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疎外感を考える
JUGEMテーマ:日常
 

名著“無縁社会”を読む

 

高齢者の孤独を悪徳業者のビジネスチャンスにしてはいけない。

そのためにこの書を読んで、みんなで考えなければならない。

 

“無縁死”三万二千人の衝撃

NHK「無縁社会プロジェクト」取材班[編著] 

菊池寛賞受賞  文芸春秋刊 20101115日 第1

 

地縁、血縁、社縁が崩壊し、“ひとりぼっち”が急増するニッポン。

 「行方不明者の自殺」や「行き倒れ」、「餓死」や「凍死」。全国の市町村への調査の結果、こうした「無縁死」が年間三万二千人にのぼることが明らかになった。ごく当たり前の生活をしていた人がひとつ、またひとつと、社会とのつながりを失い、ひとり孤独に生きて亡くなっていた。

 “家族がいるのに高齢者が所在不明になってしまう”

 “介護が必要な高齢者と仕事のない息子が親子そろって社会から孤立してしまう”

より深刻な現実が浮かび上がってきた。

日本社会は20年後、一人で暮らす単身世帯が40%近くに達する時代を迎えるという。

無縁死はもはや他人事ではない。

 

“はじめに”から気になる言葉をひろい集めてみた。

 

今、私達の社会は縁を失っているのか?絆を失っているのか?縁というのは運命的なものをさし、絆というのは愛情の念や一体感を言う。縁を失っているとすれば、死後を弔うものがいない死をさすことになる。弔うとは死を悼むことであり、悼むとは痛みである。亡くなった人を思い心が痛むのである。  万葉集を詠んでいると、恋の歌も多いが、挽歌が多いことに気がつく。挽歌とは挽き歌であり、何を引くのかといえば棺桶を引く歌であるのだ。惜しい人を亡くしたというのが挽歌であり、心が張り裂けそうなほど、寂しく思うことである。無縁死とは重い言葉である。挽歌どころか仏縁すら無い死である印象を受ける。

 昔で言う「野垂れ死に」よりも重い。「野垂れ死に」には、已むなしという覚悟もあったが、無縁死とは運命に操られた、亡くなった人が思いを残した死のように受け取れる。生きている人が亡くなった人を想うのではなく、亡くなった人が生に想いを残すのである。已むなしではなく已む得なく亡くなったということだろう。

 138p「人とのつながりがなくなるのはなくなるのは、生きてる孤独死みたいなもんですよね。誰にも関心を持たれない、自分も何の役割も果たしていない。生きてても死んでてもいっしょでしょ。存在がなくなったのと変わらないじゃないですか。だから、人とのつながりは、自分の存在の確認だと思いますね。」

 未婚で一人暮らしの男性が、安定した仕事を失ったとき、病気になったとき、急速に膨らむ不安や孤独、生活の危機。それは果たして、彼ら白身の責任なのだろうか。と本書は問いかけている。

 私は「男」は潔さが必要だと思っているが、それは愛情に恵まれたものの贅沢なのだろう。武士道とは死ぬことである、と葉隠には書いてある。死は特別なものではない。草木の葉の中で生き、葉の中で死ぬ。武士道とは主君のために死ぬことである。武士は主君のために死んだが、私達は何のためになら死ねる覚悟を持つことが出来るだろうか。自分を捨ててまで守るべきものがあるだろうか。

 何のために生きているのかが分かれば、何のために死ねるのかも分かるように思える。私には、彼らが弱い人間だと思っているのではなく、何のために生きるのかが、深く、問われてこなかった時代背景があったことによる犠牲者であったように思える。

172p 家族より会社や仕事を優先して生きてきた人たちは少なくない。

しかし今、そうした人々が大量退職時代を迎え、会社とのつながりをなくした途端、無緑化してしまう姿が見えてきた。

 

結局は会社員時代にはノルマに追われて仕事と生活のクオリティーのバランスがとれず、退職して社縁が切れて“社会的なつながり”を失っても、暇な自分があるだけで、QOLを問うことも困難になっている彼らが向かえる明日の姿はこうである。

173p 「老人ホームではにぎやかに話す仲間もたくさんおります。また各種行事も行われ、楽しい

日々を過ごしており、幸せです。しかし、それは見かけであり、部屋に入ると寂しいのです。自分は関係ないと思っていてもそれは間違いです。今までの年齢がそれを物語っているのです」

・・・・・

 

行旅死亡人

直葬

引き取り拒否

特殊清掃業

呼び寄せ高齢者

おひとりさま

共同墓

働き盛りのひきこもり

 

等の本書に出てくる言葉を聞いたことがある人も多いだろう。聞いたことのない人の為に少し説明しておこう。

 

行旅死亡人 24p25p

 「行旅病人および行旅死亡人取扱法」の第1条第2項

 「住所、居所、もしくは氏名が知れず、かつ(遺体の)引き取り者なき死亡人は行旅死亡人とみなす」 第7条、第9条では、こうして亡くなった人々の情報は、自治体が火葬、埋葬した上で、公的な書類で公告するように定められている。

 官報に、遺体の引き取りを呼びかけるために毎日のように記載されている。

身長、所持品、年齢、性別、そして遺体発見場所、死亡時の状況。亡くなった人の情報は、わずか数行。だがなかには、「会社員風」、「スーツ姿」、「飢餓死」、「凍死」といった目を引く記述も見受けられた。

 

静かに広がる「直葬」 64p

 通夜も告別式もない。遺体を火葬するだけで弔う「直葬」が、静かに広がり始めている。儀礼は行わない。自宅や入院先の病院などから、直接遺体を火葬場に運んで荼毘に付す弔いのスタイルだ。

 炉前葬、火葬式……。葬儀社のホームページでは様々な呼び名の直葬のプランが紹介されている。費用はおおむね十万円台から二十万円台。最も簡素な葬儀として依頼が急増している。葬儀社の紹介や、葬儀に関する相談を受け付けている港区の葬儀情報会社「コネクト」によると、東京都内で行われている葬儀のうち直葬が占める割合は、すでに三割に達しているという。

 直葬では、故人を偲ぶ人たちが一緒に棺の前で一夜を過ごすような、従来の葬儀に見られた光景はない。遺族や知人は火葬場のホールなどに集合し、献花など、短時間の別れを済ませる。棺が火葬炉に入ってしまえば、収骨までの時間はあっという間だ。

 

急増する遺体の“引き取り拒否” 73p

 私たちが自治体の職員から聞いた話では、“引き取り拒否”による無縁死が急増している背景には、家族のあり方の変容が大きいという。昔は三世代が一緒に暮らす「三世代同居」が当たり前だった時代から、「核家族化」の時代へ、そして今ではひとり暮らしの「単身化」の時代へと移り変わって合た。さらに、「未婚化」、「少子化」が進んだことで、結婚していない人や、結婚していても子どもがいない人が増え、・・・略・・・

“引取り拒否”となるケースが、ここ数年、急増しているのだという。

 「単身化」、「未婚化」、「少子化」といった家族のあり方の変容が、「無縁社会」の拡大を推し進めている現実が見えてきた。

 

「特殊清掃業」というビジネス 75p

この業者に依頼してくるのは、自治体や、離れて募らす親族など。・・・略・・・

依頼が入ると、作業員らは特殊な資機材を携えて、亡くなられた入の部屋に向かう。・・・略・・・

何週間も遺体が発見されない場合は、異臭が激しく部屋も汚れているため、オゾンガスを放出する特殊な装置を持ち込む。オゾンは、強力な酸化作用があり、殺菌や脱臭、有機物の除去などK用いられる。こうした特殊な装置をトトラックに積み込んで、三、四人の作業員が現場に向かう。

 亡くなった人の部屋に入ると、部屋ごとに手分けして遺品の整理が行われる。ほとんどの家財道具は処分される。離れて暮らす親族などからの依頼の場合だと、あらかじめうかがいを立てておくが、処分を希望するケースが多いという。それでも、「貴重品」は別の段ボール箱に人れて保管するようにしているという。「貴重品」といっても、通帳や印鑑、腕時計といった本来の貴重品だけではなく、写真や手紙、日記といった故人が大切にしていたであろうと思われるものも貴重品に含めて取り扱うことにしているようだ。

 

呼び寄せ高齢者

142p 地方の衰退がいわれて久しい。

 近い将来、消滅のおそれがある「限界集落]と呼ばれる地域は全国で二千二百ヶ所を超える。今や、故郷を離れるのは若者だけではない。高齢者さえ、住み慣れた故郷を離れて、都会の子どものもとに移り住んでいる。都会では今、「呼び寄せ高齢者」と呼ばれるこうした高齢者が増えている。

144p 町に大きな病院はなく、福祉施設も順番待ちの状態。唯一の交通機関のバスさえほとんど便がない。故郷で最期を迎えたくても、それさえ難しい状態なのだ。「ここで死にたい」。・・略・・最期を迎える場所さえも自らの意思で選びにくくなっている現実がそこにはあった。

145p 次に取材の現場としたのは横浜市だった。毎年、1万人以上の高齢者が転入してきている。高齢者の転入が全国でも最も多い地域の一つだ。横浜市のなかでも、特に高齢者の転入が多い横浜市青葉区の地域包括支援センターの一つを訪ねた。ここでは、高齢者に関する様々な相談を受け付けている。三年ほど前から、「呼び寄せ高齢者」に関する相談が目立ち始めていた。「寂しくて、帰りたい」。「母親がひきこもってうつになった」と本人やその家族から寄せられた相談は深刻なものばかり。こうした相談は、去年一年間だけでも四十件余りにのぼり、寄せられた高齢者の出身地は、北海道から福岡まで全国各地に及んでいた。

 相談内容から浮かびあがってくるのは、都会の生活に馴染めずに、孤独を感じながら、生活する高齢者たちだった。そして、その多くの人が、ひきこもりになったり、病状を悪化させたりしていた。孤立してしまうのは親だけではなかった。呼び寄せた側の子ども自身も、そうした悩みをどこにも相談できずに、孤立していた。

 問題を難しくしているのは、行政でも地域包括支援センターでも、呼び寄せ高齢者がどこにどのくらい住んでいるのか実態が把握できないことだった。このセンターの担当地域には、千五百人近い住民が暮らす公営団地がある。ここ数年、住民からの連絡でセンターの担当者が駆けつけてみると、ゴミだらけの部屋に認知症の高齢者がひとり暮らしていたり、栄養失調状態で発見されたりするケースが目立つようになっていた。こうした問題が起きて、高齢者の出身地や家族構成を調べるなかで、地方から呼び寄せられて、ひとり暮らしている高齢者だと分かるケースがほとんどなのだ。

 

“家族がわり”のNPO

151p NPOの職員は、契約に訪れた人に丁寧に説明していた。このNPOでは身元保証のほかに、突然けがをしたり、病気をしたりした時に家族に代わり病院への入院手続きをする。また、亡くなった後の遺品整理や葬儀の手配、納骨までしてもらう生前契約を結び、入会金を納める。一番問題となる金銭の管理については弁護士が一括して行う。契約に際しては常に弁護士が立ち会っていた。

 このNPOでは、通常は百七十五万円で、生活保護世帯からは二十四万円の預託金を預かり、弁護士にお金の管理を任せる形にして身元の保証を引き受けている。そのお金で葬儀の費用や生前の細かなサービスを行っている。契約者が亡くなった場合、預託金の残りや、その遺産は法定相続人に引き継がれる。

 一方、生活保護世帯などの場合は、お金がなくても行政などの依頼で保証人を引き受けるケースも多い。その分の葬儀の費用やアパートの家賃の延滞料などは、寄付などによる団体の基金を取り崩す形で負担しているという。生活保護受給者の保証人を引き受ける場合、その契約者が住む場所などもこの団体で探している。

 

“おひとりさま”の女性たち 擬似家族に頼る人々

179p〜 身元保証人になってくれる人がいない“無縁”な人たち   そうした人にとって「家族」の代わりを担うNPO法人。しかし、本物の家族がいる人たちに会員であることを知られたくないという切実な思い。“ひとり”で生きてきたことを、世間がどう見るのか、それを隠そうという高齢の女性たちの姿に「世間の目」が“ひとりさま”をどう見るのかを気づかされた思いになった。彼女たちはおそらく「哀れみの目」を向けられたくなかったに違いない。凛として生きる女性たちの心の奥底にある寂しさに気づかされた取材だった。

187p 「風邪を引いてしまい、家から出られなくなったんです。一週間くらい家にずっといて水ばっかり飲んでいました」

 ちょっと買い物を頼める人も、相談できる人も思いつかなかったという。

 「NPOに電話をして、ご飯を買ってきてもらったりもしたんですが、一日に何度も頼むとお金もかかりますし、食事のたびに毎回来てもらうわけにはいかないですし。介護保険の適用は受けていないし、八方ふさがりだったんです」

 

 取材を受けた“おひとりさま”にはお気に入りの喫茶店があるという。

179p 「朝などは喫茶店なんかで食べてますね。私みたいなおひとりさまのむ年寄りがよく行く店があるんですよ。行っているうちに、ああ、この人もひとりで暮らしてるんだろうなっていう人が、わかるようになりました」

 

 早速にあちらこちらの喫茶店を調査してみた。モーニング等のサービスが充実し、栄養バランスのとれた軽食が用意されて、アットホームな雰囲気で常連の多い喫茶店は高齢者で大流行していた。超高齢社会はマクドナル化一辺倒ではないだろう。高齢者のコミュニケーションギャップを埋めることと、栄養バランスのとれた軽食の組み合わせが、ビジネスになる。気兼ねなく会話ができる“場”というニッチマーケットだ。

 

223p「結婚して子どもをつくってという『普通の幸せ』の価値が高騰」

「家族というコミュニティーが形成できない絶望感」

「人生の折り返し地点で自分の老いや死が見えてくる」

「だから無縁死について考えるんだと思う」

「今は、おひとりさまとして独身でいることも広く認められるようになってきましたし、私も仕事を持つ身です。ただ、それが逆に、無縁死のリスクを高めているということもあると思います。かといって、結婚して子どもを産んでという『普通の幸せ』っていうのが簡単に得られるかというと、それすら得られないっていうのが、今の世の中なんじやないかなと思いますね」

 

共同墓

207p 無縁社会の到来は「墓」の形も大きく変えようとしている。そのーつが、「共同墓」。先祖

代々の家の墓ではなく、他人同士が一緒に埋葬される墓だ。

208p 「環境が変わり、社会が変わり、職業までがどうなっていくか分からない時代。長い時間で

みたら、いつまでも血族でお墓を守っていくのは難しいのではないかと感じています」

 

働き盛りの“ひきこもり”

237p〜 最近はバリバリ働いている三十代、四十代という“働き盛り”の世代の人たちが、会社を辞めて、突然ひきこもりになるケースが増えている」と話す。

239p 「働き盛りのひきこもりをすぐに一般社会に戻すことは戦場に送るようなものだ」

241p 働き盛りの世代が追い詰められている背景にはぶ“成果主義”や“効率主義”が急速に広まったとの指摘もある。成果や効率だけが重視されると現場の人間は追い詰められ、閉塞感が強くなる。ストレスや悩みを感じても職場の人間にも、専門家にも相談できない。追い詰められる働き盛りが想像以上に日本社会に溢れている。つまり、この働き盛りのひきこもりという問題は一部の人間だけの問題ではないのだ。

 

社縁、地縁、血縁、を失って孤立化していくのは、高齢者だけではなく、若者や、働き盛りも同じようであるようだ。日本の稚拙な福祉政策の最大の犠牲者となる団塊ジュニア世代が高齢者になるまでには何とかなるだろうか。次回は「生きる意味」上田紀行著を紹介したい。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 読書日記 | 09:20 | - | - | - | - |
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