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迷走日記 5月24日 走禅一如 4−3
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迷走日記 5月24日 走禅一如の可能性について その4

老荘の思想から考える 

 

 5月に入って大きく変ったことがあります。トレーニングの効果が出て速くなった、というわけではありません。逆に遅くなっています。3月16日のトレーニングでは40キロ程を3時間で走っていますが、4月と5月は3時間20分を切っていません。5月は3時間を切ろうと思えば切れたと思いますが、あえてセーブしています。5月に入ってからは膝のサポーターを2枚重ねて走っていたものを外して走っています。腰ベルトも2枚していたものを1枚にしています。何が大きく変ったのかは、サポーターを外したことです。痛みに襲われることを恐れてセーブして走っていますが、今のところは問題がありません。徐々にスピードと距離を上げていく予定です。

 膝と腰の痛みは糖尿病による筋肉崩壊が大きな原因の一つでしたが、その一つの原因を克服できようとしていることが嬉しい。9ヶ月間のトレーニングは楽なものではありませんでしたがそれ故に嬉しさはひとしおです。去年の9月から12月までは筋力強化のために里山の坂道を何度も登り下りするトレーニングを中心にしていました。クッション性のよい靴に衝撃吸収力の高いソールを入れて柔らかく走ることを心がけていました。膝や腰に違和感があるときは恐々と様子を見ながら緩々と走っていました。今も大きくは変りませんがサポーターを外してみて少し違和感を覚える時もありますが痛みはありません。走る、そのことにようやく人並みにスタートラインにつけたように思えます。

 

以下、老子の言葉は

諸橋轍次“中国古典名言事典”(講談社学術文庫)を参照したものです。 

 

「自ら勝つ者は強し」(老子三十三章)

人に勝つよりも自らに勝つほうが難しい。

「千里の行も、足下に始まる」(六十四章)

千里の道も一歩から。

多くの人に知られた老子のお馴染みの言葉に励まされながら走っています。

また、こんな言葉もあります。

「柔弱は剛強に勝つ」(三十六章)

ゆっくり走っているほうが無理に速く走ろうとするより、結果的には故障もなく速く走れることになるのかも知れない。

「敢(かん)に勇なれば則ち殺し、不敢に勇なれば則ち活かす」(七十三章)

勇みすぎてもろくなことはない。じっくりと実力を溜めていくという目的の貫き方もある。

 

「大器は晩成なり」(四十一章)これは中高年のマラソンにとっては無縁な言葉ですね。(笑)

・・・・・

 

 老子は実在の人物であったのだろうか?高橋進著“老子”(人と思想 清水書院)はこう推測しています。

・・・57p

・・・『老子』書にもられている思想の首領は、戦国時代の李耳(りじ)であり、伝説中の実在不明なる「古の博大真人」(『荘子』天下篇にあり)といわれるのが老耼(ろうたん)であった。李耳は隠君子で自ら隠れて名なきをもって務めとなしたから、自己の名を出さず、伝説的人物、「博大真人」なる老耼にその思想を仮託したのだというのである。こうして、李耳は子遷(しせん)がその子孫の系譜を明示しているように実在の人物であったが、老耼は架空の人物で両者は同一人ではないとする。

・・・

「姓は李(り)氏、名は耳(じ)、字(あざな)は伯陽(はくよう)、諡(おくりな)して耼(たん)という」(『史記』三注合刻本 本書41p)

 「思想の首領は」というのは『老子』が一時期、一個人の手によって書かれたものではないということです。しかし、その思想の核となる人物は存在したであろうと思われます。老子には直観力の鋭さが垣間見えます。この天才的な鋭さは誰にでもあるものではない。

 

 李耳はやはり自然(おのずとそうなる)とは何かを直感的に知る人であったのでしょう。

 『今西自然学』で知られる今西錦司先生はこう言われています。

 “自然学の提唱”講談社学術文庫

・・・21p〜

・・・近い将来に誰かが翻訳なり何なりして、ぼくの「自然学」を広く外国に紹介すべきやという人もあるのやけれど、ぼくはそんなことせんでもええ、というている。ぼくの進化論によれば、しいて争わなくても、どうせ滅びるものは滅びるのやし、生き残るものは生き残るのやからな。生きている間に勝利をえなければいかんとか、それが名誉として帰って来なければいかんとか、そういうことは自然学とはおよそ無縁なことや。

・・・・・

 今西先生のもっちゃりとした関西弁を思い出してしまいます。

それが正しい論であれば自然に生き残る。

 「李耳は隠君子で自ら隠れて名なきをもって務めとなしたから、自己の名を出さず、伝説的人物、『博大真人』なる老耼にその思想を仮託した」とありますが、きっと今西先生風に「生き残るものは生き残る」と李耳は考えた。

 

諸橋轍次“中国古典名言事典”(講談社学術文庫)より

老子十章・・・319p

爲而不恃 ―― 為(な)して恃(たの)まず。

自分がいかに大きな仕事をしても、これを自然のなせるわざとし、自分の力によるとたのみ誇ることをしない。これこそが真の徳である。

 

このようにも考えたのでしょう。

六十六章・・・334p

江海所以能爲百谷王者 以其善下之 故能爲百谷王

――江海(こうかい)の能(よ)く百谷(ひゃっこく)の王為(おうた)る所以(ゆえん)は、其(そ)の善(よ)く之(これ)に下(くだ)るを以(もっ)て、故(ゆえ)に能く百谷の王と為(な)る。

大きな川や海は、あらゆる谷の王者となっているが、それは大きな川や海が谷々よりも常に低いところにいるからである。

 人間もまた、自分を最も低い位置におけば、そこにはあらゆる人の教えも人望も流れこみ、実力を蓄えることになる。

 

 隠者といえば世捨て人のような印象を受けますが、李耳は自分を低いところにおいて、もっと大きなものを見ていたのではないかと思えます。李耳が老子であった可能性は高い。

 

今西錦司先生はこういわれています。

“自然学の提唱”講談社学術文庫

・・・60p

・・・何分にも相手(ダーウィニズム)は父性原理にたち闘争原理にたっているのですから、優劣をつけ選択しないことには治まりません。私の方は母性原理であり、共存原理でありますから、進化論などいくらあってもかまわない、とおもっているのですけれども。それで無理をしないで機が熟するまで待ったほうがよいのではないか、とも考えています。二つの相容れない進化論が、東西にわかれて棲み分けしていたら、それでよいのじゃないでしょうか。

・・・

人間が人間中心の優性論に立つ限りは、進化論はダーウィニズムが主流となる。Geo-Cosmos(ジオ・コスモス)の生物全体社会にとって人間は一つの種であるに過ぎない。西洋の神は人間を選んだのかも知れないが、ダーウィニズム進化論は神が自然に入れ替わっただけの神学でしかない。このような価値観は人間にどのような未来をもたらすのだろうか?

老子の説く道徳とは共存原理です。人間の独善と強欲をいつまでも許すほど自然に仁慈の心があるわけではない。「天地不仁」(五章)。

 

「敢(あえ)て寸を進めずして、尺を退く」(六十九章)

押しても駄目なら引いてみな、という歌もあった。「無理をしないで機が熟すまで待つ」とはいかにも今西先生らしい。「自然は変るべくして変わる」のだから、なるようにしかならない。

「天下は神器(しんき)なり、為すべからず」(二十九章)

天下とはGeo-Cosmosのことです。神器とは不思議な器という意味です。人智はそのほんの入口に立っているにしか過ぎない。自然を科学でねじ伏せることはできないことを知ることが大切なように思います。「学を絶てば憂えなし」(二十章)、なまじな学を振りかざすがゆえに人間は思い上がった存在となっている。学を捨てるという原点もある。

科学を捨てた科学者である今西錦司先生の自然学と老子の道と徳には共通点の多いことが、とても面白い。「道は自然に法る」(二十五章)、私には「今西自然学を読め」というように聞こえます。

 

老子を読んでいると、どうしても今西自然学を思い起こしてしまいます。

今西自然学の自然は西洋的な自然観ではないからだとおもいます。

 

ダーウィンの進化論が自然選択説・自然淘汰の闘争原理にたったものであるのに対して、今西進化論は棲み分け説にたった共存原理の進化論です。

“自然学の提唱”ではこのように語られています。

・・・50p

・・・この最適者生存あるいは自然淘汰という考えは、生物にたいするなんという厳しい条件であることか。最適者が生きのこるということは、最適者でなかったら生きのこれない、ということである。自然とは生物にとって、ほんとうにそのように厳しいものだろうか。一神教の神さまは厳しい神さまであるという。ダーウィンはこの神さまのイメージを自然に投影することによって、神の創造説にかわる彼の自然選択説を、発想したのではなかったろうか。

 ・・・51p〜

「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」というのは親鸞の有名な言葉でありますが、この豊かな自然を形づくっている草木も禽獣も、虫けらに至るまでが、その豊かさを楽しんでいるように見える。生きんがために四六時中あくせくとしているようなものは、どこにもいない。最適応しているもの以外は切り捨てられるという関門など、どこにもなくて、適応のできたものも生きよ、適応が少々できていないものも生きよ、この世に生をうけたものはみな生きよ、というすばらしく広い抱擁力をもっているからこそ、自然は仏にも通ずるのである。また後で触れますが、私の棲み分け理論も、私の進化論も、みなこうした自然観と矛盾するものではない。むしろこうした自然観に根をおろしたものである、といったほうがよいのかも知れません。私の進化論は選択なんて不必要だ、なにもかも抱擁したらよいではないか、というのですから。

・・・

 

「なにもかも抱擁したらよい」、これが母性原理です。

老子のいう道とは、天地の始め、それは「万物の母」だといっています。

 

第一章を読んでみたい。

“老子”蜂谷邦夫訳注(岩波文庫)

・・・

道可道、非常道。名可名、非常名。

無名、天地之始。有名、萬物之母。

故常無欲以觀其妙、常有欲以其徼。

此兩者同出而異名、同謂之玄。玄之又玄、衆妙之門。

 

 道(みち)の道とす可(べ)きは、常(つね)の道に非(あら)ず。名の名とす可きは、常の名に非ず。

 名無きは天地の始め、名有るは万物の母。

 故に、常に欲無くして以(もっ)て其(そ)の妙(みょう)を観(み)、常に欲有りて以て其の徼(きょう)を観る。

 此(こ)の両者は同じきより(い)出でて而(しか)も名を異(こと)にす。同じきを之(これ)を玄(げん)と謂(い)う。玄の又(ま)た玄、衆妙の門。

・・・

 道とはこれが道とは示すことができない。名をつけることも出来ない。それは天地の初めであり、あえて名をつけるとすれば万物の母ということになる。

 無欲に見れば不思議なほどにすぐれているさまが観える。知ろうとすれば現象面しか見えない。

道や天地万物の始めとは言葉は違うが同じ原始創世の源である。源の源をたどれば、そこに人智を超えた不思議の門が観えてくる。

 

これは私の意訳なので、正確には“老子”蜂谷邦夫訳注(岩波文庫)を読んでみてください。

 

宇宙に地球が誕生して、その地に生物が現れた。道とはその歴史的変遷であるのだろう。

今西錦司先生はこういわれています。

“自然学の提唱”講談社学術文庫

・・・116p

 イギリスに哲学者でカール・ポッパーという人がおります。科学評論家の中ではなかなか厳しい人ですが、進化のような検証不可能なものは科学の対象にならんと言出したのです。人間の歴史と言えば精々三百万年位ですが、生物たちの歴史というのは数億年であります。最初に生物がこの地球上に現れた時から勘定すれば三十二億年になるといいます。そしてこれがですね、一回きりのものであって繰返しがない。検証出来るためには繰返しがなかったら駄目ですね。それがないんですから私もポッパーの考えに倣って進化は科学として取上けるべきものではなく、むしろ歴史とみなければならないだろうと思います。これは割合最近そういう風に思い付いたんで最後に出しました「主体性の進化論」あたりになって始めて出てくる考えです。進化を歴史として見て行こう。

・・・

 

進化とは?人間は進化しているのか?猿から人間に単に変わっただけなのではないだろうか。人間、その人間から観た価値観では進化ということになるのでしょう。

 

私には、老子のいう道とは、Geo-Cosmos(ジオ・コスモス)の生物全体社会の歴史的変遷の道筋というように観えてしまいます。

 

天地万物の始めが何故に「万物の母」の母なのだろうか?

人間の群れ、その群れのあり方から「母」が導きだされたのではないだろうか。

“人間社会の形成”今西錦司著(NHK books

・・・28p〜

・・・結びつきの軸になるのが血縁であるということがわかった。血縁の中でもとくに親子の結びつき、それも母と娘の結びつきであるということがわかりました。それから派生して、姉と妹の結びつきというようなことにもなります。つまり母系的な結びつきです。これはウマの群れだけでなくて、シカの群れにもサルの群れにもある程度までは当てはまることが確かになりました。

 群れの個体間の関係は、このように、その血縁を洗ってみることが必要であります。群れによって、いくつかの血縁を含む場合もありますが、そういう場合には、血縁で結ばれた個体の数が多いほど、その血縁は群れの中でより中核的位置を占めるようになります。だから、メスの子供を多産する血縁が、いつかは中核的位置にのしあがるようになるともいえるのです。・・・

・・・

 

メスの子供を多産する血縁が、群れの中核的位置になっていく。母とはそういう存在であるのですね。オスが中心ではない。

「万物の母」、生物全体社会とも相似の関係であることがわかります。

 

犬紡海

 

写真はこの土曜日に作ったお弁当です。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 迷走日記 | 16:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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