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  • 入院患者と障がい者に笑顔とコンサートを贈る市民の会 日々是幸日
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入院患者と障がい者に笑顔とコンサートを贈る市民の会 日々是幸日
JUGEMテーマ:病気
JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング
 

入院患者と障がい者に笑顔とコンサートを贈る市民の会 『日々是幸日』

 

11月19日水曜日14時から、

独立行政法人国立病院機構 姫路医療センター(地階 薬剤科前)で、

来生享子さん(三線)と森川陽介さん(打楽器)のユニット

“音音音音”(ねぇねぇおとおと)による八重山民謡の

院内コンサートが行われました。

 

 来生享子(きすぎきょうこ)さんの略歴

三線(さんしん)はNHK朝ドラマ「ちゅらさん」に魅せられ、三線(さんしん)を初め、平成15年石垣島の「とぅばらーま大会」出場。その時に出会った平成12年度大会優勝者の金城弘美さんに弟子入り。平成19年八重山古典音楽コンクール新人賞合格。翌年優秀賞合格。

 森川陽介さんは西アフリカの打楽器ジャンベの演奏者です。

 二人は民族の垣根を越えた魂の声で「笑顔と元気を勝手に広げよう」を合言葉に、日々是好日と活躍中です。

 

 院内では入院中や外来の患者さんが70名ほど集まって聴いてくださいました。演奏曲は安里屋ユンタ(あさどやゆんた)、涙そうそう(なだそうそう)、童神(わらびがみ)、肝がなさ(ちむがなさ)、島人ぬ宝(しまんちゅぬたから)等十数曲の演奏で楽しんでいただきました。

手を叩いたり、口笛を鳴らしたり、合いの手を入れたりの和気藹々の演奏会でしたが、涙を浮かべて喜んでいただいた患者さん達も多かった。

抗癌剤で治療中の患者さんは演奏後に演者の来生さんの手を握り締めて「ありがとう、力になりました」と涙を浮かべておられていました。余命数ヶ月という患者さんは「この感動はあの世にまでもって行きます」と言われていました。

 

「日々是好日」について河野太通(こうのたいつう)禅師は“禅力 ぜんパワー あなたを変える禅の名言"(海竜社)でこう言われています。

河野太通(こうのたいつう)禅師は姫路市網干の龍門寺で御住職をされています。

 

略歴(本書より)

河野太通(こうの たいつう)

1930年、大分県生まれ。 48年、中津市松巖寺において得度。53年、花園大学卒業、祥福寺専門道場に掛塔。 66年、道場を退り、(財団法人)禅文化研究所員となる。72年、祥巖寺住職。19772004年、祥福寺専門道場師家。19942002年、花園大学学長。 2004年より龍門寺住職、06年、大衆禅道場師家、現在に至る。

著書には、『独坐大雄峰』『まぁ、お茶でも飲んでゆきなされ』『豊かな心を生きる』『不二の妙道を行く』(以上、春秋社)『床の間の禅語』(禅文化研究所)、『白隠禅師 坐禅和讃に学ぶ』『親子でする坐禅と呼吸法』(ともに佼成出版社)、『大いなるいのちのままに―宗門安心章にならう』(海竜社)ほかがある。

・・・・・

日日是れ好日 にちにちこれこうにち(『碧巌録』第六則)

すべて移ろいゆく日々に好し悪しはない

 

125p

・・・良寛和尚は「災難に遭う時節には 災難に遭うがよくよく候 死ぬ時節には 死ぬがよく候」と言っています。災難や病に遭えばその苦痛でのたうちまわる。それでもその日を好日と受け取る。なかなか容易なことではありませんが、なにか大いなるものにまかせきった良寛和尚の安心の境地がうかがえるようです。

 良いことが続いて、それで日々が好ましい日だというのではあたりまえのことです。悪い日であっても、すばらしい日であると受けとれる心境が開けてこなければならないのですがどうでしょう。

 この世にあるものは、すべて移ろいゆきます。そして消え去ってゆきます。それが生きているということであり、この真実には例外もはずれもありません。まことに冷厳な事実です、この道理を私も生きているのであれば、この道理にまかせ切るとき、好し悪しを言うことはない。すべてはそのままでよいのだ。・・・

・・・・・

 

 余命がもう余り無いという人には、このような境地を得ている人は多いでしょう。しかし、そのような人たちを目の前にして、良寛さんは「死ぬ時節には 死ぬがよく候」と言えるのでしょうか。私は神戸でも東北の海岸でも、「災難に遭う時節には 災難に遭うがよく候」とは思えなかった。「私に出来ることはありますか」としか言えませんでした。

 人は無常を知っていても、人は支えあってこそ、「日々是好日」を知ることが出来るように思います。一人では好日であっても、人は社会的な生き物なので、幸日では無いかもしれません。ボランティアをしている者にとっては「日々是幸日」が自然なように思います。ここが修行をするものと、ボランティアの違いなのかも知れません。

 

写真1が、来生享子さんです。写真2が病院スタッフと演者、左から2番目が会の代表の棟安信博さんです。写真3が、院内コンサートの様子です。








posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 19:39 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
「終末期がん難民」を生まないために その2
JUGEMテーマ:病気
 

前回の続きです。 

 

再び、在宅でのがん療養の支援を強化するために

 がん保険の新たな展開に期待する 平成217I1

 日本ホスピス在宅ケア研究会・高知大会総会

生命保険 各位

 

□平成18年神戸大会で

 私たち日本ホスピス在宅ケア研究会では、平成186月に神戸で開かれた全国大会の総会の席上で、在宅がん療養を支援するために、日本内外で経営活動を展開しておられる生命保険39社に対して要請文を提出することを決議しました。

また同アピール文を、所轄の厚生労働省に対しても提出し、新たな在宅がん療養を支援する方向で、生命保険会社に対して働きかけていただくべく依頼したのでした。

□「がん対策基本法」の具現化

この3年間で、がん療養をめぐる医療・療養情勢は大きく変化しつつあると申せましょう。

 平成194月に施行されるに至ったがん対策基本法では、がんの予防及び早期発見の推進やがん医療の均てん化、研究の推進をその柱として掲げ、各テーマの達成期限を強く意識したプロジェクトをうちだしたのでした。

 がん検診をさらに充実するべく体制を構築しながら、全国各地にがん診療連携拠点病院を指定して、多彩なプロジェクトを推し進めようとしています。(平成2141日現在、全国に375病院を指定)

 その内容は、拠点病院に対しては各専門分野の集学的治療体制、さらにがん化学療法の提供体制やがん検診を強化する。また患者へのよびかけとして、院内がん患者登録、セカンドオピニオン、相談支援センターの設置や推進、さらに地域との連携として、がん医療に携わる全医師を対象とした緩和ケアに関する研修を実施していくことを指示しています。

 

□民間医療保険による在宅支援の強化を

 残された課題の一つは、民間保険によるがん治療費の負担軽減です。がん患者は、身体的・精神的苦痛以外にも社会的経済的な苦しみを背負わざるをえません。そのような経済的負担の重圧を緩和するために、多くの人が民間がん保険を利用しています。ところが、保険業界においては、在宅療養を支援する商品は、充実されないままです。この3年間に、アメリカンファミリー社(Aflac)につづいてプルデンシャル社が在宅関連保険を商品化しました。また、ソ二ー社ほかいくつかの社が強い関心を示しているようです。生命保険内外46社は、「リビング・二ーズ」という新しいサービスを開発し、死亡後に受け取る予定であった保険金をがんと判明し、予後が6ケ月以内と推量される場合には、その一部を生前に受け取って療養に活用できるように変わってきました。また、既存の商品(保険契約)に対して外来通院や訪問看護などの在宅サービスに対する支払いを拡げる「適用拡大」も検討される動きもあります。ただ、こうした新サービスは、必ずしも患者・一般市民に周知されてはおりません。この周知を推進するだけでなく、今後は、在宅療養においても主治医ががん療養を認めた場合には給付があるような商品を多く準備し、在宅でのがん療養を経済面より支えていただくようにお願いしたいと考えます。

 

1. がん保険に加入していても、その契約内容を充分には理解していない利用者が多いと思われます。各社とも生前の受け取り制度である「リビング 二ーズ」などに関する説明を、宣伝・契約などの場で患者や一般市民に対して分かりやすく行い、浸透するよう努めて下さい。

 

2. 在宅における様々なサービスをさらに活用できるように、すでに契約が進行している既存商品について改めて契約をし直さなくても「適用拡大」をはかるとともに、在宅支援を目指した新商品の開発を推進して下さい。

・・・・・

 

2010年3月15日 朝日新聞記事

認知症ホーム 安全対策は待ったなしだ

 

認知症のある高齢者が、生活の手助けを受けながら一戸建てやアパートで共同生活を送るのがグループホームだ。家庭的な雰囲気のなかで介護職員が見守る丁寧なケアは、認知鹿の症状を抑えるといわれる。

厚生労働省もグループホームを認知症の切り札と位置づける。介護保険が始まった2000年から統計のある08年までに、利用者は25倍近い13万人余りに増えた。

政府の推計では、20年後、独居や夫婦だけの高齢者世帯が全世帯の4分の1以上となる。認知症高齢者は25年後には、いまの倍以上の445万人にのぼる。グループホームはこれからもっと国民全体にかかわる存在になる。

それにもかかわらず、各地のグループホ−ムは、施設の安全面で深刻な問題を抱えている。7人が犠牲になった札幌の施設の火災がそのことを真正面から突きつけた。

札幌のホームの入居者の多くが介助なしに歩けなかった。ホーム側には当然のことながら、高い防火意識や態勢が求められていたはずだ。

 だが、普段から石油ストーブが使われ、近くに洗濯物が干してあったという。何より初期消火に欠かせないスプリンクラーがなかった。

 4年前に長崎県大村市で起きたグループホーム火災を受け、防火対策は確かに進んだ。スプリンクラーの設置義務の対象は1割程度だったが、消防庁は昨春から基準を強化し、小規模ホームを除いて、総施設の7割程度が設置義務を負うことになった。

 すべてのホームが対象とならなかったのは、費用の問題だ。ホームの運営者や厚労省から「利用者負担に跳ね返る」「費用が工面できず閉鎖する所が出る」など反発が強かった。札幌のホームも対象外だった。火災報知機などの設置義務も、既存施設は費用問題から再来年春まで猶予されているさなかに起きた惨事だった。

 日本社会はこうした施設をますます必要とする。悲劇が起きるたびに少しずつ規制を強めるという行政の姿勢を転換する必要があるのではないか。

 費用負担が重いというなら、政府は、補助金や介護報酬から賄えるよう知恵を絞るべきだ。

 厚労省の基準では、1人の夜勤職員が最大18人までの世話をすることができることになっている。しかし、ひとたび火災になれば、職員1人で入居者を無事に避難させるのは難しい。

 ホームの火災時に近隣の住民に助けを求める態勢ができている例もある。これを広げたい。自治体はおおいに後押しすべきだろう。

 お年寄りが安心して安全に暮らせる環境をつくることは、国民全体の責任だ。必要かつ十分なコストを払うことをためらう理由はない。

・・・・・

 

 群馬県渋川市の老人ホームにおける火災とその対応について

1.火災の概要

発生日時:平成21年3月19()2245

発生場所:群馬県渋川市橘町八崎2335-9静養ホームたまゆら

被害者:死者:10名(男性6名、女性4名)、負傷者1人(男性(中等症))

(出火当時、職員1名、入所者16名在館)

火災概要:NPO法人影経会が運営する老人ホームから出火、3棟約388・焼損。

(出火当時、職員1名、入所者16名在館)

2.建物の概要

構造規模:本館:木造平屋建118.41屐∧夢曖院木造平屋建188.81屐∧夢曖押木造平屋建80.68

用途:老人ホーム

・・・・・

 

※ グループホーム花みずきでの取り組みについてお話を伺いしました。

・建物の形にも工夫があります。およそ800坪の2階建て2棟をつないだ形の建物。片一方の棟で火災が発生した場合は、もう一方の棟へ利用者を移しやすい工夫をしている。

・定期的に近隣の住民との火災・防災訓練を行っている。

・・・・・

 

次のブログ 2008年8月25日 の記事の紹介もいただいた。

http://hoken-ag-diary.at.webry.info/200808/article_21.html

認知症ケアの切り札・「グループホーム」の狭き門総量規制で新設数急減。

818日の日本経済新聞・夕刊に、認知症ケアのための施設である、グループホームの現状などを取り上げた記事がありました。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 15:13 | comments(0) | - | - | - |
「終末期がん難民」を生まないための提言 その1
JUGEMテーマ:病気
 

グループホーム「花みずき」を訪ねてきました。

2011年5月26日13時

その折に、だいとう循環器クリニック院長

大頭 信義(だいとう のぶよし)先生

からいただいた資料を公開しておきます。

 

 経歴 昭和614月 だいとう循環器クリニック開設
(特定)日本ホスピス・在宅ケア研究会 理事長
 播磨ホスピス・在宅ケア研究会 事務局

 

・・・・・

「終末期がん難民」を生まないための提言

日本ホスピス在宅ケア研究会

 

「もううちでは治療の道がないので、どこかよその病院に行ってください」と主治医から宣告されたがん患者と家族の苦悩は深い。地域連携室機能が充実している医療機関であれば心理的な「見捨てられ感」はさておいて次の病院や診療所に引き継いでもらえるが、それすらない病院もまだ少なくない。私たち日本ホスピス在宅ケア研究会は長年在宅や施設でホスピスケアを行ってきた医療専門職およびこの問題に関心の高い介護専門職や市民によって構成されており、このような再発後や終末期に適切な受け入れ先のないいわゆる「終末期がん難民」の方々が安心して十分な終末期ケアを受けることができるようなシステム整備が急務であると考え、ここに提案する。

 

なお、詳細な資料は後のページに掲載し、ここでは要点をまとめることとする。

 

「終末期がん難民」を生み出す構造について

 

破綻しつつある政府財政の立て直しの一環として社会保障費は強力に抑制され、医療システム全体の脆弱化が急速に進みつつある。とりわけ診療単価の高い入院医療に対してはDPC制度の導入と相まって、長期入院が経営上成立しない程度の日数逓減制度を設け一般病院におけるがん患者の長期入院を困難なものにしている。

 

「終末期がん難民」を生まないための提言

1、病院と在宅システムの連携の整備

 

1) 在宅患者の緊急入院の受け入れ先確保

 2) 在宅支援診療所システムの見直し

 

2、医師〜訪問看護師の連携とパートナーシップ〜役割の分担と共有の見直し〜

 

 1) ファーストコールシステムの確立 〜時間外訪問看護費の割増加算の改善〜

2) 死亡診断と死亡診断書作成業務の分担

 

3、最後の12週間の在宅支援システム構築

 

 1) 「24時間泊まり込み看護・介護制度」の創設を

 

4、施設ホスピス・緩和ケア病棟の整備拡充

 

 1) 更なる緩和ケア病棟の拡充が望まれる

 2) 有床診療所ベースのホスピス緩和ケア病棟の創出支援を

・・・・・

 

< 大会アピール >

 2007年7月1日

日本ホスピス在宅ケア研究会 飛騨高山大会

 

都道府県レベルのがん対策推進計画作成の委員会にがん患者・家族代表及び医療・福祉現場の関係者を参画させることを強く要求します。

 

がん対策基本法が、この4月より施行されました。この基本法に基づき設置されたがん対策推進協議会には患者代表も入り、がん対策推進基本計画が策定され、6月15日閣議決定されました。医療政策の策定過程に患者代表が加わるのは画期的なことでありますが、基本法では特にその重要性が強調されています。

 この基本計画をもとにして、今後、各都道府県において具体的な実効性のあるがん対策推進計画が策定されることとなっていますので、その内容如何に日本のがん医療の未来がかかっているといっても過言ではありません。

 がん患者がどの地域に住んでいても、同じように質の高い医療を受けられ、また治療の初めから緩和ケアが導入され、さらに、病院と在宅ケアチームの切れ目の無い医療福祉サービスが提供され、がんに罹っても安心して過ごせるような地域社会のシステムが構築される事を多くの国民が望んでいます。

 日本のがん医療が、実質的に変ってゆくためには、患者・家族および現場の医療・福祉関係者さらには市民が参画した計画の策定が必要不可欠と考えます。

 したがって、各都道府県においては、がん対策基本計画を策定する委員会に、がん対策基本法にのっとり、がん患者会代表、さらに在宅緩和ケアの実践者を参加させるよう、強く要望いたします。

 

2. 40歳以上の末期のがん患者の介護認定は、要介護1以上にするよう、強く望みます。

在宅療養推進の流れの中、介護保険において、40歳以上のがんの末期も、介護保険が適用できるようになりました。このことは、以前より私ども研究会が強く望んでいたことです。

 しかし、がんのターミナル期は、急激な病状の進行があり、数週間のうちに要介護4〜5相当の状態になるにもかかわらず、認定時はADLが保たれるため、軽い要支援の判定がでることが多くあります。要支援は、予防を主とした介護であり、地域包括支援センターが携わることが多くなります。がんの末期には病勢の進行とともに、ベッドの利用、ヘルパーの派遣、入浴サービスの導入など居宅介護支援事業所のケアマネージャーによる迅速な対応が望まれますが、介護認定時に不必要な時間がとられていることが実情です。

 このような事情より、40歳以上のがん末期の療養については、「要介護1」以上の認定にすることを強く望んでいます。

 

日本ホスピス在宅ケア研究会は、1992年以来、ホスピス・在宅ケアの現場をよりよくしていくために、実践・研究・研修・研讃を積み重ねてきました。

今回、飛騨高山大会において、上記の点についてその重要性を改めて認識し、大会参加者の総意としてアピールいたします。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 14:53 | comments(0) | - | - | - |
在宅ホスピス奮戦記の終わり
JUGEMテーマ:病気
 在宅ホスピス奮戦記の終わり

昨夜の21時2分に父が亡くなりました。穏やかな死でした。息が乱れ始めてから、1時間弱で静かに息を引き取りました。家族や、医師や、看護師さんに看取られて、孫の「おじいちゃんありがとう」という泣き声の中で旅立って行きました。

幸せな死があるのなら、これ以上に幸せな死はないのではないかと思えます。それは花がちるような、とても優雅な死でした。被災地の方々の死を思えば、人生は平等ではないことも思いました。

昨年の12月25日に病院から家に連れて帰ってきてから、100日ほどが過ぎました。「ガン患者は家へ帰ろう」という地元の医師の本があり、その本を読んでいたこともあり、本当に家で看取ることはできるのか、と半信半疑で在宅ホスピスに挑戦することになりました。だめなら、また病院へつれて帰ればいい、病院もそれを受け入れてくださるというお話でした。介護難民として家に帰ってきたわけではありません。

やはり、母は大変でした。根が頑張り屋さんなので、目いっぱいのことをしようとして、日ごとに疲れは目に見えるようになっていきました。母は何度も「もう無理かも知れない」と弱音を吐くこともありましたが、振り返ってみると、結果的には気丈な母であったと再認識することとなりました。母は昨年に階段から落ちて腰の骨を圧迫骨折していたので、腰痛の中での介護でした。しかし、三世代同居の励ましあいがあったことも幸いして、乗り切ることができたように思います。

余命半年、しかし何時容態が急変するかも知れないという状況で、緊張感のある介護でしたが、無事に乗り切ることができました。介護力があるから介護が出来るわけではなく、やはり愛情がないとできないことを実感しました。母の毎日の本当に献身的な介護のおかげで、父はとても幸せな在宅生活を過ごすことができたことを、父も喜んでいると思います。

父はC型肝炎から、肝臓がんになりました。初めての手術から3年と4ヶ月が過ぎます。3度の手術後の、昨年の検査の後で、もう手術は無理ですと言われたとき、そして、今年の1月半ばの検査の後で、積極的な治療は無理だ、と医師に言われたときには、父は静かに泣いていました。

一昨日の朝に2回呼吸が止まってからは一日中、濡れたような涙が光っていました。10日前には、死にたくはないと漏らしてもいました。父に死が見えて、父に死が擦り寄ってきて、父が死を覚悟して、どのような葛藤があったのかを思うと、私も泣けてきます。

父は旅行が好きで、最後の最後まで旅行に行きたがっていました。「ちいさいのをつれて、新幹線でちょっとどこかへ行こうか。」といっていたのは、ほんの半月前のことです。
父はよく仕事をしよく遊び、よき時代に、溌剌と生きてきました。良い人生だったのはよき人に恵まれてのことです。
父を知る方々に感謝を申し上げます。

今、一番にねぎらってやりたいのは母です。父もそのことはよく分かっていると思います。母へ父からの言葉が聞こえてきます。「ばあさんありがとう」「かあさんありがとう」。終わりに、母はこれ以上はない愛を父に注いできた介護であったことをご報告申し上げておきたいと思います。

父の死に 春爛漫の 風が舞い
ありがとうございました。

・・・・・

これから、団塊の世代が高齢化を迎えます。夫婦のパートナーシップが如何に大切なことかを、次に紹介する本の記述から考えてみてください。
亭主族、必読の書です。

「子どもが育つ条件」柏木惠子著
岩波新書 2008年7月18日発行
126p〜
現在、離婚が増加している中高年は、子を育て上げ、そろそろ夫婦二人でゆっくりという時期です。以前は子育て終了後の夫婦二人の生活は、それほど長いものではありませんでした。
それが、長命となり著しく延長しました。配偶者の介護もその間生じます。最近、進んできている高齢期夫婦の研究によりますと、七〇歳以上で現在、健康な男性の七四%は、自分が寝たきりになったときの介護は妻を当てにしており、一方、夫を当てにする妻の方は三〇%にすぎません(直井道子『幸福に老いるために』勁草書房、2001年)。しかし結婚以来の夫婦関係がよほどよくなければ、高齢期の配偶者介護は危ういでしょう。
 高齢期カップルの夫婦関係の質と幸福感との関係を検討した最近の研究によりますと、夫と妻が相互に愛情をもって尊敬し合い、結婚に満足している調和的な夫婦は四〇%で、残りの過半数は表面的に仲の良さを取り繕っていたり、片方が妥協したり我慢したりしている夫婦だということです(宇都宮博『高齢期の夫婦関係に関する発達心理学研究』風間書房、二〇〇四年)。このような夫婦では、配偶者の介護が大変難しいことは容易に予想されます。次に掲げる、六五歳の女性による投書「止められない暴力」は極端なケースにみえますが、長年の夫婦の関係が介護という危機的状況には悲劇となる事情を伝えています。
「また夫に暴力を振るってしまった。もうやめようと固い決意をしたのに。
 夫は七五歳で、まだらボケがある。いくつも病気を抱えて週三回の通院に付きそう。トイレと食事は自分でできるのでありかたいと思う。一人で外出するが、時間の感覚がないので、遅くなると探しに行く。このぐらいは苦にならない。
 が、私が腹を立てるのは、夫が若い頃から身勝手で、妻などは自分や家族のために働く道具ぐらいに思い、田舎者の私だけでなく、私の実家の悪口を毎日の酒のさかなにしたことだ。若かった私は何の反論も出来ず、どれほど悔しい悲しい涙を流したことか。全部子どもたちのためと耐えた。
 それを見かねた神様が、私の味方をし、今では立場が逆転してしまった。それでも夫の性格は直らず、今でも私をバカにしたりする。私が暴力をふるってしまうのはそんな時だ。あの頃と同じ憎らしい夫の顔、あの時もこんな顔だったとつい手が出てしまうのだ。
今、高齢者への虐待が問題になっている。もちろん虐待はよくないが、高齢者のなかには妻や夫、息子の妻などへの来し方に原因がある場合もあるのではないかと思う。自分のことを大事にしてくれた人なら、老いて手間のかかるからといって暴力など出来るものではないのではないだろうか」       (『朝日新聞』2003年11月20日付)
このように、夫婦二人でゆっくり「おだやかな老後」というイメージはもち難くなりました。結婚の理想とされる「添い遂げる」「死が二人を分かつまで」となるには、老後は長過ぎるものとなったのです。

「老後は長過ぎるものとなった」のですね。
以下のようなことに心当たりのある人は気をつけてください。
139p
衡平性は家族でも重要
 「白分か家族を食わせている」「誰のおかけで食っていると思うのか」などと妻や子に対して威圧する話を、現在でも耳にします。そうした言葉は性の強要や身体的暴力に匹敵する心理的暴力であることから、DV(ドメスティック・バイオレンス)の範疇にも入れられています。ここには、「妻子のために働く」のは男のつとめという男性ジェンダーヘの囚われ、「食わせてやっている」のは男の甲斐性であり誇りだとの心理もうかがえます。社会では経済力は往々にして権力と結びつきますが、こうした夫の態度にも、一般社会と同様な関係が夫と妻の間でも起こりやすいことを示唆しています。」
144p〜
いま団塊世代が大量に退職する時期を迎え、その動向が話題ともなっています。地域のボランティア活動などをはじめる。“地域デビュー”や趣味の活動など、退職者の活動も様々に伝えられています。もちろん、そうした活動も大切ですが、もっと重要な課題は、長らく家庭不在だった夫の家庭役割の分担、子の誕生以来切れてしまった妻とのパートナーシップの再構築です。この課題は、長命に伴って夫婦の前に新しく浮上してきた、家族発達上の緊急の課題です。

 在宅ホスピス奮戦記はこれで終わりますが、
 別の機会に、医療と介護の1000冊を読む、を用意しています。

この際だからこそ、原子力の問題を徹底的に考えよう、は
原子力問題と復興への提言と改めてスタートします。
今後ともお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。
posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 16:26 | comments(0) | - | - | - |
在宅ホスピス奮戦記 19
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19 団塊の世代の介護を誰がする。

 

介護難民200万人

 大和総研の斎藤哲史氏は、「施設の受け皿の少なさと高齢者の増加を考えると、2014年ごろに『介護難民』は200万人に達する可能性がある」と指摘している。200万人とは、日本国民の50人に1人が「介護難民」になる計算だ。

 斎藤氏がその理由として説明しているのは、以下のとおりである。

 2014年には「要介護2」以上の老人が、320万人に達すると予測される。しかしそのうち、施設に受け入れられる人数は、全体の37%以下である。なぜなら、介護保険3施設や有料老人ホームなどの施設の総定員は、最大で118万人にしかならないからだ。つまり、残りの200万人が難民化する、という予測である。

 

 以上の記述は「介護崩壊」 凛次郎 著

晋遊社ブラック新書 20071220日発行

第六章        介護崩壊へのカウントダウン 184pからです。

 

 2014年といえば、団塊の世代が65歳あたりなので、団塊の世代に本格的な介護が必要になる頃にはもっと介護難民が増えることになる。しかも、その世代の要介護度も高くなっていく。団塊の世代は環境の悪いところで競争にさらされて、ストレスの多い職場で仕事をし、よく飲み煙草を吸うのが当たり前の世代であったので、癌になる率はさぞかし高いだろう。考えてみれば、自助、自由主義の礎を築いてきた、欲望をむき出しに突き進んできた世代なので、生きる力は旺盛で、介護難民になっても心配は要らないかもしれない。私のような若輩者が要らぬお世話をすることもないかも知れない。彼らに自由に難民生活を楽しんでもらえば良いのだが、そうはいかない。難民になるのは貧困層・社会的弱者であるからであり、彼らへの負担が私の子ども達に、そのことによる大きな被害が及ぶからだ。

 

「介護崩壊へのカウントダウン」では引き続き、このように書かれている。

・・・・・

 また斎藤氏は、『週刊エコノミスト』(2007年7月17日号)の中で、「現在の介護保険財政は、事実上、単年度会計で運営されており、毎年の介護給付費をまかなうのに必要な保険料しか集めていない。現在、40歳以上の人から保険料を徴収していることを考えれば、その世代の介護リスクが高まる3050年後の保険財政を担保しなければならないはずだ」と指摘し、「介護保険は今のままでは維持できない。50年後を見据えた負担増や、施設介護重視への転換が不可避だ」と述べている。

 現行の介護保険制度では、制度を維持するために必要な財源の大半を、現役世代の稼ぎによってまかなっている。つまり、年金と同様に、現役世代が支払う保険料は、自分の将来のためではなく、今の老人のために使われているということである。

・・・・・

 介護保険というのは、もともと団塊の世代が自分の親を介護するために作られたもので、欠陥も多い。その欠陥は日本のお家芸である「改善」でしのいでいこうという、腹積もりであった。しかし、現実は「改善」では解決できない事態が起きてしまった。

 予想していた労働人口の減少による税収減以上に、日本の経済が収縮する想定外のことが起こってしまったのです。

 金融市場のグローバル化による、ファンドマフィアの勃興であった。彼らが狙っているものは新興国のバブルを根こそぎ頂こうというものです。日本の技術は円高誘導で、海外進出による新興国のバブルを煽る役目を押し付けられた。国内は気がつけば取り返しのつかない空洞化をし、政府・日銀もファンドマフィアにお手上げとなってしまっていたのです。今や日本は環境・観光・医療介護のお零れ経済政策しかない、惨憺たるものになろうとは誰も創造していなかった。だからハーバードを牙城としたステルス複合体に気をつけろ、日本人はもっとファンドを勉強しろ、ITや英語を勉強しろと警告してきたじゃないか・・・という学者も多いだろう。

 インフレターゲットも日本の為替介入も巨大化したファンドマフィアにとっては、もはや子どもの遊びにしか過ぎない。次に彼らが狙っているものは資源国の内紛を利用して、独裁者の尻の毛まで毟り取ってやろうという、「正義」の闘いだ。

 日本の予想以上の国家の危機に、「改善」は情報操作による国民への欺きとして表れた。それが社会保障も含めた国民的議論を宙に浮かせるものとなって、悪循環のスパイラルに陥いらせてしまっている。

  

 今は介護の話をしているので政治や経済の話は後にして、では団塊の世代の介護難民はどうなるのか?

187p〜

 「団塊世代」の出現により、核家族化が進行したため、高齢者介護においても、一気に家庭の介護力が低下してしまった。そのため、社会全体で老人の面倒を見る必要に迫られてきた。

そこで誕生したのが介護保険制度であり、現役世代が稼いだお金で、今の老人の面倒を見るという現在の制度が生まれたのだ。

 しかし、現行の制度のままでは、今後、団塊世代の高齢化が進み、介護費用が爆発的に増えた時に、どうやって収支のつじつまを合わせていくのかが、まったく不透明なのである。

 税制改革も含めて、長期間に渡っても矛盾の出ない、新たな高齢者福祉ビジョンを打ち出すことが必要になってきている。

・・・略・・・

団塊世代が介護される側に回る頃には、確実に、家庭内での介護の人手はいなくなる。核家族化と男女共同参画社会の実現により、女性の社会的地位が上がり、女性が家で介護に従事するよりも、外に働きに出て行ってしまうという事態が予想されるからである。

 今後、ますます在宅サービスに対する給付が制限されるため、両親に十分な介護を提供するには、自腹を切ってヘルパーを頼むか、誰かが働かないで面倒をみるか、どちらか一方しかない。しかし、これではまるで、介護保険制度が導入される以前と、まったく同じ状態ではないか。

 

 団塊の世代の多くは、どうやら「介護地獄」におちていきそうだ。 

 

第1章 虐待と介護殺人

高齢者虐待

 介護に疲れ、生活にも困窮し、金銭的にも精神的にも追い詰められた、高齢者を介護する家族たちによる、殺人、心中、虐待などの事件が相次いでいる。介護の負担を社会全体で担い、家族にかかる負担を軽減しようという目的で始まった「介護保険制度」だが、この制度が始まってから7年が経過したにもかかわらず、介護をめぐる悲劇の数はいっこうに減る気配がない。

 殺人事件や心中事件などの場合は、新聞やテレビなどで、事件のあらましや犯行の動機などが明らかにされ、発生件数などの統計も発表されている。だが、「虐待」事件となるとその多くが密室の行為によるもので、実態はほとんど明らかにされていない。

 

では、施設ではどうなのか、

第2章        介護ヘルパーの犯罪 48p〜 

 ヘルパーによる虐待

 虐待の加害者は家族だけではない。

 第一章で紹介した「2006年度の高齢者虐待の実態調査」では、老人福祉施設や有料老人ホームなど、老人を介護するための施設内での虐待も、53件が確認されている。

 虐待を行っていたのは、約8割が介護職員で、中には施設長や管理者が加害者となっているケースもあった。虐待の現場となっていたのは「特別養護老人ホーム」が最も多く(約36%)、続いて「介護老人保健施設」、「認知症高齢者グループホーム」の順となっている。また、施設内での虐待の通報者は、「親族」が約25%と最も多かった。

 ・・・略・・・

また最近では、安さを売り物とした民間の無認可施設が増え、劣悪な環境下で身体拘束されるケースも報告されている。こういった無認可施設には、介護保険が適用されず、入所者の毎月の利用料から施設運営費に回さざるをえない。そのため使える金額が少なく、入所者の数に対して、実際に介護にあたれる職員の数が圧倒的に足りない。そのため、夜間は当直も置かずに、入所者にただオシメを着けてベッドに縛りつけたままにしている虐待のケースもある。

 この場合でも、家族が「虐待だ!」と騒ぐケースが少ないのは、「在宅介護が無理な上、値段が安いとなれば、預かってもらえるだけでもありかたい」と、まるで、家族と施設が合意の上での虐待であったことを窺わせるような答えが返ってくる。

 

 更にこういう指摘まである。

189p 前出の大和総研・斎藤哲史氏によれば、50年後には総人口の約9%が介護保険の対象になるという。それはつまり、親の面倒をみるために、「多大な労働力を介護に固定することになり、それは他産業における労働力不足に直結し、経済成長率の低下を招き、生活水準の低下へと向かう」ことになる。                20に続く

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 18:38 | comments(0) | - | - | - |
在宅ホスピス奮戦記 18
JUGEMテーマ:病気
 

父は天国への階段をもう一段昇ったようだ。肝性脳症が強くなった。訳の分からないことを一日中喋り続けている。時に荒々しく暴言が吐かれる。

介護は体力的にも大変だが、患者から吐かれる報われない言葉に精神的に追い討ちをかけられて、へとへとに疲れきってしまう。せん妄という病気だから、と受け流せばよいのだが、介護する側もいつも大きな心で受け止められる訳でもない。

母へは甘えがあるのだろう、暴力的な言葉を次々と浴びせていく。一日中パワハラを受けているようなものだ。やはり、介護は介護力があっても、介護できるというものではない。愛情や同情がなければ介護は出来ない。

 

肝性脳症のことは

全国肝臓病患者連合会のホームページ

「健康講座肝硬変のかたの肝性脳症について」

で詳しく書かれている。

・・・・・

はじめに

 

慢性肝炎が進行し肝硬変になると3つのこまった問題が起こります。
それは、「肝癌の発症」「食道静脈瘤の破裂による出血」「肝不全」の3つです。
 肝不全とは肝臓の働きが高度に障害された状態で、黄疸や腹水、意識障害などの症状が出ることがあります。
 今回はこの肝不全による意識障害 (肝性脳症)についてご説明したいと思います。

 

肝性脳症とは

 

肝性脳症は肝硬変が高度に進行した時に起きることがあるもので、意識障害が主な症状です。肝性脳症は比較的軽い意識障害のことから、重くなると昏睡(完全に意識を失うこと)になる場合もあります。
 一般的には、肝性脳症の重症度は昏睡度分類(下表)に従い分類します。
 特に掬戮任浪搬欧諒が「何かいつもと違う(夜寝ずに昼間寝ている、気分にむらがあるなど)」程度しかわからない場合が多いようです。
 進行した肝硬変のかたでは、肝性脳症が、出血・発熱・便秘など体に負荷が少しかかっただけでもでることがあります。

 

昏睡度分類

 

昏睡度機

精神症状 睡眠―覚醒リズムの逆転  

多幸気分、ときに抑うつ状態  

だらしなく、気にとめない態度

参考事項 retrospectiveにしか判定できない場合が多い

昏睡度

精神症状 指南力(時・場所)障害、物を取り違える(confusion

     異常行動(例:お金をまく、化粧品をゴミ箱へ捨てる)

     ときに傾眠状態(普通の呼びかけで開眼し、会話ができる)

     無礼な言動があったりするが、医師の指示に従う態度を見せる

参考事項 興奮状態がない 尿・便失禁がない

     羽ばたき振戦あり(薬学用語辞典 羽ばたき振戦 腕を伸ばしたり手を広げたりしたときに、粗くゆっくりとした不規則なふるえが起こる。筋肉の緊張が突然かつ一時的に失われるために起こるものであり、手が素早く下がった後に元の位置に戻る動きが鳥の羽ばたきのように見えることから、羽ばたき振戦とよばれる。肝機能障害が原因であることが多く、典型的なものは肝性脳症の早期に見られるが、腎不全や代謝異常による脳障害(脳症)によっても起こることがある。)

 

昏睡度掘

精神症状 しばしば興奮状態またはせん妄状態を伴い、反抗的態度をみせ

     嗜眠状態(ほとんど眠っている)

     外的刺激で開眼しうるが、医師の指示に従わない、

または従えない(簡単な命令には応じうる)

参考事項 羽ばたき振戦あり(患者の協力が得られる場合)

     指南力は高度に障害

 

昏睡度検

精神症状 昏睡(完全な意識の消失)

     痛み刺激に反応する

参考事項 刺激に対して、払いのける動作

     顔をしかめる等がみられる

 

昏睡度

精神症状 深昏睡

     痛み刺激にも全く反応しない

 

肝性脳症の原因

多数の物が肝性脳症の原因として今までに報告されています。このうち、最も良くわかってきたアンモニアやアミノ酸のバランス異常などについて御説明します。

アンモニア

アンモニアは体内では蛋白質の代謝の結果出てきます。
アンモニア濃度が血液中で上がると 肝性脳症がおきるといわれています。
肝性脳症例では血液、髄液や脳の アンモニア濃度は高くなっています。
・・・・・略・・・・・

と、以下かなり専門的な解説もあり、詳しく続く。

 父のアンモニア濃度は高い。

 脳の血流量や代謝が低下していることで、脳萎縮などもあるようです。前頭葉の萎縮は感情のコントロールも難しくなるようなので、そのことによる暴言もあるのだろう。

 看護師さんに聞くと、物を投げつけられたり、蹴ったり殴ったりの暴力を振るわれたり、噛み付かれることもあるそうです。父には今のところそのような暴力はない。

 父は、後しばらくの時で昏睡に落ちていく。話がちぐはぐでも話せるのは今だけです。

 病院に連れて行くか?という話も出たが、病院で私たちが選択する治療ならば在宅でも出来るので、入院は必要ないだろうということに簡単に決まった。

 

「神様のカルテ」 夏川草介著 小学館

に次のようなシーンが描かれていた。

 174p〜 脈をとったがほとんど触れない。モニターでは脈拍は30前後。手早くタッチパネルを操作して三十分前までのバイタルを呼び出すと、短時間ながら頻脈が記録されていた。大量下血にともなう出血性ショックだ……。私はとにかく、呆然としている看護師に「点滴全開!」と叱りつけるように告げた。

 その間に、頭の中には無数の選択肢が走り抜ける。

 昇圧剤をつかえば一時間くらいは血圧が上がるかもしれぬ。呼吸は人工呼吸器をつなげばしばらくは大丈夫だ。その間に輸血の準備をして、大量輸血を行えば、もしかしたら持ち直すかもしれない……。

 そこまで考えていながら、しかし私はそれ以上の指示を出さなかった。

 このままで、と安曇さん(患者)が言ったような気がしたのだ。

 しばしば医療の現場では患者の家族が「できることは全てやってくれ」と言うことがある。五十年前までの日本では日常の出来事であったし、その結果のいかんに関わらず、その時代はそれで良かった。拙劣な医療レベルの時代であれば、それで良かった。

 だが今は違う。死にゆく人に、可能な医療行為全てを行う、ということが何を意味するのか、人はもう少し真剣に考えねばならぬ。「全てやってくれ」と泣きながら叫ぶことが美徳だなどという考えは、いい加減捨てねばならぬ。

 助かる可能性があるなら、家族の意思など関係なく最初から医者は全力で治療する。問題となるのは、助からぬ人、つまりは寝たきりの高齢者や癌末期患者に行う医療である。

 176p 現代の驚異的な技術を用いて全ての医療を行えば、止まりかけた心臓も一時的には動くであろう、呼吸が止まっていても酸素を投与できるであろう。しかしそれでどうするのか?心臓マッサージで肋骨は全部折れ、人工呼吸の機械で無理やり酸素を送り込み、数々のチューブにつないで、回復する見込みのない人に、大量の薬剤を投与する。

 これらの行為の結果、心臓が動いている期間が数日のびることはあるかもしれない。

 だが、それが本当に“生きる”ということなのか?

孤独な病室で、機械まみれで呼吸を続けるということは悲惨である。今の超高度な医療レベルの世界では容易にそれが起こりうるのである。

 命の意味を考えもせず、ただ感情的に「全ての治療を」と叫ぶのはエゴである。そう叫ぶ心に同情の余地はある。しかしエゴなのである。患者本人の意思など存在せず、ただ家族や医療者たちの勝手なエゴだけが存在する。誰もがこのエゴを持っている。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 19:15 | comments(0) | - | - | - |
在宅ホスピス奮戦記 17
JUGEMテーマ:病気
 

17 「働き盛りのがん」について。

がん患者、お金との闘い

 

 私のような自営業であったり、零細企業の経営者であったり、その従業員であったり、不安定な就業形態であったりする人が、がんになり収入を絶たれ、治療費が大きな負担になったらどうなるのだろう。

 しかしこの本を読むと、ごく普通のサラリーマンでも「働き盛りのがん」は負担が大きいようです。

 

「がん患者、お金との闘い」札幌テレビ放送取材班

 岩波書店 2010122日発行 

 

29p〜 「働いていたとき、たくさんの税金を払ってきました。それはいざというときのため、という思いがあったからこそです。助け舟を出してくれると思っていました。ところが現実は甘くありませんでした。がんへの保障は皆無と言っていいほどありません。社会に必要とされない人間だから何の保障もないのか、まるで使えなくなったロボットなのかと思いました」

 がんという病との闘いは、抗がん剤の副作用や精神的な苦痛など、体と心の二重苦だ。だからこそ頼りたかった行政―――。しかし、そこに立ちはだかる制度や基準は、追い打ちを掛けるかのように、明美さんの心を沈ませ、絶望の淵に突き落とした。

 

27p〜  総務省の家計調査によると、2008年、貯蓄が100万円未満の世帯は全体の10.7%、10軒に一軒の割合であり、前の年の9.3%より1.4ポイント増えている。また、貯蓄があったとしても、ゆとりがあるのは60歳以上の高齢世帯で、30代の場合は平均して住宅ローンなどの負債額が貯蓄額を上回っている。

 また、給与所得者の給与は年々減少しており、国税庁の調査によると、2008年の民間企業の平均給与(1年間)は4296000円で、前の年を76000円下回った。これは過去最大の下落で、額としても1990年に次ぐ18年ぶりの低水準だ。

 働き盛り世代ががんにかかると、厳しい現実が待っている。

 

 多くの収入があり、多くの資産を持つ人にはこの本は退屈だろう。しかし、他人事ではないよな・・・と思える人は読んでおくべき本の一冊だろう。

 

43p お金の話、治療費の工面について・・・自分と同じように苦労している人がこれほどいることに、明美さん自身も驚いたという。

 体は辛いが、お金がないから働いているという人。明美さんが一度は決断して思いとどまった、離婚をして生活保護を受ける道を実際に選んだ人。抗がん剤の治療を諦めると話す、明美さんと同じ年ごろの女性もいた。

 「子どもが育ち盛りで、家のローンもある。とてもじゃないけど続けられないと、その女性は言っていました。でもそれは、死を意味します。それでも諦める人が多いんです」

 明美さんは考え直すよう説得したが、女性の決意は変わらなかった。やがて連絡がとれなくなり、患者会に顔を出すこともなくなった。いまでも彼女のことを思い出すと辛くなるという。

 何度か明美さんの患者会を取材させてもらったが、そのたびに治療費負担の厳しさについて耳にした。聞けば聞くほど、一部の人の問題ではないことが実感させられた。

 

当然、家族全員の生活も変わる。

 

44p〜 アンケートから聞こえる悲鳴

 明美さんたちの声を聞いて、私たち取材班は、がん患者や家族がどの程度、治療費について負担を感じ、悩まされているのか、実態を聞いてみたいと考えた。そこで、がんの治療費についてアンケートを実施した。

 北海道内および全国のがん患者会やインターネットのがん患者のコミュニティを通じて協力を募り、310人のがん患者本人または家族から回答を得ることができた(男性70人、女性240人、うち患者本人222人、平均年齢44歳)。

「がん治療で負担に感じているものは何か?」という問いに対して「治療費」「医療の地域格差」「医師との意思疎通」の三択(複数回答可)で聞いたところ、「治療費」と答えたのは77%(240人)で、次に多かった「医療の地域格差」の50254人)を上回った。

 さらに、「経済的な負担を感じるか?」との問いには、「感じる」と答えたのが90.3%(280人)。これは我々の想像以上であった。

 「経済的な理由で治療を諦めたことがありますか?」という問いには、10%の31人が「諦めたことがある」と答えた。

 自由にコメントしてもらう記入欄には、切実な声が記されていた。その一部を紹介する。

 

「やはり抗がん剤が高額すぎる。家族の応援がなければ、抗がん剤治療を受けていないと思う。お金のない人間ががんになった場合は、死を選んだ方が楽と感じた」(45歳男性・大腸がん)

 

「現実問題として、借金してまで命を買ったと思えます。遂にお金が無ければ治療を断念しなければならなかったとも思います」(35歳男性・精巣がん)

 

「子ども二人、いまから中学高校と進学していく。私は病気で働けない、子どもに経済的な面以外も不自由させていると思う。治療がエンドレスだから、こんなにお金がかかるなら、早く死んだほうがいいのかもと思います」(44歳女性・乳がん)

 

「現在は抗がん剤を服用し六か月ですが、来年から子どもを幼稚園に入れるのでそろそろ諦めねばなりません。子どもが幼稚園を楽しみにしているので。医療費の上限が月一万〜二万円くらいになってくれると非常に肋かるのです。確かに生存率が格段に上がるわけではないですし……。結局は個人が数パーセント生存率を上げるために自分の意思でやっている治療だから、高いお金を払うのは当然ということでしょうか……」(37歳男性・舌がん)

 

「私は治療費の負担や仕事ができないことでの金銭面の負担が大きかったため、市役所に相談しましたが、門前払いでした。生活保護になられたらいかがですかと言われました。本当にそっけない態度で悲しい想いをしました」(35歳女性・胃がん)

 

 では、がん保険に入っていたら安心なのだろうか?

 

50p がん保険に入っていたのに……

 では、がん保険に入っていれば、治療費の負担に苦しめられることはないのだろうか。アンケートからは、そうとも言えない実態が見えてきた。

 「がん保険に入っていた」と答えた入に、「保険で治療費が十分にカバーできたかどうか?」を尋ねたところ、「十分だった」と答えた入は34.6%で、残る65.4%の入は保険のカバーが十分ではなかったと答えている。

 これは、がん保険の保障内容と、治療の現状との乖離があるためだった。アンケートでがん保険に加入していた人に対して、「抗がん剤治療に保険は適用されたか?」と尋ねたところ、半数が抗がん剤治療にがん保険が使えなかったと答えた。なぜだろうか。

 

あなたのがん保険も見直してみる必要がある。通院保障も含めて。

この本が訴えている問題は、がんの問題というよりも日本の社会保障の理念を問う問題だろう。何のための社会保障なのか?

2007年の4月、がん対策基本法が施行され、国ががん対策に乗り出した。国は、「がん対策推進基本計画」を作り、その計画に基づいて、各都道府県に対して、具体的ながん対策を委ねた。

北海道も独白のがん対策推進基本計画を作る段階にあり、患者会は64842人の署名を集め、条例作りを請願していたが、実現されなかった。

 84p〜 がん対策の条例化は、都道府県が、どれだけ真剣に取り組んでいくかという意気込みの現れであると同時に、地元のがん対策を進めるうえで、予算確保の面などからも理解を得られやすくなる。

島根県に続き、高知県、新潟県、神奈川県、長崎県、奈良県が、市では、島根県出雲市と和歌山県岩出市が、がん対策の条例を制定し、ほかにもいくつかの県で条例化の動きが活発になっている。

 

 姫路市ではこの春から、医療を守る市条例の議論を始めたいと思っています。当然、がん対策条例も盛り込まれるべきでしょう。

 この条例に「働き盛りのがん患者世帯への経済的支援」は盛り込まれるべきだろうか?

 この本を読んで、皆さんにも考えてもらいたい。

 

    医療を守る市条例の先例は宮崎県延岡市にあります。

    今だと、皆さんの意見も盛り込めます。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 18:39 | comments(0) | - | - | - |
在宅ホスピス奮戦記 16
JUGEMテーマ:病気
 

16 鈴木亘を読む。

   国民的議論の必要性について。

政治はつねにみずから作り出した現実を相手にしている

 

 前回の混合介護の続きです。

混合介護の利点

市場メカニズムの良さというのは、具体的に、自由価格の範囲があるために、

1) 需給調整の機能を一定範囲で果たすことができ、ヘルパー不足問題等に対処できる

2) サービスの質を高める努力をする業者は高い価格が付けられるという意味で、質向上への競争メカニズムが働く

3) 利用規制・参入規制のような暴力的手段を使わずに済む

220p

価格の自由化をすると介護サービス価格が急上昇するという批判がありますが、これは、三つの意味で非現実的な意見です。第一に、公的な給付額に上限があることから、これが

価格の重石(アンカー)となります。第二に、事業者間の価格競争のメカニズムがありますから、質を伴わない価格引き上げはむやみにできません。第三に、医療とは異なり、情報の非対称性は深刻ではないので、情報の非対称性を利用した誘発需要も起きにくいと考えられます。このように、混合介護というアイデアは、現行の介護保険制度の仕組みと市場メカニズムの折衷案であり、両者の望ましい特性を備える方法なのです。

 

鈴木亘の4冊の本を紹介させてもらいました。

財政危機と社会保障 講談社現代新書

社会保障の不都合な真実 日本経済新聞出版社

だまされないための年金・医療・介護入門 東洋経済新報社

年金は本当にもらえるのか? ちくま新書

 

福祉国家における政治理論 二クラス・ルーマン著

 徳安彰 訳 勁草書房

1章 福祉国家の目標と現実

にこのようなことが書かれている。

 

扶助は、パーソナリティの認知的、動機的構造の変化、認識や意欲の変化を計算に入れ、個々人の状況に適合しなければならなくなる。そのため、社会国家は技術の面で能力の限界に達し、道徳の面で介入の根拠づけの問題に直面することになる。

 「福祉国家の論理」について語ることができるとすれば、それは補償原理によって特徴づけられるものである。問題となるのは、特定の生活秩序によって個々人にわりあてられたハンディキャップを、どう補償するかである。しかし、ひとは補償概念をもちいた一定の経験があると、補償を普遍化する傾向がある。なぜなら、問題設定しだいで、すべての格差が補償の対象になりうるし、それでもなお他に格差が残るか、新たな欠損が生じるかして、それがまた補償を要求するからである。すべてが補償されなければならないのなら、補償もまた補償されなければならない。補償の概念と過程は再帰的になる。だがそれとともに、補償権限もまた、思考上、物質上、その限界に達し、無権限を補償する権限という問題に直面する。

  補償を普遍化する傾向がある

  補償もまた補償されなければならない無限回帰

  補償権限の限界

日本の現状もまた、

社会国家は技術の面で能力の限界に達し、道徳の面で介入の根拠づけの問題に直面する現状となっている。

つまり、社会国家か、福祉国家へ移行していくか、の選択が迫られるのです。

著者はそこに、少なくとも三つの経験領域の考察が必要だと述べている。

 

第一の領域は、急速に拡大する環境変化にある。この変化は、産業社会がひきおこしたものであり、政治的財源がなくては制御することができない。このことは、限りある資源の問題についても、再利用できない廃棄物による環境負荷の問題についても、同じようにあてはまる。

 第二の経験領域は、福祉国家の費用の増大から生じる。費用の増大は、日常的な財政問題を生み出すだけではなく、他の財源にくらべて国家予算の割合が相対的に大きくなることによって、政治システムと経済システムの分化を危うくする。

 第三に――この場合はとくに原因の帰属が難しいのだが――、近代社会は、産業、豊かさの政治的な保証、学校形式の教育、マスメディア、余暇消費の提案などによって、典型的に予想できる人間の動機状態を変化させる、とくにそのときどきの青少年世代の動機状態を変化させる、ということから出発しなければならない。それが意味するのは、福祉を受けるべき側、政治が善意から力をそそぐ側の人びとが、福祉を享受する心構え、福祉に対する感謝の気持ち、それにみあう政治的「忠誠」といった態度をつねにとることが期待できない、ということである。

  急速に拡大する環境変化には政治的財源がなくては制御することができない。

  費用の増大は、政治システムと経済システムの分化を危うくする。

  福祉に対する感謝の気持ちを常にもつことは期待できない。

二クラス・ルーマンは更にこのように述べている。

政治はつねにみずから作りだした現実を相手にしている。政治が対峙しているつもりの欲求、感謝のなさ、ほとんど解決不能の問題は、部分的には政治がみすから作りだしたものである。

官僚制というテーマを考えてみればよい。そこからは、遅かれ早かれ、自己の目標に対する破綻した関係がでてくるはずである。

 

日本の社会保障は今、すでに技術的な限界を向え、際限のない道徳的な迷宮に入ろうとしているのか。

そうではないことを述べてきた。

介護者慰労金・赤ひげ診療制度・持続可能な年金改革・混合介護

等の構造改革が必要でしょう。

二クラスの言うように社会保障への感謝の気持ちが持続しないものであるのなら、金銭的なインセンティブが必要となるだろう。法的規制の強化は官僚支配を強める弊害も大きくなる。福祉国家における政治理論については、詳しくは別の機会で述べたい。

 

この回の終わりに金銭的インセンティブの有効性について紹介したい。

「だまされないための年金・医療・介護入門 」東洋経済新報社 より

 コラム8より 喫煙について抜書きしました 誤解のないように本書を読んでください。

  効果の大きい金銭的インセンティブ

 金銭的インセンティブについては、過去多くの医療経済学の研究がその有効性を主張してきました。そのうち、喫煙は最も精力的に研究が進んでいる分野ですが、喫煙の価格弾力性(1%の価格上昇で、何%の需要が減るかという値)は、多くの研究でマイナス0.3〜マイナス0.5程度の値となっています。これは、10%の価格上昇で、3〜5%の喫煙量が減少することを意味します。

 対策として特に重要なのが若者の喫煙行動ですが、若者の喫煙の価格弾力性は、多くの研究で大人の場合に比べて非常に高いことが知られています。また、若者の喫煙率が減少すると、ビア効果(友達・級友効果)の影響から、喫煙開始の選択や喫煙開始年齢も改善することが知られていますので、全体としての喫煙量減少はさらに大きなものとなります。

○ 効果が不透明な非金銭的インセンティブ

非金銭的インセンティブは禁煙場所の規制効果や警告ラベルの印刷が義務付けられたことによるタバコ消費量が減少したことが研究報告されていますが、効果が限定的であるようです。 以下抜書き。

 一般的な教育、啓蒙、広告、医師の指導・勧告によるリスク情報の提供については、まだ、それほど明確な結論が得られているわけではありません。そもそも、飲酒や喫煙習慣を持ったり、肥満している人々が、リスク認識が低かったり、知識が不足しているのかという点について喫煙についてはすら、多くの研究でまだコンセンサスが得られているとは言えません。特に、喫煙については、喫煙者のほうがリスク認識がむしろ高いとする研究があるほどです。・・略・・

 本人の健康が悪くなる以外にない(懲りねば悟らない)とする悲観的な研究もいくつか報告されています。したがって、効果がはっきりとしない、あるいはすでに実行されてしまっている非金銭的な対策よりも、患者に対する金銭的インセンティブを付与することが、今後の生活習慣病対策としてより重要であると考えられます。

 

 「鈴木亘を読む」の5回は私の父の病状を紹介するところから始まった。そこでがんの地域連携パスの成功を望むことも書いた。この連携パスが姫路でスタートすることにあたって金銭的なインセンティブも十分に考えていくことが必要でしょう。地域医療が崩壊しないためにも、患者の満足度を上げていくことを同時に実現できる、しかも地域活性化につながる金銭的インセンティブについて、「介護者慰労金」から都合9回にわたって、簡単にではありますが、述べてきました。連携パスについて、詳しくは来月から用意している「明日の在宅医療」で記述していく予定をしています。

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在宅ホスピス奮戦記 15
JUGEMテーマ:病気
 

鈴木亘を読む。

   国民的議論の必要性について。混合介護について。

 

介護の問題は大きく3点ある。

介護の保障制度が持続可能なものであるのかということ、

介護家族の負担感、

介護職員の労働力不足、です。

 

混合介護の紹介に入るまでに、一冊の本を紹介したい。

「在宅で死ぬということ」押川真喜子著 文集文庫

 著者は聖路加国際病院訪問看護科ナースマネージャーです。

はじめに 

 私の仕事は、その最期にむかう患者さんやご家族との出会いから始まることがほとんどです。悲しい出会いではありますが、百人の患者さんには百通りの生き方、最期があります。ひとがいつかは行きつかなければならない最期にむかって、どのように生きていくか、家族はどう見守っていくのか、私はその都度、たくさんのことを学び、また考えさせられます。

 この本は、私が出会った多くの患者さんの中から、「在宅で死を迎えた方」を中心に、出会いから別れまでを、訪問看護師として振り返った記録です。

 

 この書の最後の記録には自分の父の死のことが書かれている。

 たとえ医療者といえどもこれだけの葛藤があるのか・・・、正直な私の気持ちです。

 

284p 私は在宅療養の現場をはじめあらゆる場面で、治療方針や、入院・在宅の決定などに関して家族間の調整を行ってきました。そのつど、おなじ家族でも価値観、倫理観、死生観がなんと違うのだろうと感じることが多々ありました。

 正しい、間違っているという問題ではないのですから、ひとつの意見にまとめること自体が、大変なことなのだと、自分の家族をみて改めて実感しました。

285p そして自分が受けとめられない父の気持ちを、リエゾン看護師(精神看護の専門看護師)に受けとめてもらうよう、お願いしました。家族の誰にも固く心を閉ざして気持ちを表に出さない父を、もてあましていたのかもしれません。

286p〜 私は医療者として、そして一般的な感覚からしても、患者にとって在宅で過ごすことが、なによりもQOL(生活の質)を向上させることにつながると患っています。そう実感することが、私か訪問の仕事をする原動力になっているのです。

 それなのに自分の家族が、自宅を安らぎの場として求めていないのです。でもいまでは、それが父の家族への精いっぱいの思いやりだったと納得するようにしています。みなに迷惑をかけることが苦痛だったのだと……。

 結局、私たち家族は、父を家に連れて帰ることを決断しました。

 そこでも家族間には、一波乱ありました。医師であり、父の経過をいちばん客観的にみていた弟は、母の介護だけに頼って在宅療養を行うのは無理だという判断でした。私も、忙しい仕事のあいまをぬって、どれだけ協力できるかには不安がありました。兄のお嫁さんにも少し協力してもらおうかなどという話も出て、家族間でさまざまな意見がぶつかりあいました。

289p〜 介護能力だけあっても、患者に対する愛情や同情がよほどなければ、在宅は維持できないと思います。

291p 家族調整には、家族のそれまでの生活歴から、家族でも個々で異なる倫理観、人生観、死生観を、十分に理解したうえで、患者だけでなく、家族の生活も保障できるようなアプローチが必要です。しかし、現実には、家族の誰かが犠牲になることが多いのです。在宅でがんばっている患者・家族は、少なくとも、患者を思いやる気持ち、患者も家族に感謝する気持ちがとても大切なポイントになると心底感じました。

292p 家族でも、おたがいの気持ちはわからないことだらけなのかもしれないと、身にしみて感じたのは、この在宅療養からでした。

293p いま思えば、手術をしたのは父の意思でしたが、その後の胃瘻をつくったり、気管切開をしたり、リハビリのための入院、そして在宅療養、再び入院などの処置は、すべて父の意思ではなく、家族の意向で方針が決められていった気がします。

 最後の入院に車で向かうとき、付き添ってくれた訪問看護師から父の涙を見たと伝えられ、それがなんの涙だったのか、なにをいいたかったのか、最後まで父に問うことができませんでした。

 それから約三ヵ月後、入院してそのまま父は帰らぬ人となりました。

295p 私は、入院せずに、もう少し在宅でがんばれたら、どうなっていただろうかと、いまでもときどき考えます。そして、“父は幸せだったのだろうか”と。

 少なくとも病気になるまえは、幸せを感じることがあったと思います。しかし、家族に甘えたり、ストレスを表に出せる性格ではなかった父にとって、病気になり、人の手を借りなければ生きることができなくなった時点で、生きることをあきらめていたように感じました。

 普通、誰にとっても、いちばん安らぐ場所は自宅なのだと思われます。

 医療者は、できれば少しのあいだでも、患者が在宅療養を送れるよう、その調整に力を注いでいます。しかし、在宅療養が必ずしもベストではなく、在宅の限界があることも事実なのです。

 

・在宅療養はQOL(生活の質)を向上させることにつながる

・リエゾン看護師(精神看護の専門看護師)に受けとめてもらう

・患者だけでなく、家族の生活も保障できるようなアプローチが必要

・在宅の限界があることも事実

 

「在宅の限界があることも事実」。皆さんも読んで考えてもらいたい。

 そして、持続可能な介護制度とは何かを考えたい。

 

『だまされないための 年金・医療・介護入門』

鈴木亘著 東洋経済新報社 20092月発行

介護労働力不足問題への正しい対応方法

 介護報酬改定という仕組みには欠点が多く、合理性も存在しないため、近い将来に、価格自由化を行うべきであると私は考えます。

 なぜならば、第一に、介護報酬は三年に一度という非常に遅いタイミングでしか行われません。これでは、市場の需給をスムーズに調整することは不可能です。

 また第二に、中央社会保険医療協議会(中医協)ほどではないにせよ、財政問題への危機意識や政治的力学の中で、需給状況を反映した正しい価格改定が十分に行われるとは考えられません。実際、2006年の改定は需給調整という意味では完全に失敗に終わりました。

第三に、介護サービス分野は、医療とは決定的に異なり、規制の根拠となる「情報の非対称性」が重要ではないからです。医療の分野では、確かに医師と患者の間にこの「情報の非対称性」という問題が大きく、ある程度の価格規制もやむをえない面があります。しかしながら、介護の分野は、それまで家族が代わりに介護していたぐらいですから、情報の非対称性は深刻ではありません。その場合、医療のように、価格規制をしながら市場に近い需給調整を行うという困難な道を模索する必要はありません。一気に自由化すれば良いのです。

218p

財政問題への対応は、財政方式転換と「混合介護」の導入で

 介護報酬単価で介護給付費のコントロールができないとすると、財政問題をどう解決するのかという課題が残ります。

 この点は、まず第一に、財政方式を転換することで対応可能です。

・・略・・財政方式を積立方式に変えることで、現行水準の給付を続けても、介護保険財政の維持可能性は確保されます。価格規制によって無理に給付を引き下げてゆく必要はありません。

 しかしそれでも、何らかの理由で介護保険給付費を抑制したいという場合には、第二の方法として、「混合介護」という仕組みを導入することが考えられます。「混合介護」とは、介護給付費としては「介護報酬単価」に対する九割を給付するが、実際の「介護サービスの価格」自体は、自由に事業者が決めても良いとするものです。つまり、サービスの質水準や市場実勢に応じて変化する「介護サービスの価格」と、薬価基準のように財政上の都合も勘案して決まる「介護報酬単価」が同一ではなく、乖離するという制度となります。

219p

自己負担と保険を組み合わせるので、医療における「混合診療」(全額自己負担となる保険外診療と、一部自己負担で済む保険診療を組み合わせる診療のこと)と同様、このよケなやり方を「混合介護」と呼んでいます。このやり方ですと、価格自由化によって「介護サービスの価格」がたとえいくら高くなろうと、財政的な負担はある範囲内に収めることができますし、市場メカニズムの良さを損なわずに済みます。

 

・財政方式を積立方式に変える

・「混合介護」という仕組みを導入

次回に続く。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 18:01 | - | - | - | - |
在宅ホスピス奮戦記 14
JUGEMテーマ:病気
 

14 鈴木亘を読む。※国民的議論の必要性について。

「政治的な年金制度の破綻」を避けるための世代間不公平の是正について。

 

もうすぐ年金受給世代になる人々に対して、政府が今後支払いを約束している年金受給総額(厚生年金分のみ)は、・・略・・、実は670兆円も存在しており、現在待っている積立金の130兆円を除いても、まだ540兆円もの債務超過(年金純債務)が存在しています。

 つまり、私たちは、まったく新しい白いキャンバスに給を描くように改革を行うことは  できないのであり、古い絵を塗りつぶすように、この債務の処理に道筋を付けない限り、新しい積立方式の年金制度に移行することはできません。

 これにはまさに「血を見るような」国民的大議論が必要となります。

 

・・・これにはまさに「血を見るような」国民的大議論が必要となります。

多分そうなるだろう。その時期も遠くはないだろう。

これは、「年金は本当にもらえるのか?」鈴木亘著 ちくま新書 

2010710日発行 の188p〜の記述です。

 

 本書は国民の教科書とも言うべき必読の書で、「血を見る」までに議論しておかなければならないことが書いてある。現状の賦課方式から、積み立て方式への改革が必要であることを説いた書です。

 本書は初級編、中級編、上級編と分かれていて、それぞれに「まとめ」がある。

まとめから読んで大体の流れをつかんでおいてから読むほうが分かりやすいのではないかとも思えるので、まとめを紹介してみたい。

 

79p 初級編のまとめ

▽年金制度、年金問題を理解することは難しいことではありません。

▽基礎年金制度は単なる財政支援のための仕組みであり、日本の年金制度が職業別に分立している状況は改善されていません。

▽日本の年金制度は、現在の高齢者を現在の現役層が支えるという「賦課方式」で運営されています。

▽日本のように、人口減少、少子高齢化が世界最速で進む社会においては、賦課方式の下で、現役層や将来世代の負担は著しく高まり、世代間不公平が非常に深刻となります。

▽厚生年金の場合、1940年生まれと2010年生まれの世代間格差は、実に5460万円から5930万円もあります。

▽「100年安心プラン」は、既に崩壊しています。政府、厚生労働省は、年金財政を粉飾決算で偽ることにより、国民にその事実を知らせていません。

 

150p 中級編のまとめ

▽少子化対策に力をいれても、今後40年間ほどは生産年齢人口減少、少子高齢化の進行に影響を与えることはできず、年金財政は悪化し続けてゆきます。

▽パートやアルバイトの人を年金に加入させると、一時的に保険料収入が増して、年金財政がよくなりますが、結局、保険料以上の年金給付を行わなければならないので、年金財政は悪化します。

▽厚生労働省は「将来世代でも年金は2,3倍の得」といっていますが、それは間違いです。2,3倍という数値は、保険料負担を半分にしたり、利子率の代わりに賃金上昇率を使うなどして、確信犯的に生み出した欺瞞の数字です。

▽基礎年金の税方式化で、消費税が17%になるというのは嘘です。せいぜい8〜10%になるだけですし、代わりに保険料が引下がるので、負担増になりません。

▽未納が増えても年金財政は破綻しませんが、無年金者、低年念者が増えることは、大問題です。もっとも現実的な解決方法は、基礎年金の税方式化です。

▽基礎年金の25年ルールの短縮化を行うと、一時的に無年念者は減少しますが、最終的にはモラルハザードを助長して、低年金者、生活保護受給者を増加させます。

 

226p 上級編のまとめ

▽マクロ経済スライドという厚生労働省が喧伝する年金の自動安定化装置は欠陥品で、2010年現在まで機能した試しはありませんし、今後もほとんど機能しません。

▽自動安定化装置があるからということで、5年に1度の年金改革を義務化していた法律を削除したため、今後長期にわたって、年金財政の建て直し改革は先送り可能となってしまいました。

▽民主党の年金改革で安心できる制度になるとは限らず、改革が裏目にでるリスクがあります。また、抜本改革とは別に年金財政の建て直し改革は早急に行わなければなりません。

▽年金制度が莫大な債務超過に陥っていることは事実ですが、だからといって、すぐに破綻するということではありません。それを直視することから、改革論議が出発します。

莫大な債務超過の処理を十分に時間をかけて行えば、年金制度を積立方式に移行することは、可能です。そして、その移行の果実は確実に存在します。

▽現行の年金積立金の運用機関は過度なリスクをとりやすいという構造的問題を抱え

ており、運用方法は国民の決定に委ねるべきです。

 

年金の破綻とはなにか

66p〜 年金制度は将来破綻するようなことはあるのでしょうか。まず、破綻という言葉が「年金財政」の破綻を意味するのであれば、そのようなことは、まず起こらないと言えます。意外にも、厚生労働省やその関係者が言う「年金は破綻しない」という主張自体は技術的には正しいのです。

 その理屈は簡単で、これまでの年金改革で繰り返し行ってきたように、保険料や税負担を引上げたり、2000年、2004年改正で行ったように給付カットを行えば、年金財政を技術的に維持することは可能であるからです。しかしながら、問題の本質は、年金財政が維持できるかどうかということではなく、改革の繰り返しの結果として生じる巨額の世代間不公平と、将来世代の高い保険料・税負担にあります。

 将来の国民の負担増は年金だけに止まりません。医療保険や介護保険も年金同様に賦課方式で運営されているため、その保険料・税負担は急速に高まりますし、GDPの2倍を超えて膨張しようとしている政府債務に対応するために、消費税の大幅な引上げも不可避となるでしょう。

 果たして将来の国民がその高負担に耐えられるのでしょうか。負担増を緩和するために給付カットを行っても、将来世代が受け取る年金額自体も減額されるわけですから、世代間不公平はまったく縮小しません。また現在、必要な改革が先送りされていることによって、ますます世代間不公平が拡大しています。耐え難い高負担と巨額の世代間不公平に直面した私たちの子孫が、近未来において政治的に年金制度の維持を拒否する可能性は決して低くないと思われます。

 つまり、「政治的な年金制度の破綻」は将来起こり得るのであり、やはり「年金制度は

破綻するかもしれない」と言えるでしょう。こう考えると、「年金財政」が技術的に破綻

しないということは何の救いにも問題解決にもなっていません。

 

 「政治的な年金制度の破綻」は将来起こり得るので、現状の賦課方式から積み立て方式にする必要がある。

206p 積立方式は、「老後に受け取る年金に見合う保険料負担だけをすればよい」という仕組みですので、保険料や税負担を将来にわたって一定水準に固定することができます。もちろん、給付水準をカットする必要もありませんから、いかなる意味でも負担は引上がりません。

 

 正確には本書を読まなければなりません。

 最低保障年金分を消費税として、同時期に積み立て方式にする改革案には厚生労働省の抵抗があると著者は述べている。厚生労働省が巨大になりすぎている弊害もあるのでしょう。「政治的な年金制度の破綻」は給付カットによる負担感の増大と世代間不公平の拡大によっておきる。将来の無年金者や低年金者が生活保護受給者となる問題もある。

 小沢案の基礎年金消費税化では消費税が10.5%となるが財政再建への根本的な解決には至らない。そこで、少し前に述べた「介護者慰労金」の支給額を2%の消費税で増額して高齢者とその家族の負担感を減らす。世代間不公平に対しては「若者年金」の創設を2%の消費税で、積み立て方式で行う。若者年金については少し先に用意している「広井良典を読む」で解説したい。そして、年金財政の悪化に対しては1%の積み立てを行っていく。生活保護者の増加に対しては、介護者慰労金と1%の積み立て方式の内から考えていく方向が良いのではないだろうか。優先順位は団塊の世代の高齢化に対しての介護者慰労金と1%の積み立てが急がれる。いずれ時期を見て1%の積み立てを2%3%とシフトしていけばよいだろう。負担は増えない。社会保障は年金だけではなく、医療保険や介護保険やその他の公費負担の増加も考え合わせなければならない。医療費に関しては前回の「赤ひげ診療制度」による削減、介護に関しては「混合介護」で対処する方法が考えられる。混合介護については次回に紹介したい。官僚の国民の不信感が大きい天下り先は国民の満足度が高くなる「介護者慰労金」「若者年金」等の機関への「天下り先」へと再編統合することが必要だろう。公費支出に対する構造改革を進めることで、年金、医療、介護、教育の抜本的な見直しの機会とすることが必要であるでしょう。今のままでは消費税は近い将来に20%を超えるようになるので、工夫をして国民負担を少なくしていきましょう。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 医療と介護 | 15:39 | - | - | - | - |