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原発と復興を考える 4 社会的想像力
JUGEMテーマ:大地震
 

4 原子力問題と復興への提言

 被災による貧困と子どもの問題「社会的想像力」と「偏見」について

 

 ある若い母親から、子どもの虐待について相談を受けたことがある。今から思えば、彼女の夫の失業と2番目の子育てに夫の協力がなかったことが、心の混乱となったようだった。「だめだ、こんなことをしてはいけない、と思いながらつい手が出てしまう。」あまり酷い状況ではなかったので小児科の心の相談医を紹介した。夫は失業してから就活がうまくいかずに、思いやりという、心の統制が取れなかったのだろう。

 児童精神科の医師は、子どもの治療は家族の治療も同時に必要だといっている。育てる親たちも育てられる子どもたちも互いに苦しんでいる。

 

 「家族の中の迷子たち」作画/鈴木雅子 原作/椎名篤子

集英社 2001年8月15日発行

212p〜

・病気の種は授乳のときから蒔かれていたといっていい

・その発芽をもし小さい頃に専門医が気づいていたら

あれ程までに彼女を舌しめる前に救えたのではないか

・その役目を果たせるのが児童精神科医だった

・しかし日本では子どもの心への取り組みは遅れている

・子どもは鈍感な生き物であり親の付属物であり

心が傷ついたりはしないという思い込みが長くあつた

・子どもへの精神的な治療が行われるようになったのは

現在は60歳代になる先輩医師たちが海外に留学し

児童精神科医療を日本に持ち帰ってからである

・第1世代(60歳代)第2世代(40〜50歳代)第三世代(30歳代以下)

・児童精神科医は医師の数が少なく大学病院や公立病院に

それぞれわずかに存在するだけだ

・ひとつには子どもとその家族への治療には労力と時間がかかるわりには

保険報酬が少なく

児童精神科だけでは採算が取れないことに理由がある

・児童精神科医が育つシステムの改革が必要であり

また地域の様々な病院に児童精神科医がいて苦しむ人の身近で

いつでも親子の問題が相談できる世の中にならなければならない

 

 子どもや親の心の相談医の充実も急がれる、ことが分かる。

 また、子どもの社会の中で位置づけることも必要。

 

「生き方の不平等」白波瀬佐和子著

岩波新書 2010年5月20日発行

58p〜

・・・わが子であろうが、他人の子であろうが、子どもの生活をわれわれ大人が保障していかなければならないのです。

 そこでは特定の親子関係を超えて、子どもという存在を社会で共有することが必要になりますが、そこでの中核的な視点が子どもの権利だと思います。それは、子どもの存在を社会の中で位置づけるという社会的想像力によって培われるものです。子ども自身としての存在価値を認めなければならないという要請でもあります。

 その中で教育は重要な位置を占めます。教育を提供することが即、子どもたちの貧困を解決するというわけではありません。繰り返しになりますが、子どもの貧困は子どもと同居する親の経済力によって規定されているので、子どもの貧困への解決は親の経済力への支援を抜きに考えられません。しかし、子どもの福利厚生度がつねに親を介した間接的なものである限り、子どもは親との呪縛からはなれることはできません。親にとってはわが子でありますが、子どもはそれ自身として「ひと」であるわけです。ですから、人としての権利のーつとして学ぶ権利が保障され、自らの希望に沿ってチャレンジする機会が保障されなくてはなりません。それは、特定の親子を超えた子どもの権利の一つです。

 

 子どもを社会で共有する。ことが当然であることを考えていく必要があります。

 子どもがいる家庭もいない家庭も、被災地の子どもも、社会全体で育てていかなければならない社会的想像力を培うことが、私たちに求められています。

60p

 自然資源に欠ける日本において、人は唯一の貴重な資源です。そこにお金をかけないでどこにお金をかけるのでしょうか、この世に生を受けて、不どもたちが自分なりに大きくなっていく。それを親だけでなくわれわれ大人が一緒に見守り育てていく。そこにこそ、超少子高齢社会の未来があるのです。

 

 子ども手当は、再分配政策効果は期待できません。

63p

 ・・・子どもの貧困という再分配政策で展開すべきことと、子どもの福祉という普遍的福祉政策を展開すべきこと、この間のメリハリが不足しているように思います。その意味で、格差を縮小するための再分配政策と、福祉政策を行使するための財源獲得、これらについても区別して考えなければなりません。

62p〜の提案では

子育ての経済的負視感の主な理由は子どもの教育にある。

公教育という現物給付のための重点的予算配分が望まれます。

公教育そのもののあり方についても見直す必要があります。

徹底した基礎学力を習熟させた上に選択的な教育制度の導入。

職業教育を考慮した複線的な教育体制も検討。

 

更に、忘れてはならないもうひとつの視点。

63p

・・・外国人問題です。グローバル化時代を迎え、日本でも外国人の貧困が深刻であり、特にその子どもたちが抱える問題は、単なる経済問題を超えた、ことば、文化、さらには社会の諸制度の壁がからんでいます。まさに、隣近所の子どもだけでなく、グローバルな視点での子どもたちを視野にいれるべきときにきているのです。

 

 私は今、留学生が病気になったときの問題にも取り組んでいますが、行政は冷ややかです。グローバル化時代に留学生は日本を宣伝していただく最大の効果があることを、想像できない行政に、あきれ返っています。

 また、貧困への偏見の問題も根強いものを感じています。

 被災の問題を通じて、皆が考える機会になる必要を感じます。

「子どもの貧困」阿部彩著

 岩波新書 2008年11月20日発行

33p

ここで強調しておきたい。「遺伝説」を始め、「文化論」も「モデル論」も、「貧困者は能力がない」「貧困者は勤勉な文化をもたない」「貧困者は努力が足りない」など、一つ間違えば貧困者に対する偏見につながりかねない危険性をもつ。このような偏見は、かつてアメリカなどにおいても「アンダークラス(underclass 下位階級)論」として、大手を振るっていた。つまり、貧困の継承は、親から受けつがれる資質によるものであるという考えである。しかし、現在の欧米の貧困研究では、そのような文脈で語られることはまずない。貧困の人々が、将来に対して悲観的になったり、「がんばってもしかたがない」という考えをもっているのだとすれば、それは、彼らをそのような考えに向かわせた社会のしくみの問題であるという認識がひろまったからである。

 本書によると・・・

「遺伝説」

生物学的に親から引き継がれる能力によって決定されるという「遺伝説」。

成績が良い子は、親も頭がよく、「能力」が受け継がれることにより、世代間の職業・所得階層や貧困が受け継がれるというものである。さすがに貧困研究者の間ではこのような説を唱える人はほとんどいなくなったが、一般的には、まだまだ根強い俗説。

「文化論」

「文化的再生産論」では、人は育った家庭で「文化資本」を獲得し、その不平等がのちのちの地位達成などの成長に不平等をもたらすというものである。ここでいう「文化資本」とは、学力など目にみえるものだけではなく、身についたものごし、知的な話し方など、目にみえないものも含まれる。また、反学校文化などといった類の「文化」の継承も視点に入る。近年においては、「子ども時代に生活保護など政府からの援助を受けている世帯に育つとその「くせ」がつく」などと主張する研究者もいる(「福祉依存文化論」)。

「モデル論」

「良い親論(Good-Parent Theory)」といわれるものである。「良い親論」の中には、主に「モデル論」と「ストレス論」がある。「モデル論」は、親は子のモデルとなるため、親自身の出世や学歴達成に対する価値観が子どもに引き継がれるというものである。

 マイナスの「モデル」もある。地域や環境の居住地域の格差やロールモデルの欠如といった影響などを指摘する論もある。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 大災害 | 10:53 | comments(0) | - | - | - |
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