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在宅ホスピス奮戦記 15
JUGEMテーマ:病気
 

鈴木亘を読む。

   国民的議論の必要性について。混合介護について。

 

介護の問題は大きく3点ある。

介護の保障制度が持続可能なものであるのかということ、

介護家族の負担感、

介護職員の労働力不足、です。

 

混合介護の紹介に入るまでに、一冊の本を紹介したい。

「在宅で死ぬということ」押川真喜子著 文集文庫

 著者は聖路加国際病院訪問看護科ナースマネージャーです。

はじめに 

 私の仕事は、その最期にむかう患者さんやご家族との出会いから始まることがほとんどです。悲しい出会いではありますが、百人の患者さんには百通りの生き方、最期があります。ひとがいつかは行きつかなければならない最期にむかって、どのように生きていくか、家族はどう見守っていくのか、私はその都度、たくさんのことを学び、また考えさせられます。

 この本は、私が出会った多くの患者さんの中から、「在宅で死を迎えた方」を中心に、出会いから別れまでを、訪問看護師として振り返った記録です。

 

 この書の最後の記録には自分の父の死のことが書かれている。

 たとえ医療者といえどもこれだけの葛藤があるのか・・・、正直な私の気持ちです。

 

284p 私は在宅療養の現場をはじめあらゆる場面で、治療方針や、入院・在宅の決定などに関して家族間の調整を行ってきました。そのつど、おなじ家族でも価値観、倫理観、死生観がなんと違うのだろうと感じることが多々ありました。

 正しい、間違っているという問題ではないのですから、ひとつの意見にまとめること自体が、大変なことなのだと、自分の家族をみて改めて実感しました。

285p そして自分が受けとめられない父の気持ちを、リエゾン看護師(精神看護の専門看護師)に受けとめてもらうよう、お願いしました。家族の誰にも固く心を閉ざして気持ちを表に出さない父を、もてあましていたのかもしれません。

286p〜 私は医療者として、そして一般的な感覚からしても、患者にとって在宅で過ごすことが、なによりもQOL(生活の質)を向上させることにつながると患っています。そう実感することが、私か訪問の仕事をする原動力になっているのです。

 それなのに自分の家族が、自宅を安らぎの場として求めていないのです。でもいまでは、それが父の家族への精いっぱいの思いやりだったと納得するようにしています。みなに迷惑をかけることが苦痛だったのだと……。

 結局、私たち家族は、父を家に連れて帰ることを決断しました。

 そこでも家族間には、一波乱ありました。医師であり、父の経過をいちばん客観的にみていた弟は、母の介護だけに頼って在宅療養を行うのは無理だという判断でした。私も、忙しい仕事のあいまをぬって、どれだけ協力できるかには不安がありました。兄のお嫁さんにも少し協力してもらおうかなどという話も出て、家族間でさまざまな意見がぶつかりあいました。

289p〜 介護能力だけあっても、患者に対する愛情や同情がよほどなければ、在宅は維持できないと思います。

291p 家族調整には、家族のそれまでの生活歴から、家族でも個々で異なる倫理観、人生観、死生観を、十分に理解したうえで、患者だけでなく、家族の生活も保障できるようなアプローチが必要です。しかし、現実には、家族の誰かが犠牲になることが多いのです。在宅でがんばっている患者・家族は、少なくとも、患者を思いやる気持ち、患者も家族に感謝する気持ちがとても大切なポイントになると心底感じました。

292p 家族でも、おたがいの気持ちはわからないことだらけなのかもしれないと、身にしみて感じたのは、この在宅療養からでした。

293p いま思えば、手術をしたのは父の意思でしたが、その後の胃瘻をつくったり、気管切開をしたり、リハビリのための入院、そして在宅療養、再び入院などの処置は、すべて父の意思ではなく、家族の意向で方針が決められていった気がします。

 最後の入院に車で向かうとき、付き添ってくれた訪問看護師から父の涙を見たと伝えられ、それがなんの涙だったのか、なにをいいたかったのか、最後まで父に問うことができませんでした。

 それから約三ヵ月後、入院してそのまま父は帰らぬ人となりました。

295p 私は、入院せずに、もう少し在宅でがんばれたら、どうなっていただろうかと、いまでもときどき考えます。そして、“父は幸せだったのだろうか”と。

 少なくとも病気になるまえは、幸せを感じることがあったと思います。しかし、家族に甘えたり、ストレスを表に出せる性格ではなかった父にとって、病気になり、人の手を借りなければ生きることができなくなった時点で、生きることをあきらめていたように感じました。

 普通、誰にとっても、いちばん安らぐ場所は自宅なのだと思われます。

 医療者は、できれば少しのあいだでも、患者が在宅療養を送れるよう、その調整に力を注いでいます。しかし、在宅療養が必ずしもベストではなく、在宅の限界があることも事実なのです。

 

・在宅療養はQOL(生活の質)を向上させることにつながる

・リエゾン看護師(精神看護の専門看護師)に受けとめてもらう

・患者だけでなく、家族の生活も保障できるようなアプローチが必要

・在宅の限界があることも事実

 

「在宅の限界があることも事実」。皆さんも読んで考えてもらいたい。

 そして、持続可能な介護制度とは何かを考えたい。

 

『だまされないための 年金・医療・介護入門』

鈴木亘著 東洋経済新報社 20092月発行

介護労働力不足問題への正しい対応方法

 介護報酬改定という仕組みには欠点が多く、合理性も存在しないため、近い将来に、価格自由化を行うべきであると私は考えます。

 なぜならば、第一に、介護報酬は三年に一度という非常に遅いタイミングでしか行われません。これでは、市場の需給をスムーズに調整することは不可能です。

 また第二に、中央社会保険医療協議会(中医協)ほどではないにせよ、財政問題への危機意識や政治的力学の中で、需給状況を反映した正しい価格改定が十分に行われるとは考えられません。実際、2006年の改定は需給調整という意味では完全に失敗に終わりました。

第三に、介護サービス分野は、医療とは決定的に異なり、規制の根拠となる「情報の非対称性」が重要ではないからです。医療の分野では、確かに医師と患者の間にこの「情報の非対称性」という問題が大きく、ある程度の価格規制もやむをえない面があります。しかしながら、介護の分野は、それまで家族が代わりに介護していたぐらいですから、情報の非対称性は深刻ではありません。その場合、医療のように、価格規制をしながら市場に近い需給調整を行うという困難な道を模索する必要はありません。一気に自由化すれば良いのです。

218p

財政問題への対応は、財政方式転換と「混合介護」の導入で

 介護報酬単価で介護給付費のコントロールができないとすると、財政問題をどう解決するのかという課題が残ります。

 この点は、まず第一に、財政方式を転換することで対応可能です。

・・略・・財政方式を積立方式に変えることで、現行水準の給付を続けても、介護保険財政の維持可能性は確保されます。価格規制によって無理に給付を引き下げてゆく必要はありません。

 しかしそれでも、何らかの理由で介護保険給付費を抑制したいという場合には、第二の方法として、「混合介護」という仕組みを導入することが考えられます。「混合介護」とは、介護給付費としては「介護報酬単価」に対する九割を給付するが、実際の「介護サービスの価格」自体は、自由に事業者が決めても良いとするものです。つまり、サービスの質水準や市場実勢に応じて変化する「介護サービスの価格」と、薬価基準のように財政上の都合も勘案して決まる「介護報酬単価」が同一ではなく、乖離するという制度となります。

219p

自己負担と保険を組み合わせるので、医療における「混合診療」(全額自己負担となる保険外診療と、一部自己負担で済む保険診療を組み合わせる診療のこと)と同様、このよケなやり方を「混合介護」と呼んでいます。このやり方ですと、価格自由化によって「介護サービスの価格」がたとえいくら高くなろうと、財政的な負担はある範囲内に収めることができますし、市場メカニズムの良さを損なわずに済みます。

 

・財政方式を積立方式に変える

・「混合介護」という仕組みを導入

次回に続く。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 18:01 | - | - | - | - |
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