が、顕微鏡写真で一致するというものでした。

 ところがこの鑑定写真は、右(証19号)が左(証42号)の2倍に拡大されていて、両者のキズがあたかも一致するように見せるための不正写真だったのです! 再審弁護団は、このキズを三次元的に測定すると両者はまったく一致しないという新鑑定(写真◆ε收鹸嫩蝓砲鯆鷭弌再審請求を棄却した名古屋高裁でさえも、この事実を認めざるを得ませんでした。死刑判決の唯一の物証が崩れたのです。

 

凶器はニッカリンTではなかった?

 犯行に使われたとされる二ツカリンTは、テップとよばれる農薬の一つで、事件当時、テップ系農薬はいくつかの製薬会社が製造していましたが、二ツカリンTの場合、製造過程で主成分のテップの他に、副生成物としてトリエチルピロホスフェートが生成されます。しかし、飲みのこりのぶどう酒からは、トリエチルピロホスフェートは検出されませんでした。このことは、事件後、三重県衛生研究所により行われたペーパークロマトグラフィによる試験結果からもみてとることができます。試験での対照用にぶどう酒に二ッカリンTを入れたもの(対照検体)からは、試験紙にRf値0.95(テップ)、0.58(トリエチルピロホスフェート)、0.48(DEPP)がスポットとして発色して現れます。

一方、飲み残しのぶどう酒(事件検体)からは、0.95と0.48の二つにしかスポットが現れていません。

 当時の三重衛生研究所の担当技術官は、飲み残しのぶどう酒(事件検休)からトリエチルピロホスフェートが検出されなかったのは、加水分解により消失してしまったので、検出されなかったとしていましたが、弁護団が国際的にも権威のある学者ら専門家に依頼したニッカリンTに関する様々な分析と実験の結果、ニッカリンTの製造方法によると必ず副生成物として、トリエチルピロホスフェートが含まれ、このトリエチルピロホスフェートの加水分解速度はテップと比較すると非常に遅いことが判明しました。一方、ニッカリンTと異なるS社のテップ系農薬の製造法によると、トリエチルピロホスフェートが生成されないことが化学方程式による数式理論からも実際の実験からも科学的に明らかとなりました。

 つまり、飲み残りのぶどう酒からテスフが検出されているにもかかわらず、トリエチルピロホスフェートが検出されないということは、事件に使われた農薬は奥西さんが所有していたニッカリンTではなく、別のテップ系農薬の可能性が非常に大きいということです。

 

映画パンフレット ストーリーより 6p

77歳の時、奥西が体の異常を訴えた。癌だった。胃の3分の2を摘出。一命は取り留めたものの、弁護団には、再審は時間との闘いだという焦りが一層強くのしかかった。

弁護団は、新たな証拠に取り組んだ。白白では歯で開けたというぶどう酒の王冠。その足の部分に、奇妙に潰れて曲がった個所があった。弁護団は町工場に王冠の復元を依頼し、2年がかりで王冠・1800個を製作した。その代金400万円は全国からのカンパでまかなわれた。そして、当時と同じ瓶と、蓋をする器具を入手すると、奥西が自白した方法で開けてみた。10人が10回ずつ開けた王冠。その中に、奥西が開けたとされる王冠のように、潰れて曲がったものは1つもなかった。自白の疑念が高まった。

 

(冤罪と裁判)の著者はこう提言している。

174p

 日本では公的な法科学の研究、鑑定機関は、科捜研や科警研しかなく、捜査側が独占している。法科学の中立的、第三者的な公的な研究、鑑定機関がない。貧しく支後者もない被告人は、弁護の視点から科学鑑定を受ける機会を奪われている。被告人、弁護人も利用可能な第三者機関が求められる。

 

名張事件の王冠の復元が全国からのカンパでまかなわれたことについて、(冤罪と裁判)で「下高井戸放火事件再び――誤った鑑定」でも支援者の重要性について語られている。169p「実験装置、実験費用は、支後者にお願いすることができた。冤罪事件は、裁判支後なくしてたたかえるものでないことがよくわかった。」

 

間接事実「状況証拠とは間接証拠とも呼ばれる。間接証拠により証明されるのが間接事実である。」

(冤罪と裁判)177p

間接事実は確実に証明されているか

 情況証拠を着実に積み上げて行くことは、長時間の取調べをして虚偽の自白調書を大量につくるよりも、けるかに賢い捜査のやり方である。

 しかし情況証拠について、私たちが注意しなければならないことがいくつかある。まず、ひとつひとつの間接事実が、それ自体、確実に証明されているのか、という問題である。

 

(日本国民救援会三重県本部のリーフレットより)

犯行機会は勝さん以外にもあった!

ぶどう酒の「到着時刻」が事件のカギ

死刑判決は「勝さんが公民館で一人になった10分間以外に犯行の機会はない」としています。本当にそうなのでしょうか? 事件当日のぶどう酒の足どりを見てみましょう。

1)ぶどう酒が懇親会に出ることが決まったのは当日の朝。決めたのは三奈の会会長・農協に勤めるN氏で、農協職員のRさんに購入を命じた。

2)Rさんは村に飼料を運ぶため農協に立ち寄った車に便乗し、H酒店で清酒2本とぶどう酒1本を買い、N氏宅に運んだ。受け取ったのはN氏の妻・F子さん(事件で死亡)。

3)その後隣家の勝さんがN氏宅に来て、5時20分頃公民館に運んだ。

 事件当初、Rさんや酒屋など運搬に関わった村人たちは、「ぶどう酒がN氏宅に届いたのは4時前」と証言していました。公民館に運んだ時刻が5時20分頃なら、N氏宅に1時間以上も置かれていたことになります。つまり、N氏宅でも犯行機会があったと考えられます。

ところが、事件から2週間以上経ってから「ぶどう酒がN氏宅に届いたのは勝さんが来る直前」と関係からの供述がいっせいに変わってしまうのです。しかしこの証言では矛盾が生じます。ぶどう酒をN氏宅へ届けたRさんはその後、5・7キロ離れた広島屋へ自転車で折り詰め弁当を取りに行っているのですが、広島屋の証言によるとRさんが来た時刻は510分。ぶどう酒がN氏宅へ到着した時刻が勝さんが取りに来た5時20分の直前であるはずがないのです。

 第一審・無罪判決は記憶が新しい事件当初の供述を採用し、「勝さん以外にも犯行機会はあった」とし、村人たちの供述の変更については「検察官の並々ならぬ努力の所産」と捜査当局の意図的な供述操作を痛烈に批判しました。しかし、二審では変更後の供述を採用し、「勝さんにしか犯行の機会はない」として、有罪・死刑としたのです。

 

アリバイ

(冤罪はこうして作られる)79p

・・・被疑者に対してアリバイを執拗に要求し、その証明ができないことは自分が犯人であることを認めていることと同じだという絶望的心境に陥れる取り調べ方法である。

 松山事件および布川事件にみられるように、誤って犯人とされる者は、もともと捜査の 初期の段階でアリバイがはっきりしなかったり、その言い分に嘘があるなどの点が疑われ、そのことが主な、ある場合にはほとんど唯一の理由とされて別件逮捕された者である。

捜査当局の取り調べは、まずこの弱点に追及の焦点をあて、執拗にアリバイ追及をくり 返す。そして被疑者の供述のなかに事件当日の行動について記憶の不確かさ、曖昧さ、不 正確さやアリバイ供述のいい加減さが少しでもあると、その点を際限なく追及し、その追 及から逃れる道は犯人であることを認める以外にはないという絶体絶命の心境にまで追いつめていくのである。

 

「捜査当局はアリバイ追及の際に、・・・虚偽の事実を告げて被疑者の記憶や心理に混乱を生じさせ、アリバイ不可能という絶望的真理に追いつめるという詐術的手法さえ用いる。」

 

名張事件でのアリバイはどうなっているのだろう?

10分間のアリバイ(日本国民救援会三重県本部のリーフレットより)

Y子さんと牛は知っている

勝さんは公民館で10分間一人きりになったとされています。しかし、この「10分間」は本当にあったのか、大いに疑問とするところです。勝さんも裁判のなかで一貫して「公民館で一人になっていない」と主張しています。

 この「10分間」は、そのころ公民館とN氏宅を往復したS子さんの証言にもとづいています。「私は5時頃2回公民館に行った。一度目は酒を運ぶ勝さんと一緒だった。公民館に雑巾がなかったので、N宅に取りに戻り、もう一度公民館に引き返した。私が雑巾を取りにいっている問、勝は公民館に一人でいた」というものです。

 しかし、N氏宅で総会のための炊事仕事をとりしきっていたY子さんによれぱ、「S子さんが最初に公民館に行ったあと勝を道で見たけど、勝は牛の運動をしていた」と裁判で証言しています。とすると、S子さんの証言には重大な疑念が生ずるのです。

 

映画パンフレット ストーリーより

2012(平成24)年5月。下山保男裁判長は、「毒物は奥西が自白した毒物と矛盾しない」と、再審開始の取り消しを決定した。裁判所に駆け付けた支援者たちも愕然とする。その中には、布川事件の桜井昌二さん、足利事件の背水利和さんの姿もある。際限なく続く再審決定と取り消し。そうした中、奥西は肺炎で緊急入院する。病院で面会した鈴木弁護士は、やせ細った奥西の腕に手錠がかけられている、と記者会見で声を詰まらせる。「裁判所というよりも、裁判官ひとりひとりですよ。奥西さんに死刑宣告し、その宣告を維持し続けた裁判官は50人以上居りますよ。私は彼らの責任を問いたい」

7に続く

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映画 約束 を観る 5 裁判官の人事制度
 

映画 約束 を観る 5

名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 66

冤罪と裁判 冤罪弁護士が語る真実 今村核著 

冤罪はこうして作られる 小田中聰樹著 を読む

 

松山事件では警察スパイによるそそのかし、も行われている。

(冤罪はこうして作られる)53p

警察スパイのそそのかし

 斎藤さんを早期の虚偽自白に追いやった第三の原因は、警察がスパイを使って斎藤さんに自白をそそのかしたことである。

 12月3日古川警察署の留置場に入れられたとき、斎藤さんと同じ房(部屋)に高橋某が人ってきた。捜査官たちの暴力的取り調べやアリバイつぶしに苦しんでいる斎藤さんに対し、高橋某は「ここに入ったら、やらないこともやったことにして、裁判の時に本当のことを話せばいいのだ」とか「いつまでも頑張ると拷問にかけられるぞ、……だからやらないこともやったことにして、裁判のとき本当のことをいえ」などと言葉巧みに自白をそそのかした。暴力的取り調べに苦しんでいた斎藤さんは、彼のそそのかしにのってしまい、自白をはじめた。

 その後も斎藤さんは高橋某に「身に覚えのない自白をしてきた。裁判のとき本当のことを話せばよいのだね」と相談した。これに対し高橋某は「検察庁に行ってもやったことにしろ、あそこは警察と味方同士なんだから、また裁判所に行ってもやったことにしろ、裁判のとき本当のことをいえばよい」とすすめた。そこで斎藤さんは検察官の取り調べや裁判官の勾留質問に対しても、自白をくり返した。

 このように斎藤さんに自白をそそのかした高橋某は、暴行、窃盗、詐欺の被疑者として勾留されていた前付五犯の男で、古川警察署にとっては馴染みの者であった。捜査当局はこの人物を斎藤さんとわざわざ同じ房(部屋)に入れ、12月10日に拘置所に移すまで、斎藤さんの言動をさぐらせて逐一報告させていた。それだけでなく、言葉巧みに自白をすすめさせた。高橋某は警察のスパイだったわけである。

 

(冤罪と裁判)でも、別の事件での警察スパイの問題が指摘されている。

 

(冤罪はこうして作られる)76p

自白追求へ駆りたてるもの

 ・・・ここで注意しなければならないのは次の点である。

 第一に、捜査が難航し迷宮入りしかねない状況にある場合には、捜査当局は、威信とメンツにかけて犯人を検挙し追及しなければならないという、誤った使命感を抱きがちだということである。

 第二に、長年の経験からくる当初の見込みや勘に対する自信が、捜査官を過度にそれに固執させ、修正することを困難な状態に陥らせがちだということである。

 第三に、捜査官は、密室監禁的状態に置かれた被逮捕者が陥る不安な心理状態を知りつくしており、次に述べるような巧妙、校滑で強引な取り調べ技術を暴力的手法をまじえて駆使し、思うがままに不安な心理状態を増大させ混乱させて、被疑者から防禦能力を奪ってしまう技術を身につけているということである。

 第四に、右のようにして混乱した心理状態に置かれた被疑者は、法律知識が乏しく、また外部からの援助(とくに弁護士の助言)をほとんど受けられない状態に置かれていることもあって、取り調べに対し不十分で拙劣な対応しかできないことがほとんどである。このことが捜査当局の当初の見込みや勘にもとづく予断を、いっそう強化し増幅させてしまうことが往々にしてあるということである。

 これらの事情は、捜査当局が別件逮捕する際に抱いていた「犯人ではないかという疑い」を、証拠的基礎なしに「犯人にちがいない」という「確信」へと高め、強化し、慎重さや自制的態度を捨てた苛烈な自白追求へと捜査官を駆りたてるのである。

 

(冤罪はこうして作られる)

後を絶たぬ暴力的取調べ 88p〜

 免田事件や梅田事件にみられる暴力的取り調べのすさまじさは、戦前・戦中における特高警察の拷問・リンチを想い起こさせ、慄然たるものがある。このようなすさまじい暴力的取り調べを連日、長時間にわたり、しかも密室監禁の孤立無援の状態のなかで受け、心理的にも追いつめられ、ついには屈服して捜査当局の言うがままに虚偽の自白をはじめる被疑者の姿は、「人間の弱さ」ということでは片づけられない悲惨さを感じさせる。

・・・暴力的取り調べは、現在に至るまで後を絶っていない。・・・

大声で罵倒する。足を蹴る。机をぶつけるように押し付ける。椅子ごと蹴り倒す。壁に向かって長時間座らせる。顔を机に打ちつける。手足をネジりあげる。壁に押し付ける。ボロ椅子に同一姿勢で座らせる。物差しで手の甲や腕を叩く。髪をむしる。両膝を打ちつける。煙草の火を押しつける。目に物を入れる。首を絞める。拳で殴る。線香でいぶす。膝蹴りで腹を蹴る。パイプ椅子で頭を殴る。

 

代用監獄制の悪用 95p

代用監獄制度とは、被疑者取り調べ権をはじめとする捜査権限をもつ警察が、本来は泥 酔者の保護など行政的措置のための施設としてもつ留置場を、逮捕・勾留された被疑者を 収容し拘禁する施設として代用することを許す制度である。

 この制度が代用監獄制度と呼ばれるのは、逮捕・勾留した被疑者を拘禁する本来的な場所として刑事訴訟法が定めているのは「監獄」の一種である「拘置所」であり、警察留置場を用いるのは例外的な「代用」的措置にすぎないからである(監獄法弟一条第三項)。

 

自白させるための装置98p〜

警察署内の一劃にある留置場は、厚い扉で隔てられた、外部の者が足を踏み入れることの許されない完全な密室である。被疑者の生活は、一日二十四時間つねに捜査当局の監視と管理のもとに置かれ、捜査手続きのなかに組み込まれる。

 その結果として、代用監獄制度下の警察留置場は、これまで述べてきたような暴力、脅迫、詐術・偽計を便った長時間におよぶ取り調べを可能にしている。それだけではなく、留置場内の生活上の利便供与(面倒見)をダシに使った利益誘導的取り調べをも可能にしている。

 ここで面倒見について少し説明しておこう。面倒見とは、捜査官が被疑者の面倒をみるという意味であるが、具体的には、捜査官の見込み通りの自白をする協力的な被疑者に対し、取り調べ室で特別待遇を施すやり方を意味している。

 カツドンなど店屋物をとって食べさせたり、コーヒーや煙草をあたえたり、酒を飲ませたり、家族や友人に電話をかけることを許したり、配偶者と二人きりにして会わせたり、外出させたりするなど、面倒見の内容は驚くほど多種多様である。

 このような面倒見が自白獲得に威力を発揮するのは、捜査機関が被疑者の身柄を拘禁しその全生活を自由自在に管理・処遇できる代用監獄制度があるからである。

 このように、代用監獄制度は、暴力、脅迫、詐術、利益誘導などの弊害と不可分な関係にあるが、それは、この制度が糾問的な自白追求システムの一環として積極的に組み込まれ、その中枢的装置として運用されていることにともなうものである。その意味で、その弊害は制度内在的なものなのである。

 

 代用監獄制度は憲法違反の制度であるが、それと同時に国際人権規約や国連の諸原則に反している。

 裁判官の捜査追認、捜査上塗りの姿勢にも問題はありそうです。

110p

 また裁判官は、虚偽白白のなかに不合理さ、矛盾、客観的証拠との不一致があるにもかかわらず、それに気づかず、または無視したり、ある場合にはとりつくろったりしようとすることさえある。誤判事件にみられる裁判官のこのような捜査追認、捜査上塗りの姿勢こそ裁判を誤らせるものではないのか。

 

(冤罪と裁判)に驚くような記述がある。

裁判官の人事制度 206p〜

 ・・・裁判官の人事処遇制度のあり方は、刑事裁判の状況に影響していないだろうか。

 端的に言うと、人権感覚が強く、検察官の令状請求を却下したり、無罪判決を多数出したりする裁判官が人事上冷遇されるようなことはないのか。裁判官の任地、職位、給与など、人事処遇を決めているのは、最高裁事務総局の人事局である。

 かつて、1960年代終わりから憲法擁護を目的とする法律家団体である青年法律家協会に所属している裁判官に対して、同協会を脱退するように、最高裁事務総局が、部総括判事や、所長代行などを通じて慫慂したことがある。青年法律家協会の裁判官たちが行っていたのは、令状実務や刑事事実認定などについての研究会であり、機関誌を発行し人権感覚にあふれる発表を行ったりした。・・・

 

青年法律家協会のことがここから書かれている。驚くべき内容なので、是非に本書を読んでもらいたい。

 

・・・特定の団体への所属の有無により、人事処遇上の差別が行われたことは明らかであるが、団体に所属していなくても、その裁判傾向により、人事処遇上の差別が行われる。人権感覚あふれる切れ者の刑事裁判官として誰にも認められ、一目置かれているような裁判官たちが、その優秀さのわりには、人事処遇上、相当とは言い難い扱いを受けている例をよく見かける。

 例えば、1980年代には、最高裁判所が、鹿児島ホステス事件、鹿児島夫婦殺し事件、新潟ひき逃げ事件、板橋強制わいせつ事件などで、一、二審判決を破棄して無罪判決を出し、学者などから「事実認定適正化の波」と言われたことがあった。そのとき最高裁調査官が大きな役割をはたしたと言われる。そのころの最高裁調査官の少なくない人々は、人権感覚が強く、無罪方向の調査官報告書をあげて、最高裁裁判官の中でリベラルな傾向を持つ裁判官を説得して無罪判決に至った。しかし、実務畑のエリートコースである最高裁調査官を経た彼らのその後の処遇は、必ずしもめぐまれていない。

・・・・・

コントロールされる裁判官

(冤罪はこうして作られる)208p〜

・・・裁判官は、職権のうえでも身分のうえでも、独立、自由、対等であり、上命下服の官僚制とは無縁の存在である。ところが現実には、裁判所には一般の行政官庁と同様な官僚制がしかれ、裁判官はその統制・管理に服している。

 その官僚制機構の頂点に立つのは最高裁判所の長官と事務総局であり、裁判所の人事や予算など、司法行政の権限を握っている。一般の裁判官に対しては勤務評定をおこない、これにもとづく人事(転勤、配属、役職、昇給など)や指導を通じて、最高裁事務総局を中核とする司法官僚の考え方を、裁判の現場にもち込んでいる。

では司法官僚層はどういう裁判官で構成されているかといえば、優秀な成績で司法修習を終え、エリート裁判官として最高裁事務総局と裁判の現場とを往復しながら漸次司法行政のベテランに育てられていく裁判官がほとんどである。そのなかには、法務省や検察庁などに出向した経験をもつ者も少なくない。

 このようにして意図的に養成された司法官僚は、一般の行政官僚とあまり変わらない考え方や感覚を身につけ、それを人事などの司法行政を通じて、権力的な形で現場の一般裁判官に流し、その受容・服従を強制する。

 このように、司法官僚の行政親和的な傾向は、司法行政を通じて、一般裁判官の意識と行動をたえず行政官庁寄りにし、他の行政官僚に対する同僚意識や信頼感を醸成する作用を営んでいる。刑事裁判官にみられる捜査官への同僚意識や信頼感は、裁判所内に一般的に存在するこのような雰囲気のあらわれなのである。

 

 裁判官の人事制度が硬直した司法の改革を生むことの出来ない要因のようです。

 では、私達の暮らしの中で冤罪・誤判から身を守るためには何が必要なのだろうか?

 再審で無罪となった事件は、弁護士会や支援団体や研究者がまず誤判を指摘し、裁判所がこの指摘を受け入れたものがほとんどであるということ、そして、長い歳月を経ているケースが多いことを、私達は知っておく必要がある。

もしものときのためには、実績のある「弁護士会や支援団体や研究者」を知っておかなければならない、ということになる。 6へ続く

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 日本の政治を考える | 08:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
映画 約束 を観る 4 人質司法
 

映画 約束 を観る 4

名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 65

冤罪と裁判 冤罪弁護士が語る真実 今村核著 

冤罪はこうして作られる 小田中聰樹著 を読む

 

2005年、奥西勝さん(当時80歳)が名古屋高裁に提出した意見書の要旨

なお( )内は編集部注。名古屋高裁刑事第1部・小出前貂枷縦硬

「私は無実です」

私は死刑判決を受けましたが、無実です。どうか、一日も早く再審開始をして下さって、えん罪を晴らして下さい。

 これまで、私は何度も地獄を見ています。

 辻井取調官(警察官)から「家族の者が村落民によって、土下座して謝罪せよと言われ、大変苦しんでいる。家族を救うためには、お前が早く自白する事より他にない」といって自白を強要されたときのこと。

 私が断り続けるのに、記者会見を警察から強要されたこと。家族を救うために記者会見をして謝罪することだと言われ、涙で記者会見をしました。そこでの話は、辻井取調官が書いた文を朗読したのでした。

 母が津拘置所の初面会で、私が面会室に入るなり、「勝、なんでやっていない事をやっていないと、よう言わなかった」と泣きくずれた姿や叫び声を、今も忘れる事ができないこと。

事件発生後、連日連夜取調べを強いられ、夜遅く自宅に車で送られ家に帰りましたが、送ってきた刑事が私宅に入り込んで座ったまま帰ろうとしません。私が寝所に入ると、長女は嬉しそうな顔をして眠りにつきました。遅くまで寝ないで私を待っていたのでした。子供達も、母も(事件で亡くなり)おらず、私も遅くまで取調べを強いられていたため、不安だったと思います。でも刑事は居間の障子戸を開けろといって入□に座り続け、便所に行くと一緒について来て、扉を開けたままで用便せよと命じるのでした。私は犯人扱いされ、追い詰められ、苦悩以外何ものでもない状況で、何がなんだかわからない状況でした。

私と家族にとって地獄の生活の始まりでした。今でも思い出すのは、子どもたちの「お父ちゃん」という叫び声です。検証に立会うため連行された時、自宅の方から長女と長男が、私の方に走り寄ってきて、大声で「お父ちゃん、お父ちゃん」と何度も叫び続けておりました。その声は今も耳の奥に残っています。私は、手錠、引き縄付の姿で連行されており、そんな父の姿を、2人はなんと思っていたであろうか。大勢が見ている中で、たった一人声をかけてくれた長女や長男はどんな思いをしていたのであろうか。その幼い心では支えきれない重圧が降り掛かっており、本当に可哀想でなりませんでした。

 私は、どうしてやることも出来ませんでした。まして、無実の罪でこんなことになり、くやしくて、くやしくて……。えん罪とはいえ、私のことで子供達、そして見たことの無い孫達が未だ苦しんでいると思うと、大変辛いことです。早く再審開始をしていただき、えん罪を晴らしていただきたいです。

 父母、とくに母には大変苦労をかけてしまいました。父母は、部落を追われるように引っ越しをせざるを得ないようでした。母は、息子の無実を晴らしてやりたい一心で、80歳を過ぎても、安アパートで貧しい生活でなりふりかまわずアルバイトをしつづけ、月1回の面会と衣類やお金を差し入れ、激励のため遠い名古屋まで来続けてくれました。手紙など書いたことがなかった入ですが、週―回欠かさずに手紙でも激励し続けてくれました。死の2日前まで手紙を出しつづけてくれました。

 父母が元気なうちに、無実を晴らして頂きたい一念一心でがんばっていました。現在はそれが叶いませんが、墓前によい報告をさせていただきたいです。

 死刑が確定して33年、恐怖と苦悩の日々でございます。確定者は有無実の分けへだてなく処刑をされると聞いているので、休庁日以外、(処刑のある)午前中は恐怖と苦悩の時間です。昼食の配給があるとホッとし、それ以外の時間帯は地獄の中で生きているようなものです。夜、布団の中に入ると、このまま夜が明けてくれなければいいのにと思う事がよくあります。

 私も80歳になりましたので、今回は最後のお願いになるのではと思ってお願い申し上げました。

 再審議求人奥西勝

・・・・・

 

冤罪はこうして作られる 小田中聰樹著

講談社現代新書 1993420日第1刷 201124日第18刷発行

31p〜

 たしかに冤罪=誤判が存在したこと、しかも重大な事件についても存在したこと、それを匡すのに長時間を要することはよくわかる。しかし、そのようなケースはごく例外的であって、刑事裁判の全体からみれば微々たる病理内規象というべきものにすぎないのではないか。

 裁判は常に正しくあるべきで、誤判があってはならないということは刑事裁判の理想ではある。しかし、裁判も所詮は不完全な人間の営みであり、例外的に誤りが生ずるのはやむを得ない。その誤りが重大な事件について生じたことは残念なことだが、幸いにしてその誤りは再審で是正され解決ずみである。とすれば、冤罪=誤判ができるだけ生じないようにするための方策を考えればいいだけで、この点にも進展がみられるのではないか。

 それなのに、冤罪=誤判問題の重大性、深刻性を云々するのは大げさすぎるのではないか。

 このような疑問に答えるには、次の三つの点を検討することが必要であろう。

1)冤罪=誤判は量的、続計的にみて微々たるものか。

2)冤罪=誤判は例外的な病理的現象か。

3)冤罪=誤判は是正ずみ、解決ずみの問題か。

これらの問題について、私の結論を先にいっておこう。

1)冤罪=誤判は潜在的なものをも念頭に置くとき、けっして微々たる問題とはいえない。

2)冤罪=誤判は例外的な病理的現象ではなく、日本の刑事手続の糾問的な構造・体質そのものが生み出す構造的現象である。

3)冤罪=誤判を生み出す刑事手続の糾問的な構造・体質に対し、抜本的なメスが当てられていないため、誤判防止の措置がきわめて不十分なままであり、誤判被害の救済措置も不十分である。

34p〜

・・・再審請求人員数は、年間約百人、再審開始人員数は年間十数人である。

 このように統計の数字を眺めてくると、有罪判決のなかで誤判だとして争われるのは百二十余万のうちのせいぜい百程度にすぎず、しかもそのうち再審開始・再審無罪までいくのは二十足らずなので、冤罪=誤判問題はまことに微々たる問題にすぎないように思えてくる。しかし、このような見方は、統計的数字の理解のレベルでも皮相的なもので、妥当ではない。

たしかに、再審請求の数、再審開始決定・再審無罪の数を、「有罪の数」と対比するここはそれなりに重要な意味がある。しかし、それと同じくらいに、むしろそれ以上に、「無罪の数」と対比することが重要なのである。

 というのは、「再審開始・再審無罪の数(および再審請求の数)」は、「無罪の数」と合算されて、「裁判所が三審制度の枠内で無罪とすべきであった数(または無罪とすべきであったかもしれない数)」を形成する。そして「再審開始・再審無罪の数(おょび再審請求の数)」は、無罪とすべきであったのにそれに失敗した(または失敗した疑いのある)数を示すからである。

 そういう目で、あらためて無罪に関する統計的数字と、再審に関する統計的数字とを対比してみると、興味深い事実が浮かび上ってくる。それは、無罪とほぼ同じ数の再審請求がなされているという事実である。つまり、無罪とすべきであった事件(または無罪とすべきであったかもしれない事件)の半分が、有罪とされているのである。この事実は、誤判の問題が量的にみて、けっして無視してよい問題ではないことを示している。

36p〜

・・・なぜ再審のルートにのらない暗数が多いのかといえば、誤判を主張して再審を請求して争っても裁判所がなかなかその主張を認めないこと(再審の門の狭さ)、もし再審に失敗すると再度有罪判決を受けたのに等しい社会的汚名をかぶる危険があること、再審を請求して争おうとしても厖大な労力や時間や弁護費用がかかることなどのため、誤判を受けた元被告人があきらめて、泣き寝入りをしてしまうことが多いためである。

 もっとも、冤罪=誤判の暗数がどのくらいになるかをつかむことは難しい。かつて日弁連では1981年に誤判原因に関するアンケート調査をおこない、同年9月の第24回日弁連人権擁護大会で発表したが、この調査は冤罪=誤判の暗数に関する興味深いデータを提供している。

 全国の弁護士11687名に対しておこなわれたアンケートに対し、683名が、自分の担当した刑事事件弁護の経験で誤判または誤起訴と思われる事件があったと回答しているのである。その数は次の表のように1270件にのぼっている。

 この調査によれば、この1270件のうち、728件が第一審または上級審で誤判・誤起訴を是正され、7件が再審で是正されているが、その一方で有罪判決が確定したけれども誤判であると思われる事件(有罪確定事件)が435件ある。ということは、再審無罪事件7に対して、冤罪=誤判の暗数が435もあるということである。

この推計はもちろん、担当弁護人の主観的な判断・認識を基礎にしたものなので、客観性に限界があるが、暗数をさぐる手掛りとして意味はあると思う。

 またのちに指摘するようなきわめて重大な事件で、死刑や無期懲役の誤判がおこなわれているという事実は、比較的軽い事件でもかなり誤判があるのではないかということを推測させる。なぜなら、死刑、無期懲役などの重大事件では、きわめて慎重な審理がおこなわれるのが通例であり、それにもかかわらず誤判が生じているということは、比較的軽微な事件での誤判の存在をうかがわせるに十分だからである。

39p

問題は、検察が冤罪=誤判であると認めようとせず、したがって自ら再審請求しようとしないケースである。37ページの表でみるように、最近5年間で元被告人側367人の再審請求について裁判所の判断が下されているが、再審開始が認められたのはわずか8人、全休の2パーセントにすぎない。再審は、冤罪=誤判に泣く者にとってまことに「狭き門」なのである。

 

 やはり、冤罪=誤判の数は多いと言わざるを得ない。

 

(冤罪と裁判)に「人質司法」という指摘もある。

204p〜 人質司法

・・・公判廷で否認をすると、保釈が許可されないまま公判が長期化する。弁護人が、被告人のために熱心に弁護活動を行えば行うほど、裁判は長期化し、勾留日数は長引く。その結果、弁護人は、被告人のために何か弁護活動をするたび、「また未決勾留が延びるな」と思わざるを得ない。「まるで被告人を人質にとられているようだ」という気持ちとなる。裁判官が保釈を許可するか否かにあたってば、検察官の意見を聴かなければならない。否認していれば検察官は必ず「不相当」の意見を出すし、裁判官はほとんどの場合、検察官の意見に従う。

否認すれば10日間の勾留決定

 捜査段階の状況を考えてみよう。例えば痴漢事件で逮捕された場合、検察官は、「自白をすれば、すぐにでも釈放し、略式裁判で罰金とする。否認をすれば10日間の勾留請求をする。勾留はもう10日間延長請求する。否認を続ければ、起訴をする」という運用を行う。そして検察官が勾留請求をすれば、裁判官は、ほぼ勾留決定をする。

 勾留請求却下率は、2005年の司法統計年表で見ると、地方裁判所で0.75パーセント、簡易裁判所で0.15パーセントに過ぎない。10日間、あるいはそれ以上勾留され、会社を欠勤することはむずかしい。家族への説明もむずかしい。

「否認すれば、10日間の勾留決定をする」ということ自体が、精神的な拷問となっており、嘘でも自白をさせる力を持つ。最近では有罪率99・9パーセントの現状を知り、「起訴されて裁判になってはまず助からない。少しでも処分を軽く済ませよう」などと考えて、やっていないにもかかわらず、被害弁償、示談をして略式罰金などで済まそうとする被疑者も増えてきて、弁護人も依頼されたとおりにしていることがある。

 こうした捜査、公判をつうじた「否認をすれば身柄拘束されるが、自白をすれば釈放さ

れる」という運用全休を指して「人質司法」ということができる。  5へ続く

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映画 約束 を観る 3
 

映画 約束 を観る 3

名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 64

冤罪と裁判 冤罪弁護士が語る真実 今村核著 を読む

講談社現代新書 2012520日 第1刷発行

 

「捜査官が何度も事情聴取をくり返すことによる記憶の汚染」は名張事件ではどう表れたのか?

 

日本国民救援会三重県本部資料による

事件直後の供述

 酒を売ったH酒店

Rさんに売ったのは2時半から3時頃。」

 酒を運んだRさん

「2時頃農協を出て酒を買った。Nさん宅に届けたのは2時か3時頃。」

 N氏宅にいたI子さん

 検察官は初期の供述をなぜか公表していない。

津地裁

 勝さんがぶどう酒を取りに行ったのが5時20分頃なので、N氏宅に2時間以上置いてあったことになる。

 他の人にも毒物を入れる機会があり、証拠も不十分!よって無罪!!

 

事件から2週間以後の供述

酒を売ったH酒店

「4時を過ぎていたのではないかと言われれば、あるいはそうではないかと思います。確かなのは昼ごはんと夕ご飯の間ということです。」

酒を運んだRさん

Nさん宅に届けたのは4時半から5時の間違いでした」

N氏宅にいたI子さん

「5時10分にF子と一緒に受け取った」「忘れた」「5時のサイレンより前だったかもしれない。」

名古屋高裁

 ぶどう酒がN氏宅に届いた直後の5時20分頃に勝さんが取りに行ったことになる。

 勝さん以外に犯行機会はない。死刑!!

 

事件直後の記憶と2週間後の記憶ではどちらが信用できるでしょうか。そしてなぜ村人は証言を変更させたのか・・・?

・・・・・

塗り替えられる記憶「事後情報効果による記憶の変容」という問題もある。

85p

・・・ロフタスは、「事後情報効果」についても興味ある実験を行っている。被験者らに、交通事故の映像を見せる。そして被験者らをグループ分けして、50名には「車がぶつかったとき、ガラスの破片を見ましたか」と聞き、他の50名には「車が激突したとき、ガラスの破片を見ましたか」と聞く。

 「ぶつかった」との言葉で質問された被験者で「はい」と回答した者は7名(14パーセント)、「激突した」との言葉で質問された被験者で「はい」と回答した者は16名(32パーセント)だった。じっさいの映像では窓ガラスは割れておらず、壊れたガラスは映っていない。質問の中にさりげなく忍び込ませた言葉一つですら、人の記憶を塗り替える力を持つ。

 ここで怖いのは、人は記憶が変容したことにみずから気がつかないことだ。したがって本人は正直な気持ちで現在の記憶どおりに、確信をもって証言する。それは無実の被告人を切りつける鋭い刃となるのだ。

 

一度、捜査が誤った方向に動き出すと、雪だるま式に虚偽の証拠がふくらんでゆくこともあるらしい。

誤った目撃証言が誤判原因の一つとして数えられるケースは、80%近くに達している。

 偽証という問題もある。

100p

法廷で証人は、「宣誓。良心にもとづき真実を述べ、何ごとも隠さず、何ごともつけ加えないことを誓います」などと宣誓を行う義務がある。そのうえであえて虚偽の証言をすれば、偽証罪となり、処罰されることがある(被告人には黙秘権があるため宣誓義務はなく、することもできない)。

 しかし、捜査の過程ですでに捜査官に対して嘘をついて供述調書が作成されていれば、宣誓をしたからといって、法廷でにわかに、真実を述べるということは通常ない。そのまま嘘をつき続けるのである。

 偽証には、いろいろな類型がある。身近な人に対する嘘が、警察に対する嘘となり、その後引っ込みがつかずに偽証をするケースは多い。

 

供述証拠

 ・・・供述証拠とは、事件の痕跡が人の記憶に残されたものをいう。

 一般に人の供述過程は、知覚−記憶―表現―叙述の各段階をたどり、それぞれの段階において誤りが介在しやすいと言われる。

 例えば、虚偽自白では、知覚や記憶に誤りがあるわけではないが、嘘を言っているので、叙述に誤りがある(もっとも「空白の時間」を追及されて「もしかしたら、はっきり憶えていないだけで、やったのかもしれない」と思い込まされて虚偽自白をする事例もあるから記憶の混乱はありうる)。

 目撃供述では、見間違いなど知覚の誤りや、事後的に呈示された情報により記憶が変容したりなど、記憶の誤りが多く起こる。ことに捜査機関が犯人の見込みを立てると、人々の同調傾向などにより、これに沿った供述が得られやすいし、やっかいなことに目撃者みずからは記憶の変容に気がつかないことが多い。

 また、共犯者が、みずからの責任を軽くするために、他の者を巻き込んで「一緒にやった」と供述することかあるが、これは墟をついているので叙述の誤りである。

・・・供述過程に科学的な検討を加えることが、供述心理学の役割である。供述心理学の有効な活用のためには、あらゆる重要供述について全事情聴取過程の記録化、とりわけ録音・録画化が必須である。

 

 取調べの可視化は当然だと思われるが、それに反対する意見もある。

日本の論点2012(文芸春秋)論点72 冤罪がなぜ起きるか

虚偽の供述が証拠とされたら――取調べの可視化に刑事が反対する理由

久保正行 警察庁シニアアドバイザー 警察大学校講師

662p

可視化の提起は警察にとって恥ずべき事態

・・・ここ数年のうちに、志布志事件、富山事件、足利事件、布川事件と続いて無罪判決が下されており、警察に対する国民の信頼は大きく損なわれたといえよう。一度損なわれた信頼を取り戻すのは容易なことではない。厳しいことをいえば、警察捜査のタガがゆるんでいるからこそ「取り調べの可視化」の問題が提起されたのである。警察は、このような事態になったことを恥ずべきである。全捜査員は検証の結果、明らかとなった再犯防止策を徹底し、二度と冤罪事件を生じさせてはならない。

犯人の心の奥底にある良心に全霊で訴える

 取調室は、刑事にとっては決して負けを許されない神聖な場所である。犯人にとっても自分の人生を分ける場である。ときには、自分の命を左右することもある。犯人は、自己が犯した犯行を心底悔いて自供して更生の道を選ぶか、「しゃべらなければ警察はわからない」と否認や黙秘を通して罪から逃れようとするか、その分岐点に直面するのである。狡猾な犯人は、嘘を言い、抵抗し、逃げるといった行動をとる。また、死刑や懲役から逃れたい一心で、一度した自供を翻すことも少なくない。

 だからこそ、取調官は社会正義を守るために、私心を持たずに全身全霊で事件の真相を解明しようとするのだ。それも、犯人の心の琴線を探り、暗く閉ざされた心の奥底にある良心に訴えかけて自供を得るのである。常時カメラやマイクで録音・録画されている状態ならば、デカもホシも真に心を聞くことができず、取り調べはあたかもインタビューのような、通り一遍の聞き取りで終わるだろう。

 国民は、事件の真相を解明してほしいのではないだろうか。取り調べという真剣勝負を通り一遍の聞き取りに変えてしまうことが、真に国民が求めている取り調べのあり方だろうか。

 録音・録画された犯人の供述によって、被害者のプライバシーが露見したり、犯人が事実を歪曲しようとして用いた虚言のために、事件に直接関係ない者の名誉が害されたりすることになれば、被害者や事件関係者は犯罪捜査に協力しなくなる。それでなくても、社会における連帯意識は薄まっており、相互不干渉の風潮が広まっている。また、最近では、個人情報の保護を理由に、警察に対する捜査上必要な情報の提供を拒む者も多いなど、国民の協力が以前ほど得られなくなっている。こうした流れの中で可視化を進め、取調官の手足を縛れば、警察業務に著しい支障が生じ、治安の悪化は避けられない。

664p〜

 このような犯人が真実を語らず、相当の刑に服すことなく早期に社会復帰すれば再び凶悪犯罪を犯すこともありうる。そんなことが許されるのだろうか。だからこそ取り調べで十分に真相を解明し、犯人に改悛を促し、罪をしっかり償わせるべきである。

 現在、取り調べが危機的状況に陥っていると感じる。司法制度改革以降、被疑者に対する国選弁護人制度によって、被疑者の防御権がより強化されている。これにより、取調官に無言の圧力がかかり、取り調べがやりづらくなっているのである。もちろん犯罪を犯した者にも人権があり、警察がそれに配慮することは当然であるが、このような中で全面可視化か進められれば、取り調べに与える支障はさらに大きなものとなり、真相解明などおぼつかない。取り調べだけが「無罪事件」の原因ではない。

 現在、警察では、白白の任意性の効果的で効率的な立証方策を検討するという方針の下、取り調べの一部録音・録画を試行している。この試行が裁判員にわかりやすい立証をすることが目的ならやむを得ない。他方、検察は、厚労省元局長無罪事件を受けて設置された「検察の在り方検討会議」の提言を受け、可視化を拡大する方向性を示している。このことから、警察も可視化を拡大すべきとの議論がある。

 しかし、警察は、第一次捜査機関として、あらゆる凶悪事件や組織犯罪も含めて端緒があれば捜査を開始し、逃げ隠れする犯人を検挙して全事件を解明する責務を負っており、検察とは立場を異にするのだから、両者を同一に論じるのは乱暴に過ぎる。

 また、とかく外国の捜査を参考にすべきだとか、グローバル・スタンダードに従うべきとの意見が聞かれるが、本当にそれでいいのだろうか。英国における無罪率は約20パーセントとされているが、全体として警察捜査の責任を問う声はないようだ。日本なら許される数字ではないであろう。各国の風土や国民性の違いを前提とすべきであり、盲目的に諸外国の制度を導入すればよいというものではない。

 無罪事件の捜査の失敗は、供述やその他の証拠の吟味、裏付け捜査などの基本捜査が不十分であったことが原因であり、捜査指揮全般の問題である。取り調べだけが無罪事件の原因であると考えるような議論は、適切な対策につながらない。

 

 久保正行の言うことも、パターナリズムという危うさは感じるが、理解できる面もある。 しかし、「捜査における質の定義と評価方法」とか「捜査におけるヒューマンエラー」とかいう考えはないのだろうか。警察捜査のタガがゆるんでいるからこそ「取り調べの可視化」の問題が提起されたのである、というよりも、「冤罪防止のヒューマンファクター工学」という考え方が必要なように思われます。冤罪防止の注意喚起だけでは、冤罪の再発は防止できないでしょう。

「無罪事件の捜査の失敗は、供述やその他の証拠の吟味、裏付け捜査などの基本捜査が不十分であったことが原因であり、捜査指揮全般の問題である。」尤もなのだが、意識高揚には限界がある。人間の精神力に訴える対策では効果は薄い。工学的に理に適った、科学的な視点を捜査に取り入れる。そして捜査の質を定義し、評価委員会を設置するということが、捜査側で必要だと思われます。ミスの本当の原因を追究できるシステムが捜査側にないのだろうか?冤罪防止の「適切な対策」とは何なのだろう?    4に続く  
posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 日本の政治を考える | 07:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
映画 約束 を観る 2
 

映画 約束 を観る 2

名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 63

冤罪と裁判 冤罪弁護士が語る真実 今村核著 を読む

講談社現代新書 2012520日 第1刷発行

 

えん罪名張毒ぶどう酒事件の最新を勝ち取り

奥西勝さんを死刑台から取り戻す全国ネットワーク

日本国民救援会三重県本部

のリーフレットによると

 

名張毒ぶどう酒事件のあらまし

三重県の山間部をのどかに流れる名張川の上流、奈良県との県境にある小さな村落−名張市葛尾。谷あいの一本道に沿うように、二十五戸の農家が点在し、ほぼその中心の小高い丘にポツンと建つ「威福寺」は、村人たちが公民館として使う無住の寺である。

1961年(昭和36年)3月28日、夜八時から公民館で聞かれていた村の生活改善クラブ「三奈の会」は、総会を終えて懇親会に移った。男たちには清酒が、女たちにはぶどう酒がふるまわれ、三十二人の参加者たちは和やかに祝杯を挙げた。そして事件は起きた!

 突然女たちがもがき苦しみだしたのだ! 驚いた男たちは遠方から医師を呼んだが、その甲斐もなく五人が死亡、十二人が中毒症状を起こしていた。女たちが飲んだぶどう酒に農薬・「テップ剤」が混入されていたことが、検査の結果明らかになった。いったいだれがこんな事を・・・!? 静かな村をいきなり襲った大量毒殺事件は村人をパニックに陥れ、世間をも恐怖させた。

 一刻も早く犯人を! 捜査の行方はマスコミの注視の的となった。「村人の中に犯人がいる」そう断定した警察は事件当日ぶどう洒の購入・運搬に関与した三人の村人を重要参考人とした。とりわけ、死亡した五人の女性の中に妻と愛人がいた奥西勝さん(当時三五歳)は、「三角関係の清算」という動機があるとして、警察から厳しい追及を受けた。

 勝さんは否定し続けた。しかし、事件直後から連日ジープで連行されての長時間の取り調べ、さらには自宅にも警察官が泊まり込み、就寝から排便にいたるまで監視されるという中で、ついに勝さんは嘘の自白をさせられてしまう。「妻と愛人を殺すため、公民館で一人になった隙に、自宅から用意してきた農薬・ニッカリンTを混入した」と。勝さんは起訴された。しかし、勝さんは起訴直前に自白を撤回し、以後一貫して無実を主張している。

 

 このような冤罪事件は極めて特殊なものなのだろうと思っていたが、そうでもないようだ。その数や暗数から見ると誰でも冤罪に巻き込まれる可能性がありそうだ。また、裁判員になったら無実の人を裁くという可能性も有りそうです。冤罪のことは意外に身近なことのようで、しっかりと学んでおかなければならない事項の一つだと私は確信しました。

(冤罪と裁判)198p〜

冤罪の「暗数」

 労災事故についてのハインリッヒの法則では、1つの大事故の背後には29の中小の事故があり、300の危険があるといわれる。これらの再審無罪事件などは氷山の一角と見た方がよい。私はこの20年間、よく中小の冤罪事例を担当してきた。

 例えば、懲役刑を宣告されても、執行猶予が付いたり、刑期が短かったりすると、多くの被告人は、冤罪を叫びながらも司法に絶望してたたかうのをあきらめる。その苦しみを誰にも理解されないまま社会の片隅でひっそりと過ごす。そのため再審で無罪になったりすることはない。

 つまり、最終的に救済されない冤罪・誤判の「暗数」が存在する。その数はもちろん誰にもわからないが、私はかなり多いのではないか、と思っている。日本では毎年約7万人が起訴され、数十名ぐらいの人々に無罪判決が言い渡されている。しかし、無実であるにもかかわらず有罪判決を言い渡されている人々の数は、それをかなり上回るのではなかろうか。

 日本の刑事裁判における有罪率がこれほど高い理由として、日本では検察官が「有罪が確実に見込まれる」事件にしぼって起訴することがあげられる。それでも、司法統計年表にもとづき戦後の日本の刑事裁判の有罪率の変化を見ると、1950年、51年ごろの有罪率は983パーセントであった。1955年から1975年になると、有罪率は994パーセントから996パーセントとなった。1980年から1991年になると、有罪率は998パーセントから999パーセントとなった。さらに1998年から2000年には、有罪率は9993パーセントないし9995パーセントとなった。2005年は9992パーセントだ。

 戦後、「有罪が確実に見込まれる」事件だけを起訴するという検察の起訴基準が変わったわけではない。この有罪率の変化は、冤罪・誤判の「暗数」がそれだけ増大していることを示唆していないだろうか。

 1985年、刑事法学の泰斗である平野龍一博士は、「現行刑事訴訟の診断」と題する論文で「わが国の刑事裁判は、かなり絶望的である」と述べた。日本では欧米と異なり、刑事裁判所は「有罪か無罪かを判断するところ」ではなく、「有罪であることを確認するところ」になっているという。その後二十年余、刑事裁判の日本的な特色は変わることなく、むしろその特色を色濃くして来た。裁判員制度の導入をはじめとする、2009年からここ3年ほどの変化で、日本の刑事裁判ははたして変わりつつあるのだろうか。

 

 再審無罪となった布川事件という、当初から冤罪が指摘されていた事件があった。

この事件は、1967年8月に茨城県北相馬郡利根町布川で、一人暮らしの男性(当時62歳)が殺害された事件です。67年10月、桜井昌司氏(当時20歳)と杉山卓男氏(同21歳)がそれぞれ別件で逮捕された。この事件では、物的証拠が一つもなかった。裁判では自白の任意性が最大の争点になった。

 日本の論点2012(文芸春秋)データファイル72

 で「いかに自白を強要されたか」を読んでみたい。

666p〜

2011年5月、強盗殺人罪で無期懲役が確定していた布川事件の再審公判で、無罪が言い渡された。戦後、死刑か無期懲役が確定し、再審公判で無罪判決となった七つ目の事例だ。

・・・・・

いかにして自白を強要されたか

 二人は、なぜ身に覚えのない容疑を自白したのか。桜井氏は、取り調べの様子をこう回想する。〈逮捕されたときの取調で述べたアリバイを「裏付け捜査で違う」と言われ、自分の勘違いだと思ってしまい、記憶が甦らなかった。そして「お前が犯人だ」「アリバイが言えないのは犯人の証拠だ」「お前と杉山を現場で見た人がいる」「お前の母ちゃんも、早く本当のことを言えと言っている」などと連日言われ続け、犯人にされてしまうと不安になっているときに、嘘発見器にかけられたのです。その時、係官が「良く話して判って貰いなさい」と言って帰ったので、無実を判って貰えたと安心したのですが、20〜30分後「検査の結果、みんな嘘と出た。もうダメだから話せ」と言われ、何を言っても犯人にされてしまうと自暴自棄になり、「嘘の自白」をしてしまったのです〉(上告趣意書)

 かたや杉山氏は、事件当日のアリバイを追及されると、「その日は桜井のお兄さんのアパートにいた」と答えた。〈取調官に「桜井がお前とやったと言っている」と言われた。そして、桜井さんの署名の入った調書を見せられた。また、「桜井の兄のアパートに泊まったというお前のアリバイは、桜井の兄貴が泊まっていないと言っている」と責められて、桜井兄弟に対する不信と怒り、憎しみが涌いて来た。そして、「俺はやってないんだから、後になればきっと判って貰える。やらないと言っているだけでは何時までも調べが終わらない」という気持ちから「嘘の自白」をしてしまった〉(上告趣意書)と述べている。

 二人は、警察署の留置所から拘置所に移された。検察官の取り調べに対し、二人は一転して強盗殺人の容疑を否認する。否認調書が作成され、処分保留で釈放された。だが、喜びも束の間だった。二人は留置所へ逆送され、またもや虚偽の自白をしてしまったのだ。

 桜井氏は、警察に出向いてきた検事から「あのような詳細な調書は犯人でなければとても作れない。裁判になっても君の言うことぐらいでは裁判官も信じない。このまま否認していたのでは救われないだろう」と自白を迫られた。連日の取り調べで精神的に追い詰められていた桜井氏は「検事の言うように救われないで死刑にでもされたら大変だから認めるしかない」という気持ちになってしまった。

杉山氏も、検事による連日の取り調べで疲労困懲していた。〈刑事の取調べより強引で、これが検事かと思うほど非人間的でした〉(上告趣意書)。何を言っても無駄だと諦め気分になり、「裁判になって桜井と対決すれば、俺がやってないことはどうせ分かることだ」と考えて再び虚偽の自白をしてしまった。

 二人は、公判で「自供は強要されたもので、犯行はしていない」と全面否認したが、70年10月、一審の水戸地裁で無期懲役の判決が下される。73年12月、東京高裁で控訴を棄却され、78年7月最高裁では上告を棄却されて無期懲役が確定したのである。

 

調書裁判(冤罪と裁判)200p

 日本の刑事裁判の特色として、「調書裁判」ということがよく言われる。捜査において、代用監獄で23日間、あるいはそれ以上被疑者の身柄を拘束し、連日長時間にわたる取調べを行う。そして事件によっては、自白調書が何十通も作成される。

 ここまで述べてきたように、それらはときに、虚偽自白であり、被疑者が「私がやりました」と言っても「どうやったのか」と説明を求められて、事件について知らないために答えられず、最初は短い供述調書しか作成できない。「詳しいことはよく思い出して後日申し上げます」などと記載される。

 そして、ひとこまひとこまについて問われ、それに対する答えが「正解」に達するまで許されない取調べが始まる。現場に残された痕跡などと大きくは矛盾せず、それなりに詳細な自白調書を完成させるために23日間が必要なのである。

 公判において被告人が否認しても、捜査段階において作成された自白調書の「任意性」「信用性」をめぐって公判が積み重ねられる。裁判の長期化か指摘されるが、その多くの原因はここにある。

 捜査段階の自白の「任意性」をめぐっては、被告人と取調べに当たった警察官、検察官の証人尋問が行われる。取調べ室は密室なので真相はわかりにくい。しかし多くの刑事裁判では、捜査官の証言の方が信頼され、自白調書は証拠として採用される。その後の公判における争点の中心は、捜査段階における自白調書の信用性であり、ここに大部分の時間がついやされる。

203p

・・・このように被告人が起訴内容を争っている事件でも、争点の中心は、捜査段階に作成された参考人の供述調書の信用性なのである。

 被告人が公判で起訴内容を認める多くの事件では、弁護人も、検察官が請求した供述調書に「同意」(証拠能力を認めること)するために、法廷で供述調書の厚みのある綴りが検察官から裁判官に渡される。法廷は、「心証形成の場」ではなく「供述調書の受け渡しの場」に過ぎないなどと言われる。裁判官室で、あるいは官舎で、後にその供述調書を読んで、心証を形成するというわけだ。

 こうして日本の刑事裁判の特色は、法廷での証言というよりは、捜査段階の供述調書が中心となって裁判が行われるという意味で「調書裁判」と言われているのである。

 

証人の証言の供述調書の作成過程においても問題がありそうだ。

235p

証人の記憶は「汚染」される

 私は、目撃者の証言の信用性が争われる事件や、痴漢冤罪裁判をいくつか担当したが、供述調書の作成過程において、証人の記憶自体、変化するものなのだな、と何度か感じた。供述調書の作成過程において、捜査官は、参考人から情報を得ようとするだけでなく、無意識のうちに情報を与えてもいる。

 そのようにして捜査官から与えられた情報であるのに、それがあたかも証人自身のオリジナルな記憶であるかのように記憶が変容し、自分でもそのことに気がついていないことが多い。

236p

法廷での証言は、何度も重ねられた取調べの結果である。捜査官から与えられた情報は、無意識のうちにも脳裏に刻まれ、法廷証言において再生される。その情報が、証人のオリジナルの記憶に起源をもつのか、それとも捜査官が与えた情報に起源をもつのか、見分けるのは至難のわざである。供述調書自体が採用されなくても、それとわからない形で、実際には調書裁判が行われている。

 私は、捜査官が何度も事情聴取をくり返すことによる記憶の汚染こそが問題であり、その汚染された記憶が語られるかぎり、「調書裁判」の克服などされないと思う。真相に迫るために大切なのは、初期の供述であり、その初期の参考人の取調べ過程を録音、録画して、できるだけオリジナルな記憶に迫ることである。そうすることが「調書裁判」の克服だと思うのである。

 

 映画 約束 を観る 3 に続く

 

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映画 約束 を観る 1
 

映画 約束 を観る 1

名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 62

 

 実際に起こった冤罪をテーマにした映画を観るのは2回目だった。初めて観たのは狭山事件の映画で、野間宏の本も読んだ。それは二十歳の頃で、大学で差別事件が起こって問題になり、その頃に地域の部落開放同盟主催で自主上映の映画会があったように記憶している。誘われて東京の集会に出かけた。5月22日が私の誕生日で夜行列車の中で眠り、今日から二十歳になったんだと目覚めた頃に、綺麗な富士の夜明けが目の前にあった。5.23の集会はとても大きな集会だった。雨が降っていて、とても寒い思いをしたことが思い出されます。

 その頃から名張毒ぶどう酒事件も冤罪らしいと聞いていたが、詳しいことを知らない私はどこか猟奇的な事件のような印象を持っていたように思う。

 名張毒ぶどう酒事件の全貌を知ったのは、この映画を観てからだった。この映画を観ようと思ったのは、ある日、たまたまテレビを見ていたら日本アカデミー賞をしていて、樹木希林が主演女優賞を受賞した挨拶の時だった。約束という映画が公開されるので観に来てくださいと言っていたので、調べてみれば名張毒ぶどう酒事件の話だった。大阪第七芸術劇場に行こうとも思ったが、神戸のアートビレッジにはまだ行った事がなかったので、チャップリンゆかりの町、新開地へ行くことにした。

 

 映画を観終わった後、正直に言ってとても複雑な気持ちになった。山間の葛尾という18戸の小さな村でこの事件があってから、警察は村人から何を聴取したのか・・・誰が犯人だと思うという質問に、村人は何と答えたのか。皆が顔を知る小さな村での殺人事件・・・映画を観て思ったのは逮捕された奥西勝に好意を寄せていた女性の、思いつめた上での無理心中ではなかったのか。誰かを、道連れにしたかった・・・。誰でも良かったのかもしれない。あからさまな殺人にいたる動機が誰にもない、ということで私の勝手な推理で申し訳ありません。境界性パーソナリティ障害の本を色々と読んでいる最中なもので、妄想が広がってしまいました。

 誰が犯人か?という問題も大きな問題だが、より大きな問題がある。司法が信じられないとすれば、私達は社会的契約の根本を失うことになるという大問題です。裁判官の社会的責任とは、そういうことではないでしょうか。

 それともう一つ、今のままの取調べの現状では誰でも冤罪に巻き込まれる可能性があるのではないか、ということです。

 そもそも、日本の司法そのものに大きな問題があるのではないか・・・。

 4月15日のMSN産経ニュースでは[水俣病認定訴訟]のことが報じられていた。

・・・・・

「何十年かかるんや」60代女性、母の意志継ぎ原告に

「水俣に帰りたい」。30年以上にわたって水俣病患者としての認定を求め続けた母は、遠く離れた故郷を思い、病床で繰り返した。

 大阪府豊中市の女性は、関西の病院や施設を転々とする生活を余儀なくされた末、今年3月、最高裁判決を目前にして死去。87歳だった。訴訟を継ぐ決心をした60代の長女の背中を押したのは「何十年かかるんや。いつになったら患者と認めてもらえるのか」とつぶやいた母の記憶だ。

 女性は熊本県水俣市に生まれ、不知火海でとれたボラやアジを食べて育った。健康な幼少期を過ごしたが、やがて手足にしびれを感じるようになる。関西へ転居した後も症状はひどくなり、昭和53年、患者としての認定を県に申請。しかし、医師らで作る認定審査会は患者と認めなかった。

 関西に住む人々が損害賠償を求めた水俣病関西訴訟に原告として参加。最高裁で有機水銀中毒と認められたが、それでも行政上の水俣病患者としては認定されず、再び訴訟を起こした。

 その間に女性の体調は悪化し、ほぼ寝たきりに。1審では勝訴したものの、2審で逆転敗訴した。「あかんかった」。長女が告げると病床の女性は「そんなことない。あんたうそついてるんや」と答えたという。

今年1月、女性は食べ物をのどに詰まらせて救急搬送される。最高裁で弁論が開かれることが決まった、わずか4日後だった。

 意識不明の状態が続いたが「心臓さえ動いていればいい結果を聞かせてあげられるかもしれない」と、長女は延命治療を選択。毎日、眠る母の頭をなで、話しかけたという。「もう少しだからね。頑張ってね」

しかし、願いはかなわなかった。親族から「入院生活のために生まれてきた」と言われるほど、40年以上も入退院ばかりを繰り返した母の人生は何だったのか。長女は「悔しかっただろうし、患者であるとはっきりさせてやらなきゃ浮かばれない」と話す。

 死んだ母の代わりに臨んだ最高裁弁論。法廷で誰かに頭をなでられているような気がした。自分が母にしていたように。かつて母が、法廷に行くことができず「歯がゆいなあ」と、よく話していたのを思い出した。もしかしたら一緒に来てくれたのかもしれない。

 生前、母と約束していたことがある。「いい結果が確定したら、水俣へ父の墓参りに行く」と。高台に建つ墓からは、きっと不知火海が見えるはずだ。(滝口亜希)

・・・・・

 患者さんの苦しみを思うと胸が痛む。

映画の公式ホームページのニュースにはこんなことも記述されていた。

広島の横川シネマで上映を主催する

「いのちと平和を死刑映画から考える会」とは・・・
2011年は19年ぶりに死刑が執行されませんでしたが、2012年は3月、8月、9月に合わせて8人の死刑が執行されました。そのうち、3月には広島で一人が執行されました。みなさんは広島に死刑の執行台があることはご存知ですか?
 谷垣法務大臣は、就任時の記者会見において、「国民のほとんどが死刑の執行を支持している」と発言をしています。今年2月末には、裁判員制度が導入されてから、広島県内で初めて死刑が求刑される裁判がありました。私たちも裁判員になるかもしれない今、私たちが死刑か否かを判断させられる今、もう一度、死刑とは何か、社会とは何か、命とは何かをご一緒に考えてみませんか。

・・・・・

 冤罪とは?死刑とは?司法とは?久しぶりに司法を考える一日となった。

私は幾つかの医療裁判を視て来た。中でも注目していたのは福島県立大野病院産科医逮捕事件と、’99年「脳に割り箸が刺さっていた」ことを見逃した医療過誤事件の裁判だった。大野病院事件も実質的な冤罪事件といわれていたが、問題が可視化されていたので、大きな議論が沸き起こり当然のように無罪になった。私の印象では、司法界はインテリジェンスには脆く、世論も随分に気にしている、ということだった。司法は医療過誤と医療崩壊の問題の間で大きく揺れた。医療紛争には第3者機関が設けられたが、中途半端なものだった。兵庫県は神戸大学医学部にあるが、参加した医師から聴いたところでは現場に大きな負担を押し付けるもので、しかも厚労省は言い訳程度の予算しか出していないようです。

話はそれたが、司法はその内部に抱える問題を、自らが解決できる能力は持ち合わせていない、硬直した存在であることは間違いがないようだ。

誘拐事件やストーカー事件の失敗で世論からの強い非難を受けた警察はあせっていたことが言われている。1963年の吉展ちゃん誘拐殺人事件の初動捜査で犯人を取り逃したことと当時の冤罪事件の強引な捜査、1999年桶川ストーカー事件の怠慢な捜査と医療事故への無責任な介入は多くの人の認めるところです。

警察、検察、司法は強張っていた。犯人逮捕至上主義となって、警察・検察の勇み足が目に付いたが裁判所はその性格上、警察・検察を擁護することとなってしまった。ヒューマンエラーはどの世界にもある。問題はその予防策と対応策が示されることだ。司法界が硬直しているといわれる所以は自らが「人は誰でも間違うことがある」という前提に立てないことだろう。飛行機も鉄道も事故はあってはならない、しかし自己過信こそが重大な問題・被害を及ぼすのです。

 

私はこの「約束」という映画が作られることになった、制作側の経緯に強い興味を持った。この映画が本物かどうかを判断する材料として、経緯が気になった。

映画パンフレットのプロダクションノートに以下のように記述されている。

16p

「約束」までの流れ

私たちは、テレビの世界で、1年に3本か4本、ドキュメンタリーを制作している。しかし、テレビ作品は、どんなに手塩にかけて作ろうとも、どんなに広がりを持った作品になろうとも、多くはローカル放送で終わってきた。しかし、2011年2月、そのドキュメンタリーをテレビの枠から映画館のスクリーンに出すことで表現の場を広げたいと活動を始めた。第1弾は、教育か、暴力か。戸塚ヨットスクールのその後を描いた『平成ジレンマ』(11)。第2弾は、日本の四大公害のその後を迫った『青空どろぼう』(11)。そして、鬼畜、悪魔の弁護人と激しいバッシングを受けてもなお、死刑事件の弁護を続ける安田好弘氏に迫った『死刑弁護人』(12)。更に、長良川河口堰という国策に踏み付けにされようと地域の将来を諦めない漁師たちの物語『長良川ド根性』(12)と続き、本作『約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯』が第5弾となった。第4弾までは、テレビ作品の制作途上で、全国に届けたいと企図して実現させてきたが、

本作は、最初から映画化を考えて制作したものである。

また、テレビ作品の流れとして、私たちは、司法に関連するドキュメンタリーを連作してきた。知られざる裁判所の内部に長期取材を試みた「裁判長のお弁当」(07)、そして、弁護士の職業倫理を考える「光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜」(08)、前作で犯罪被害者の気持ちなど分からないだろうという激しい批判に応えようと企図した「罪と罰〜娘を殺された母 弟を失った兄息子を奪われた父〜」(09)、検察庁への密着ドキュメント「検事のふろしき」(09)。そして、『死刑弁護人』である。

これらのテレビ作品の源流が、「名張毒ぶどう酒事件」である。名張の事件を追う中で、強い疑問を感じた事柄に取材を試み波状的な作品となっていったのである。「名張毒ぶどう酒事件」は、司法シリーズの母である。その関連作は、一世代前のスタッフが構築した「証言」(87)、斉藤ディレクターが手掛けた「重い扉〜名張毒ぶどう酒事件の半世紀〜」(06)、自白と冤罪の親和性を追求する「黒と白〜白白・名張毒ぶどう酒事件の闇〜」(08)、弁護団長を追いながら事件の真相を解き明かす「毒とひまわり〜名張毒ぶどう酒事件の半世紀〜」(10)である。その間、自白について、捜査当局の強要と裁判所の妄信に疑義が生じる冤罪事件が頻発し、名張毒ぶどう酒事件も弁護団の新証拠の提出によって、再審決定、棄却、差し戻し、そして棄却と流転が続いている。しかし、時は一時も流れを止めない。獄中で奥西死刑囚は、昨年1月、86才となった。何が何でも彼を塀の外に出さない黒い意図が横たわる。司法の不当性を批判する声を最小限に留める手段が、獄中死であるとでも思っているかのようである。

 

 昨日や今日に作ろうと思った作品ではなく、司法の問題を追い続けてきたスタッフで作られた作品だった。道理で骨のある作品になっている訳だ。

 公開初日の渋谷のユーロスペースでの舞台挨拶のことが救援新聞の記事になっている。

 無実を信じ出演

 ステージに立った仲代さんと樹木さんに、満席の会場から大きな拍手が送られました。司会者から、出演を決めた理由を聞かれた仲代さんは、「色々な資料を読み、冤罪だと信じて出演した」と話し、「再審が決まらなければ、司法は殺人者になる」と語気を強めました。

 樹木さんは、「私も仲代さんも、『これで仕事はなくなるな』と、覚悟を決めて出演しました」と明かしたうえで、「映画を観て、『こんな思いをして、村から排除され、司法から横を向かれる人生を送ってる人がいるんだなあ』と感じてもらうことで役に立てればいい」と話しました。

 

映画監督・作家 森達也はこんなコメントを残している。

「日本の刑事司法がこれほどに歪みきった要因のひとつはメディアにある。ならばメディアには期待できない。僕も含めてそう考えてしまう人たちは、絶対にこの作品を観るべきだ。メディアはここまでできる。これほどに強い力を持つ。一貫して司法の歪みを問い続ける阿武野プロデューサーと齊藤監督は、また新しい地平を拓いた。見事だ。正直に書けば嫉妬するけれど、でも認めないわけにはゆかない。彼らは仕事を終えた。次は観た側が動かなければ。」

パンフレットでは

「だから『約束』がある。

 危機迫る作品だ。わかりやすさに埋没しない。でも独りよがりには決してならない。抑えながらも主張は明確だ。・・・これ以上の解説は無用だろう。あとは作品を観てほしい。

 でも最後にひとつだけ。

 既に半世紀近く、奥西勝は闘い続けている。その相手はこの国の刑事司法であり、この国の硬直した制度である。ならば彼が闘い続けている相手は、この国の制度を支え税金を納め続ける僕やあなたでもある。

 僕たちは決して傍観者にはなれない。奥西を加害し続けている集団の一人だ。そしてこの国には多くの奥西がいる。慟哭している。苦悶の叫びをあげている。よく聴こう。そして考えよう。何ができるのか。何をするべきなのか。」

 

 私は今までに姫路では2回自主上映をしてきたことがある。今は病気で弱っているが、元気ならば一連の作品をシリーズで自主上映しているだろう。

 映画 約束 を観る 2 に続く

 

 

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中国という視座 1
 

日中国交正常化40周年[特別展]中国王朝の至宝 を観る

隣の国では今何が起こっているのか?

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 61

拝金社会主義中国 遠藤誉著 ちくま新書20102月第1刷 を読む

 

 神戸市立博物館へ[特別展]中国王朝の至宝の最終日に行ってきた。正直これだけの至宝を観ることができるとは思わなかった。古代美術史に興味を持って、東洋という視座、「東洋の理想」再考、などの論文を書いていた頃が懐かしい。とても素晴らしいので、見逃した方はこれから名古屋や福岡でも開催されるので旅行がてらに是非に観覧されたい。

 展覧会のホームページでの開催趣旨

 中国各王朝の貴重な文物を紹介する特別展「中国 王朝の至宝」を開催します。中国で最古の王朝といわれる夏の時代からおよそ4000年の間、中国各地にはいくつもの王朝が誕生し、特色ある豊かな文化が育まれてきました。それらは相互に影響を与えつつ多様な展開をとげ、世界に冠たる中国文化を形成していきました。そして、日本をはじめ、近隣地域にも多大な影響を及ぼしていったのです。
 この展覧会では、夏から宋の時代にわたる中国歴代の王朝の都・中心地域に焦点をあて、それぞれの地域の特質が凝縮された代表的な文物を対比しながら、展示するという新たな手法によって、多元的でダイナミックに展開してきた中国文化の核心に迫ります。また、2008年に発見された「阿育王塔」など日本初公開となる最新の発掘成果を含め、国宝級の「一級文物」約60%というスケールで貴重な文物約170件をご紹介します。

 

 第1章という展示(王朝の曙)で金製仮面[一級文物]殷〜西周時代・前12〜前10世紀を観たときに、我が郷土の誇り岡田武彦先生のことを思い出した。武彦といえば13日に日航ホテルで天文学の黒田武彦さんを囲む会があった。話がそれてしまった。

 

 岡田武彦先生の経歴(岡田武彦全集から)

岡田武彦 : 明治41年11月兵庫県姫路市に生まれる。昭和9年旧制姫路高等学校を経て九州帝国大学法文学部支那哲学科卒業。昭和33年九州大学教授。昭和41年米国コロンビア大学客員教授。昭和47年九州大学退官・中華学術院栄誉哲士。九州大学名誉教授・文学博士。(1908 1122 - 2004 1017日)

 

 岡田先生といえば黒田如水(西日本人物誌7)等の著作で、姫路でも名を知っておられる方もいるのでは。私は「簡素の精神」という本を皆さんには薦めたい。日本文化を知る上で「簡素」という世界観を知らずしては語れない。幅広い知識と洞察の深さに敬服。味わい深く日本とは何かを語ってくれる名著です。私の陽明学の師でもあります。

 何故に岡田武彦先生のことを思い出したのか?それは〈哲学を冒険する〉「東洋のアイデンティティ」古代中国の思想家に学ぶ、批評社19944月第1刷、の冒頭が教訓的に思い出されたからです。

 中国4000年の歴史がありながら、何故に今のような残念な国民性になってしまったのか・・・、という思いが私にはずっとあります。

30p〜

・・・武王は紂王討伐に当たって次のようにいっている。

―――――

天地は万物を生育する父母、人間は万物の霊長である。その中の聡明なものが元首になり、元首は人民を生育する父母となるのである。だのに商(殷)王受(紂)は上天を敬わず、下民に災いを下した。(中略) 皇いなる天は激しく怒って文徳のあるわが父(文王)はつつしんで天罰を行うよう命じられたが、その大業を成し遂げることができなかった。(中略) 商の罪はすでにみちあふれている。天はこれを誅伐せよと命じておられる。予が天命にしたがわなかったならば、その不義不正を正さなかった罪は受と同じになるであろう。予は朝は早く起き、夜はおそく寝て、つつしんで文徳のあるわが亡き父から誅伐の命を受け、上帝を祭り、国土の神を祭り、お前たちを率いて天罰を受に加えようとするのである。(『書経』泰誓)

―――

・・・殷が周に亡ぼされたときには、明らかにこのような革命があったということが『書経』や『詩経』などに記されている。要するに革命は天命によるものであり、天命はただ有徳者だけに下るものであるというのが、古代人の政治思想・革命思想であった。しかし中国においてはその後これが理想通りには行われなかった。

 上帝・天は、人格的なものであるといっても人間のように視・聴・言・動するものでなく無形のものである。では王たるものは何によってその意を知ることができるのか。またわが行為がその意にかなっているかどうかは何によって知ることができるのか。それは民心の向背によって分かると考えられた。だから、

―――

人民の善悪に対する視聴は、天の視聴に外ならず、人民の賞罰に対する威光は、天の威光に外ならない。(『書経』皋陶謨)

―――

といい、

―――

善悪に対しては、天はわが人民の視るところに従い、天はわが人民の聴くところに従う。(同、泰誓)

―――

といったのである。

32p〜

道徳と天命

 政治が天の命によって行われるべきものと考えられたと同様に、道徳も天の命ずるものと考えられたのは当然であろう。故に『詩経』大雅烝民篇にも、

―――

天はこの世にもろもろの民を下したが、人々の行いは法則にしたがうようにさせた。

―――

といったのである。この法則の詳しい内容は示されていないが、部族制度をとっていた古代中国民族の道徳は、『書経』堯典にある、堯の徳をたたえた「すぐれた徳を発揮して同族まで親愛した」という言葉からして容易に推察することができる。具体的にいえば、『書経』の舜典・皋陶謨・泰誓に記されている五典・五教・五常のようなものであったに相違あるまい。これら五つの徳目については『書経』では具体的に記されていないが、恐らく、父の義、母の慈、兄の友、弟の恭、子の孝といったものであったであろう。もちろんこれは基本的なものであるが、『書経』ではそれに付随して九徳のことが皋陶謨に説かれている。

 九徳とは、

 寛容であるが、厳しさがある。

柔和であるが、しまりがある。

 誠実であるが、謙虚さがある。

 敏腕であるが、つつましやかである。

 温順であるが、決断力がある。

 正直であるが、やさしい。

 おおまかであるが、かどめがある。

 剛毅であるが、まじめさがある。

 決断は早いが、道理にしたがう。

というように、偏りのない「中」の徳であるということができる。そしてこの中の徳によって物事をうまくおさめることができると考えられた。だから堯が舜に与えた訓辞にも、「中でもって政をなせ」(『論語』堯曰)といい、政治に「中」がいかに大事であるかを説いたのである。この「中」も後になると深遠広大な調和の原理と考えられるようになった。これは中国思想の根幹をなすものである。

・・・・・

 

民心の向背が国の運命を決める。天の命ずる道徳で政治を行え。人民をよく視、声を聴け、そして偏りのない「中」の徳を行いの法則として聡明な政治を心得て、人民を育成せよ。不義不正を行っては国が滅ぶ、ということでしょう。

現在の中国においても日本においても教訓的な、文明の興亡であることだろうか。

私が20年ほど前に西寧へ飛行機で行くのに、上海で宿泊した頃には、既に人心の荒廃は目に余るものがあった。国交正常化の間もない頃は北京もまだ荒涼とした大地という印象だったものが、10年少しで別の国になっていた。上海の繁華街は詐欺やポン引きの横行する街となっていて、彼等の「カラオケ喫茶店一万円高い?安い?」というねっとりとした日本語がとてつもなく陰湿に聞こえた。その頃は上海と北京では売春の刑罰が違っていた。上海は5年、北京は終身刑だった。経済特区というのはこういうことだった。

 

 石平の「中国人の正体」を読むと悲しくなるほど残念なことが書き連ねられている。中華思想というものは、本来は誇り高き思想だった。

「拝金社会主義中国」遠藤誉著を読むと、中国人民の心変わりが見得た。この書は現象学的社会学の方法で現代中国を文化人類学的に考察した学術的な書となっていて、タイトルから受ける印象とは違う骨のある論述となっている。が、難しくは書かれていない。なるほど・・・著者は中国社会科学院社会学研究所の客員研究員で、李鉄映の元で「当代中国社会構造変遷研究」プロジェクトに参加している本物の学者だったのです。

20p〜

毛沢東時代の中国は、少しでも個人的に金儲けをしようとしたり、資本主義的経済観をほのめかしただけでも、50年代初期のころは逮捕されたり極端な場合には死刑に処せられたりし、また文革時代には「走資派」(ゾウズーパイ)(資本主義の道を歩む実権派)として吊し上げられ、思想改造のために投獄されて不遇の死を遂げた者も少なくない。

 それが改革開放の号令を掛けた小平によってピリオドが打たれる。

 「先富論」(先に富むことができる者と地域は先に富め!)により、「金儲け」が解禁されたのである。

9p〜

・・・先富論とは・・・すなわち「個人が金儲けをしても構わないから、金儲けに励め」という意味で、78年12月に改革開放が始まるまで、「金儲けをすることは罪悪である」として社会主義的平等論によって金儲けが封印されていた中国の民を興奮させた。それまでは罪人として扱われ、社会から葬られてきた「個人による金儲け」。それが解禁されたのだ。

・・・建国以来抑制されてきた人間の本能に火が着く。

「向前看」(シャンチェンカン・前に向かって進め)と高らかに鼓舞されてきた革命精神に代わって、人々は「先に富むことができる者から富め」というスローガンを、同じ発音の「向銭看」(シャンチェンカン・銭に向かって進め)という、自嘲的言葉でもじって、全ての欲望を解き放ち、ただひたすら銭に向かって突進し始める。

 89年6月4目の天安門事件に続く、ソ連崩壊を中心として東ヨーロッパに走った社会主義国家崩壊の激震は、中国に「このままでは社会主義はこの世から消え去るかもしれない」という危機感を与えた。そのため、92年の小平の南巡講話により、まだ戸惑いがちだった中国は、経済的に生き残っていくため、市場経済の道を一気に加速化させて駆け上がっていく。

・・・しかし、その中国も、いいことばかりが起きたわけではない。

 激しい市場競争原理はたちどころに貧富の格差を生み、また手っ取り早く勝ち組となるために、権力と金の激しい癒着が始まったのだ。権力の濫用、汚職や賄賂、それらが日常茶飯事化して全国にあまねく蔓延し、腐敗政治を招くに至る。その風潮は、社会におけるモラルや精神文化にもたちまち浸透していき、まるで封建社会に戻ったような印象さえ受ける。

 その背後には、ソ連崩壊に危機感を抱いた中国共産党が党権力の強化を市場経済の中に持ち込んだ、という特殊事情もある。その結果、社会主義国中国は、官僚資本主義のような特権階級を生み、党幹部がその利益集団の中心に座るようになってしまったのだ。

13p

 13億の民が選んだのは「誰が勝ち組になるかという熾烈な競争を生き抜くためには手段など選んでいられない」という、エゴむき出しの欲望だった。それを増幅させたのは、前述した「党権力の強化」である。

 一部分の人が先に富んだ結果、その先富集団は党幹部や官僚を中心とした利益集団となって庶民大衆と対立し、利益を争奪するだけでなく利益を世襲して、特権を次世代へとつなげていく。改革開放により芽生えた「低収入層が中産階級へ、中産階級が富裕層へ」と昇っていくチャンスに陰りが見え始め、「富二代」と「貧二代」が生まれ、二極化と階級対立という、新中国誕生前の情景が富んだ中国で見られるようにたった。

 

 中国の歪みはあまりにも大きくなりすぎた。その病理は深い。しかしNEFによる幸福指数ランキングは中国が31位で日本は95位。日本が先進国の憂鬱と言えないのは世界幸福地図でも中国のほうが上位にある。著者の中学3年生の意識調査でも、自分の国に将来の希望が持てないという子どもは日本が5%で中国は0%。日本の歪みや病理も深い。中国を笑っている場合ではない。

 

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 日本の政治を考える | 09:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
汚れなき祈り 生きづらさを考える
 

映画 汚れなき祈り を観る

パーソナリティ障害を考える

日本をどうする?国民が学ばなければ、政治は動かない。 60

パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか を読む

岡田尊司著 PHP新書 200472日 第1刷第1

 

 神戸シネリーブルで「汚れなき祈り」という映画を観た。第65回カンヌ国際映画祭で女優賞&脚本賞をW受賞していることと、クリスティアン・ムンジウ監督が以前にパルムドールを受賞していたので、この映画を観ることにした。

 観客は15人ほど、上映途中で3人ほどが帰った。私は上映中に10分ほど寝てしまった。退屈だとは思わなかったが、不思議などんよりとした曇り空のような映画だった。普段にはサービス精神旺盛な映画を観ているだけに、ドキュメンタリーとも夢物語とも判然としない雰囲気は異空間だった。それは、鬱の森を漂っている、灰色の天使たちのひそひそ話しでつづられた、影絵で語られる悲劇・・・。

 しかし、この酸素不足の洞窟にいるような息苦しさは、私達の現在とも共通しているような息苦しさだった。この、どうしようもない迷路で蹲っているような生きづらさは、現代の病理とあまりにも共通するものがある。ルーマニアの田舎の教会で起こった事件は私達の社会の縮図である、と思える。

 

 汚れなき祈りの公式ホームページを見てみると・・・

 

ルーマニア映画初の女優賞を獲得したのは、ムンジウによって見出され、本作で映画初出演となる新人女優の二人。修道院を舞台に友情を超えた深い絆で結ばれている二人という難しい役どころを、迫真の演技で見せる。また本作は、2013年アカデミー賞外国語映画賞ルーマニア代表作品に選出された。

 

信仰と愛のはざまで引き裂かれる幼なじみ二人。

慈悲ある修道院で、いったい何が起きたのか――。

ルーマニアの修道院で起きた実話を基に、

徹底したリアリズムで描いた衝撃作。

 

本作は、2005年にルーマニアの修道院で実際に起きた悪魔憑き事件を基に、互いに深い絆で結ばれていたはずの幼なじみ二人が、信仰と愛のはざまで揺れ動き葛藤する様を描いたヒューマンドラマ。題材をただセンセーショナルに扱うことなく、事の真相や渦中にいた人々の姿を、緻密な脚本と徹底したリアリズムで描き出す。
映画は、特殊な社会で起こった事件を描いているが、現代の孤立・閉塞感がすすむ世界中のあらゆる社会で起こりうる悲劇といえるかもしれない。パルムドール受賞監督の新たなる意欲作は、共同プロデュースにダルデンヌ兄弟を迎え、圧倒的な表現力で、あなたの心を強烈に揺さぶることだろう。

 

STORY―――――――

幼少時代を同じ孤児院で過ごした二人の若き娘、アリーナとヴォイキツァ。ドイツで暮らしていたアリーナは、修道院にいるヴォイキツァを訪ねて、一時的にルーマニアに戻ってくる。ヴォイキツァが入っている修道院は、町から少し離れた丘の上にある。季節は冬。まだ雪は降っていない。修道院では復活祭の準備が進められていた

アリーナの願いは、世界でただひとり愛するヴォイキツァと一緒に居ること。しかし、ヴォイキツァは、神の愛に目覚めて、修道院での暮らしに満ち足りていた。彼女を取り戻そうとするアリーナは、次第に精神を患っていく。アリーナは、突如、発作を起こし、病院へ運ばれるが、原因は分からない。修道院では、アリーナの病が悪魔の仕業であるとみなし、彼女を救うために、ある決断するのだが

・・・・・

 

この映画では複数のパーソナリティの偏向や障害が登場する。それらのパーソナリティの偏向と障害が複雑に絡んで、解けぬ結び目になっていくのです。このパーソナリティ障害こそがこの映画の主役だったのです。そのパーソナリティ障害とは何なのでしょう。

映画の話とはここで一旦、別れます。

パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか

岡田尊司著 PHP新書 200472日 第1刷第1

30p

行きすぎた考え方や行動の偏り

 パーソナリティ障害は、一言でいえば、偏った考え方や行動パターンのため、家庭生活や社会生活に支障をきたした状態といえる。

「パーソナリティ障害」の前身である「精神病質」という概念を完成させた、ドイツの精神病理学者ケルト・シュナイダーは、「性格の偏りのために、自分で苦しんだり、周囲を苦しめるもの」という定義を行なった。現在の「パーソナリティ障害」の概念も、基本的にはそれを継承しているといえる。米国精神医学会の最新の診断基準であるDSM‐犬任蓮◆崔しく偏った、内的体験および行動の持続的様式」とされる(「パーソナリティ障害の全般的診断基準」参照)。

 物事の受け止め方や行動の仕方には、当然個人差があって、ある程度までは「個性」や「性格」として尊重されるべきものである。プライドの高い人。世間体を気にする人。すぐに人を信じてしまう人。融通の利かない人。一人のほうが気楽な人。そうした傾向は、人それぞれであり、いいとか悪いとかということではない。

 ただ、こうした傾向も度が過ぎると、ちょっと困る場合が出てくる。

33p

・・・パーソナリティ障害とは、バランスの問題であり、ある傾向が極端になることに問題があるということである。パーソナリティ障害かどうかのポイントは、本人あるいは周囲が、そうした偏った考え方や行動でかなり困っているかどうかということである。ただし、本人は案外困っていないことも少なくないので、いっそう周囲は困ることになる。

34p

・・・パーソナリティ障害の人の特徴は、「自分に強いこだわりを特っている」ということである,口に出していうかいわないかは別にして、パーソナリティ障害の人は、自分に囚われている,それが、すばらしい理想的な自分であれ、みすぼらしく劣等感にまみれた自分であれ、自分という強迫観念から逃れられないのだ。自分についてばかり語りたがる人も、自分のことを決して他人に打ち明けない人も、どちらも、自分へのこだわりという点では同じである。

 もう一つの共通する特徴は、「とても傷つきやすい」ということである。健康なパーソナリティの人には、何でもない一言や些細な素振りさえ、パーソナリティ障害の人を深く傷つける。軽い冗談のつもりの一言を、ひどい侮辱と受け取ってしまったり、無意味な咳払いや、雨戸を閉める音にさえ、悪意を感じて傷つくこともある。

 この二つの特徴は、現実の対人関係の中で、もう一つの重要な共通点となって現れる。つまり、「対等で信頼し合った人間関係を築くことの障害」である。それは、さらに、愛すること、信じることの障害にもつながる。どのタイプのパーソナリティ障害でも、愛し下手という問題を抱えている。尽くす愛、溺れる愛、貪る愛、押しつける愛、試す愛、愛せない愛……そのタイプはさまざまだが、愛の歪みやバランスの悪さが、当人を、あるいはパートナーや家族を、安定した幸せから遠ざけるという点では、同じである。

35p

・・・自分へのこだわりと傷つきやすさ、そして信頼したり、愛することの障害は、パーソナリティ障害が自己愛の障害であることに由来している。

 自己愛とは何だろう。簡単にいってしまえば、自分を大切にできる能力である。それは、人間が生きていく上で、もっとも基本的な能力である。この能力が、きちんと育っているから、人は少々厭なことがあっても、すぐに命を絶ったり、絶望しないで生き続けることができるのだ。

37p

・・・パーソナリティ障害の人は、・・・傷つきやすい自己愛に由来する生きづらさの中で暮らしている。それは、本人が自覚する、しないにかかわらず、本人や周囲の生活、人生に困難をもたらす。だが、どんな状況でも、人は生きねばならない。人は本来、どういう環境にあろうと、死ぬ瞬間まで生き抜くように作られているのである。生きようとする命の力と、抱えている生きづらさは、せめぎ合いながら、その人特有の適応パターンを織り成していく。つまり、パーソナリティ障害とは、生きづらさを補うための適応戦略だともいえる。

離陸した早々に、片羽根が傷ついたからといって、人間は飛ぶのをやめる訳にはいかない。傷ついた片羽根を抱えながら、飛び続けるための必死の努力と対処の結果生み出されたものが、少し変わった飛び方であり、パーソナリティ障害の人の認知と行動のスタイルなのだ。何不自由なく飛んでいる者から見れば、それは、少し奇異で、大げさで、危なっかしく、不安定に思えるだろう。ひどく傍迷惑なものとして受け止められる場合もある。だが、少々変わった、度の過ぎた振舞いには、その人が抱えている生きづらさが反映されているのであり、傷ついた片羽根で、必死に飛び続けてきた結果なのである、

38p

パーソナリティ障害の人は、たいていどこか子供っぽい印象を与えることが多い。それは、彼らが子供時代の課題を乗り越えておらず、大人になっても、子供のような行動をとってしまうためである。人はそれぞれの段階の欲求を十分に満たし、成し遂げるべき課題を達成して、はじめて次の段階に進めるのである。パーソナリティ障害の人は、その意味で、いまだに子供時代を終えていないともいえるだろう。

49p

・・・比較的重いパーソナリティ障害では、まさに、「全体対象関係」の発達が不十分で、容易に「部分対象関係」に後退しやすいという特徴を特っている。「部分対象関係」では、自分の思い通りになれば「良い」人であり、「味方」であるが、思い通りにならなければ「悪い」人や「敵」に容易に変わってしまう。「すべて良い」か「すべて悪い」、「全か無か」(オール・オア・ナン)の二分法的で両極端な思考や感情の動きを示すのである。

・・・・・

 本書では第2部でパーソナリティ障害のタイプと対処が紹介されている。

     愛を貪る人々 境界性パーソナリティ障害

     賞賛だけがほしい人々 自己愛性パーソナリティ障害

     主人公を演じる人々 演技性パーソナリティ障害

     悪を生きがいにする人々 反社会性パーソナリティ障害

     信じられない人々 妄想性パーソナリティ障害

     頭の中で生きている人々 失調型パーソナリティ障害

     親密な関係を求めない人々 シゾイドパーソナリティ障害

     傷つきを恐れる人々 回避性パーソナリティ障害

     一人では生きていけない人々 依存性パーソナリティ障害

     義務感の強すぎる人々 強迫性パーソナリティ障害

 

映画「汚れなき祈り」ではアリーナの境界性、ヴォイキツァの依存性、神父の強迫性と失調型、修道女長の回避性と様々なパーソナリティ偏向が渦巻く中で、アリーナが障害に陥っていく。神父の妄想型と強迫性が悪魔祓いという凄惨な拷問を導くことになる。

 

現代社会の様々な歪んだ愛の形は決して次世代に良い影響は残さない。こういったパーソナリティ障害をどう克服していくのかということが、現代社会の幸福度指数を社会政策に取り入れるキーポイントの一つとなる。それには様々な研究者からの取り組みの提案も行われている。自分でも克服できる方法がある。

285p

 重いパーソナリティ障害を抱えていた人も、問題や困難にぶち当たりながらも必死に生き抜いてきた人はで二十代半ばくらいから落ち着いてくることが多い。そうすると、とてもいい持ち味を発揮するようになる。

 年齢とともに、多くのパーソナリティ障害は改善していく。性格が丸くなったという言い方があるが、年を重ねることは、極端な偏りを修止してくれ、適応力を高める、ただし、逆の場合もある。若い頃はそうでもなかったのに、年とともに、性格がいやらしく、捻じ曲がってくることもあるし、傲慢になったり、横暴になったりすることもある。結局、その人の生きてきた人生が、表れるのである,

 

 本書にはパーソナリティ自己診断シートもついている。私はこういった生きづらさを感じている人々には、「あなたの苦しみは個人の問題だけではなく、社会的なものも多くある」ということを正しく伝え、よき相談者を育てることも社会政策の重要な課題だと考えています。

 

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 日本の政治を考える | 15:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |