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デフレを考える 3 デフレ脱却のための政治主導について
 

この度の為替介入による諸外国の反応に、おかしなものを感じた方は多いと思う。その感性は正しい。日本は自国だけの判断で、円安円高を決められないのです。もっと強く言うと、アメリカの対日工作による円高であるのです。

 インフレターゲットを2%にもっていけば有効なのは皆が理解している。日銀の奇妙な論理が展開されるのも、アメリカによる圧力のためだ、と言えないが故です。

 

大前研一さんの言う「民の見えざる手」「心理経済学」が有効に活発に動くのも、インフレターゲットを2%にすれば、なお一層のことです。ドラッカーのマネジメントを勉強しても、より活用できるのはインフレターゲットを2%に政策決定してこそ、です。しかし、そうは、簡単にことは運ばない。戦後以来一貫した対日工作による影響下にある日本が、自国だけで何も決められないところに問題がある。

 

日銀バッシングをしても、官僚バッシングをしても、それこそアメリカの思うつぼなのです。政治主導とは、アメリカにnoを言えない日銀や官僚に日本を任していてはいけないということです。

 

インフレターゲットを2%にするには、強い政治が必要です。アメリカと、とことん張り合っていくには、強い日本を作らなければなりません。健全財政の確立、構造改革・規制緩和による経済活性化の準備を怠ってはいけません。そして政治改革。日本が真の経済的自立を果たす準備をしなくてはなりません。かといって右翼化したり、グローバル世界を否定したりすることになってはいけません。グローバル世界において、日本は日本の役割を果たせる国になるべきだと言っているつもりです。

その意味では基地問題も同根にあると言えます。

 

アメリカ政府はアメリカのためにあって、日本を幸せにするためにあるわけではない。アメリカ国民の利益になるのなら何でもする。それこそ戦争も辞さない。日本は何か勘違いをいているように思う。アメリカ政府はアメリカ国民のために日本を焼け野原にすることも厭わない。日本の政府はどこを見て政治をしているのか?国民のためではないのか?

 

「日銀は合理性のないルールで自らを縛り、デフレ脱却に逆行しているのです。」という批判は、アメリカの圧力から日本の金融政策が自立できないところに問題がある、と言いかえなければならないでしょう。

 

デフレからは一刻も早く脱却しなければならない。政治主導が問われています。

そのことを前提に民主党の議員と自民党の議員の提案を見てみたい。

・・・・・

松原仁議員のブログより

新内閣に徹底したデフレ対策を求める緊急提言

 バブル崩壊以降、先進国の中で日本だけが長期のデフレに見舞われ、国民は「格差」と「貧困」に苦しめられてきた。リーマンショック以降の不況がこれに追い打ちをかけ、ロストジェネレーション(就職氷河期世代)の再発、失業率の高止まり、中小企業の不振など、国民生活の不安定感はとどまるところ気配をみせない。
 さらに今般のユーロ危機により、日経平均株価の1万円割れが続くなど、経済のさらなる悪化が危惧される。
 財政の再建や成長戦略の確立は、日本の中長期的な発展のため不可欠ではあるが、その前提として、まず早期に完全なデフレ脱却を成し遂げなければならない。デフレ脱却による税収の増加なくして財政健全化はありえず、デフレ脱却による需要回復なくして成長戦略は成り立たない。
 われわれ「デフレから脱却し景気回復を目指す議員連盟」はこのたび発足する新内閣に対し、金融政策と財政政策のあらゆる手段を集中的に投入し、徹底したデフレ対策に取り組むよう要望する。ついては、次の各項目をすみやかに断行するよう提言する。

一、デフレを完全に脱却するまで、思い切った金融緩和を実行、継続する。そのために必要となる抜本的な制度改革を断行する。

一、金融政策の指針となる物価等の適正水準について、政府が数値目標(消費者物価指数対前年比2%超など)を決定する。それに基づき、日本銀行は政策手段を独自に選択し、数値目標の達成に努める。日銀は目標の達成結果について、十分な説明責任を果たす。

一、貿易・金融に過度の歪みが生じないよう、購買力平価を目安に、為替相場が適切な水準を保つよう最大限の努力を行う。特にユーロ危機に伴う現在の円高に対し、大胆かつ迅速な対策を実行する。

一、米連邦準備制度理事会(FRB)の制度を参考に、金融政策の目標として「雇用の最大化(失業の最小化)」を明記し、国民生活の安定につなげる。

一、ユーロ危機の発生を踏まえ、補正予算の編成も視野に入れ、経済の底上げ効果のある財政政策を実行する。特に中小企業など、企業の資金調達を円滑化するための制度融資などを大胆に行う。

 なお、民主党の新執行部に対しては、「成長・地域戦略研究会」報告書に記載されているデフレ対策の各項目を、策定中のマニフェストに盛り込むよう、改めて要請する。

 右、決議する。

2010
63
民主党・デフレから脱却し景気回復を目指す議員連盟

・・・・・

2006323日と少し古いが、山本幸三議員の政策提言。

「望ましい金融政策について」中間報告

自民党・金融政策に関する小委員会

当小委員会としては、以下のような政策提言を行う。

政策提言

一 「デフレ克服」というのは、政府・日銀共通の最重要課題である。これを実現するために、まず「改革と展望」で示された名目成長率(2006年度2.0%、20113.2%)を一応の政府・日銀共有の目標とし、その下で、政府は構造改革・規制緩和等により潜在成長力の向上を、日銀は「物価の安定」を図っていくということが望ましい。

 

二 [量的緩和政策解除」に当たっては、当面ゼロ金利政策を継続すること。また、長期国債の買い入れは現状を維持することが妥当である。

 

三 「量的緩和政策解除」後の市場の期待を安定化するとともに政策の透明性を高めるためにも、「望ましい物価安定の目標(その範囲)」を数値で示すことが必要である。

 

四 デフレ心理からマイルドな物価上昇方向へのレジーム転換を確実にするためにも、「望ましい物価安定数値目標」への中期的な“コミット”を明確にすべきである。これを、「ソフトな物価安定数値目標政策」と呼ぶ。

 

五 「望ましい物価安定数値目標」というのは中期的な目標であり、これによって日銀の政策運営の機動性や柔軟性が失われるものではない。短期的には、目標範囲を超えたり、実際の物価動向と反対方向の金融政策運営を行うことは当然あり得る。

 

六 「ソフトな物価安定数値目標政策」の下で経済を望ましい調整軌道へ誘導するガイドとして、中間参照値の併用も検討すべきである。

 

七 政府は、国債残高の抑制や財政規律の確保に努めるべきである。

以上

・・・・・

 

財政政策には限界があり、金融政策は経済対策としての効果が大きい。

財政支出拡大政策の限界は減税にも当てはまる。

それらのことを考慮して、政府は財政規律の確保とデフレ対策を両立する政策をお願いしたい。

 

くれぐれも、民主党は

トリッキーな財政出動案を出したり、

お子様日銀批判を鵜呑みにしてはいけない。

デフレ脱却を効果的にするのは財政再建があってのことなので、

政治主導が問われていることを心してほしい。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 政治 経済 | 12:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
デフレを考える 2 デフレで国家財政が破綻するか?
 

デフレは国家財政を破綻させるか?二つの考えを覗いてみよう

一つ目は

『日銀につぶされた日本経済』山本幸三著 ファーストプレス201079日第一刷

二つめは

『日本経済のウソ』高橋洋一著 ちくま新書2010810日 第1

 

・・・・・

『日銀につぶされた日本経済』第3章65p〜

デフレは国家財政を破綻させる

 デフレで税収が減り続ければ、当然国家財政は危機に瀕するわけであるが、これをもう少し理論的に詰めておこう。このことは、10年度予算のように税収以上の国債発行で賄うという異常な予算編成がいったい持続可能なのかどうかという疑問を解くカギとなるものである。

 結論からいえば、将来的に国債発行による財政赤字が収斂していくかそれとも拡散し破綻に向かうかどうかを決めるのは、名目GDP成長率が名目金利(典型的には10年物国債金利)を上回るかどうかである。これをドーマーの条件という。名目GDP成長率は税収の限界的な伸びを示すと考えられるので、これが名目金利より高ければ将来的に財政赤字が縮小していくだろうことは直感的にわかるだろう。

 ところが、デフレというのは名目GDP成長率がマイナスあるいはきわめて小さいことを意味するので、このドーマーの条件を満たさない可能性が強い。実際2000年代の年平均名目GDP成長率は▲0.5%であり、10年物国債金利は1.2%〜2%程度だから明らかにこのドーマーの条件を満たしていない。そういう中で税収以上の大量国債発行で予算を組むのは無責任としか言いようがない。

 国債発行が止むを得ないのなら、デフレを脱却して名目GDP成長率を十分に引き上げるという確固たる政策を打ち出さなければならない。それがちっとも見えないのが民主党政権で、これでは財政破綻に向かって猪突猛進しているようなものだ。

 

失われる国民価値

 デフレは名目GDPを減らすと説明したが、これは国民価値が失われたことを意味する。この値がどのくらいになるか見てみるために、デフレが始まる直前の1997年以降名目GDPが毎年2%で成長したと仮定した数字と実際に実現した数字を比べてみると、2007年で約190兆円の国民価値を失っていると計測される。97年からの累計では、1077兆円に達する損失である。

 デフレがいかに大きな損害を国家に与えるかということである。

・・・・・

この書によると、破綻するかも知れないということですね。

しかし、まだ少し余裕がありそうだ。

 

『絶対こうなる!日本経済』田原総一郎責任編集

 榊原英資、竹中平蔵 鼎談 アスコム 2010630日 第1

から上記の問題で気になるところを拾い出してみたい。

・・・・・

129p

榊原 いわゆる“埋蔵金”が10兆円やそこらあるかもしれないが、基本は国債の発行です。僕は国債を60兆円くらい発行しても問題ないと考えています。カネ余りだから吸収する能力は十分にある。国債トレーダーたちと話したら、70兆円発行しても10年債の金利は2%を超えず、1.3%前後で推移するだろうと。だから国債を発行し大型予算を組んで、成長への舵取りをすべきです。子供手当も、満額つけるべきです。

130p

竹中 ・・・民主党政権に必要なのは「いまは仕方なく出すが、その後の成長戦略と歳出削減で10年後の姿はこうなる」と、打ち出すことです。これは早急に打ち出さなければならない。そのビジョンを出せなければ、新たな大不況の可能性だって出てくる。

132p

榊原 いま、国債の発行残高が870兆円余りで、日本の金融資産の総量残高が1450兆円くらいです。純資産でみても、金融資産のネット残高が1100兆円余りある。だからネットでは、まだ200兆円ちょっとの余裕がある。あと5年ほどはかなり大量の国債を発行しても、金利は上がらず余裕があるってことです。200兆円分は出してもいいですね。

132p

竹中 ・・・榊原さんのいう5年は無理で、猶予期間はせいぜいあと3年でしょう。

134p

榊原 ・・・日本はアルゼンチンじゃない。国が破産するなんてことはあり得ないわけだから。仮に金融資産のネット残1100兆円と国債残高が逆転したって返せますよ。まあ、その時は毎年何10兆円も借金を返すから政府は何もできない、財政再建しなければという話になるけど。

134p

榊原 日本国が破綻するなんてことは、少なくても50年くらいは考えなくてもいい。そう思っている人は、天が落ちてくるんじゃないかと憂う人と同じですよ。ただ、このままでは10年先は心配ですね。45年以内に財政再建策を作らなくちゃいけない。

・・・・・

 

国は破綻しないが、国民生活は破壊するということですね。猶予期間は3年〜5年。

しかも50年後には天が落ちてくることまで心配しなければならないわけですか・・・。

 

・・・・・

『日本経済のウソ』

186p

国が破綻するとはどういう状況か?

 では、国が破綻するとは、一体どういう状況を考えたらいいのでしょうか。

 一つの有力な考え方としては、債務残高対名目GDP(政府純債務残高)がどんどん大きくなって、発散的に増加する状況です。たとえば国債金利が5%になって国債価格が25%くらい下がったとしても、債務残高対名目GDPは発散するわけでないので、「国の破綻」とはいえません。

188p

 債務超過というと、民間なら破綻ですが、国では簿外に課税権があるので、破綻とはいいません。ちなみに、米国の連邦政府貸借対照表においても、「資産・負債差額(ネットポジション)とは資産と負債の差額である。ネットポジションが大幅なマイナスであっても、政府が支払不能ということではない。政府には、課税権や国全体の経済基盤という債務償還のための特有の手段があり、これにより、政府は現在の義務と将来の政府活動から予想される義務を果たすことができる」という解説がつけられています。

189p

 本当に、国が破綻するとなったらどうでしょうか。

 国の資産のうち大半は金融資産であり、しかも役人の天下り先である特殊法人などの国の子会社です。親会社が破綻となったら、子会社は売却するなり処分されるでしょう。

 実際に売却できなくても、国の国債とのスワップもあるでしょう。と考えれば、ネット債務額であるのが当然です。日本でグロスの債務残高の数字が大きいのは、グロスの資産が大きいことの裏返しです。資産の大半は特殊法人などへの資金提供です。

 国の破綻という歴史上まれな事件を考える場合には、長期的な視点で債務残高村名目GDPの数字は押さえておきたい。・・・

・・・現在の日本の水準は、60%程度です。たしかに褒められるような水準ではなく、近年急上昇しているのは要注意です。しかし、かつてのイギリスは250%と酷いときもありました。日本はそれほどではないので、長期的な視点でうまく経済運営すれば、破綻することはないだろうという程度です。

・・・・・

 

しかし著者はこう述べている。

郵政民営化が後退して、郵政が破綻するとも考え合わせると、金融は社会主義化する。

国債価格が激減したり、国が滅びないようにと大増税することに国民は賛成しない。ならば、国は金融社会主義を完全復古することになる。

 グローバル世界から、置いてきぼりを食うことになる訳か・・・。

 

国は崩壊することはないが、庶民の生活は苦しそうだ。

 

『「日銀貴族が国を滅ぼす』上念司著 光文社新書

2010620日 初版1刷発行

に不思議な理論が展開されている。

・・・・・

154p

元本保証で10年後に2倍になる夢のような商品

国債価格が暴落するということは金利が急上昇することを意味する。

金利が7%ということになると、10年後は約2倍になる。

今の長期国債の金利である1.5%前後に比べると約6〜7倍になる。

勝間和代氏の講演会の後で、「国債の暴落が心配だ・・・」といった質問をよく受ける。

・・・・・

 金利が7%になった国債というものは、「7%」そのことが国債の信用を失墜した、政府・日銀がコントロールできる範囲の金利ではないので、国債が暴落したことを指している。10年後に2倍になっているどころか、国債の減額が50%以上になるかも知れない、実質デフォルトされることになる。

 金利が急騰したりする不安定な状況は多くの犠牲を生むことも考慮されたい。

 

著者の理論をお借りする。

 

団塊の世代が医療や介護に多くのお金が必要になった時に、個人の金融資産が手放されることになる。

相続人の世代が資産を持っていないので、相続税の支払いに資産を売ることになる。

国債が市場で売り浴びせられることになる。

社会保障費増大もあって、日銀がお金を刷りまくることになる。

「金利が7%になった国債」。動き出したら、ハイエナ達が集まってくる。

ハイパーインフレ発生。

国民生活崩壊。

 

という筋書きになるのでしょう。

上念氏の言うようにはならない。

 

必要なのは、あくまでも「緩やかなインフレ」と、財政再建、構造改革、政治改革です。

金融政策が効率よく運営される条件は、健全な財政が必須です。

もうひとつ、負債が手をつけられないほど巨大になりつつある、危機感が必要でしょう。

 

では、デフレ対策とは

次に述べたい。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 政治 経済 | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
デフレを考える 1
 

政府・日銀の単独為替介入があった。しかし、外為市場では米景気の二番底懸念などに端を発するドル安・円高基調に本格的な歯止めをかけるのは難しい、との見方が依然根強いようです。

政府・日銀はどの程度介入するのか?政府・日銀が介入するという姿勢を見せたことの意味は、85円前後1円程度がアメリカの機嫌を損ねない価格だと政府が示したと考えられる。

日銀は物価を0〜−1にターゲットしていたので、そのあたりに必要な円高水準と諸外国の動向を考慮した取り組みとして、様子を見ながらの小幅な取引で推移するだろうとは思うのですが、アメリカや諸外国の圧力から日銀は物価を−2への更なるデフレへコントロールしてくる可能性がある。

日銀バッシングは更に強まるだろう。日銀だけを悪者にして、アメリカの圧力を世論の目から遠ざける財務省の手腕には脱帽する。

民主党の財務省に与し易い人事はアメリカの歓迎するところだろう。

 

円高とデフレは相関関係があるので、政府・日銀は為替介入だけではなくデフレ対策も同時に行ってほしいのですが・・・。

 

相対的購買力平価

為替相場は2国における物価水準の変化率に連動するという考え方。またはそれによって求められる為替相場。 正常な自由貿易が行われていたときの為替相場を基準にして、その後の物価上昇率の変化から求められる。現在はこの求め方が主流となっている。

相対的購買力平価=基準時点の為替相場×日本の物価指数÷海外の物価指数

(ウィキペディアより)

 

デフレで物価が安くなると通貨高になる。

 

分かりやすい説明だとビッグマック指数というものがある。

ハンバーガーが米国で1ドル、日本で100円なら、1ドルは100円という値段を目安にした指数。

 

デフレとは物価が持続的に下がり続ける現象で、日本ほど長期にわたって物価が下がり続けている国は他にない。

 

日本は、いつからデフレに陥っているのか?

 

『日銀につぶされた日本経済』山本幸三著 

ファーストプレス 201079日第一刷 がお薦めです。

 内容が分かりやすくて詳細

 現状の問題点を的確に指摘

 スリリングで面白い

映画やテレビの法廷ドラマ等より、第6章の日銀のウソを暴く私の国会論戦が面白い。

 

自民党の議員が書いている本だが、他党を支持する方も偏見なく読んでもらいたい。

ここのところ日銀バッシングの本が多くなっていて、正確に冷静に日銀とデフレの問題を書いている本は少ない。ここのところデフレについての本10冊に目を通したが、『日銀につぶされた日本経済』が秀逸です。『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』藻谷浩介著 角川書店 は以前に紹介しているので、合わせて読んでほしい。

 

山本議員は1994年から各委員会でこれだけレベルの高い金融政策について質問をしているのに、なぜ、日本はデフレから脱却できないのかを、考えながら読んでもらいたい。

 

日本は、いつからデフレに陥っているのか?

『日銀につぶされた日本経済』によると、

 

GDPデフレーター(国内総生産実質的価値を表す物価指数)は1994年度後半以降97年度を除いて一貫してマイナス。97年度は消費税が引き上げられた年で、これを考慮すると、GDPデフレーターではこの15年間ずっとデフレが続いている。

 

CPI(消費者物価指数)から生鮮食品(天候に左右される)を除いたものをコアCPI

コアCPI1998年度から2004年度までマイナスとなり、ようやく2005年度からはプラスに転じるがその幅も小さく、2009年度には、再びマイナスに転落。コアCPIはバイアスの影響もあって、少なくとも0.5ポイント以上プラスでなければ実際はマイナスと判断すべきで、この基準から言うと実質的にプラスになったといえるのは、原油価格の高騰を受けた2008年度だけで、2005年度から2008年度までデフレは解消していなかった。

 

コアCPIから酒類、エネルギー価格(投機的要因)を除いたものをコアコアCPI

コアコアCPI1999年度から一貫してマイナス。

 

企業物価指数は1991年度からマイナス。

 

では、デフレの何が悪いのか

・・・・・

7章252p〜

1992年に景気後退に陥り、その後2009年まで、成長率が80年代の四分の一にまで低下した最大の要因は、需要増加の大幅な低下という需要サイドにあるといえる。92年以降、日本の成長率は90年代前半のように政策的に公共投資が増加し続けるか、2000年代前半のように輸出が急増するかの、いずれかが欠ければ、民間消費、住宅投資および民間設備投資という三つの民間内需が不振であるため、1%未満(98990809年はマイナス成長)に落ち込んでしまうのである。

この民間内需の不振をもたらしたものがデフレである。デフレによってリストラ、雇用調整が行われて労働所得が減少する。これにより経済全体の民間消費は減少する。雇用不安がある状況では、職を持った家計も将来に備えて貯蓄を増やそうとするので、彼らの消費も減少する。

またデフレは予想長期実質金利を引き上げることにより、住宅投資や民間企業設備投資を抑制する。デフレになると、企業の名目収益の減少が予想されるため、株価が下落する。同様に、名目の地代・家賃の低下が予想されるため、地価も下落する。銀行は、バランスシートの悪化した家計や企業に対しては貸し出しを抑制するようになり、民間内需は減少する。

 極め付きは、デフレは過度の円高をもたらすため、輸出を抑制するとともに、国内産業の空洞化をもたらす。

・・・・・

 デフレで誰が困るのか?第3章45p〜 要約

 

日本経済を直撃するデフレ

 デフレで物価が下がり続けるという状況になると、競争上、企業は自己が生産・販売する製品やサービスの価格を下げざるを得なくなる。そうしなければ生き残っていくことができなくなる。

 

企業は借金が返済できなくなる

 企業とは借金して設備投資や研究開発投資を行い、良いモノを生産して売った代金で、賃金を支払い、借金を返済することを繰り返している組織である。デフレで安くしか売れなくなって売り上げが減れば、約束した賃金を支払えなくなり、借金も返済できなくなる。

 

デフレは円高で企業を苦しめる

 デフレのような金融政策を続けていると円高を招くことになる。

 

デフレによる円高は工場の海外移転を促進する

 CO225%削減が企業の海外移転を後押しする政策となっている。

 地方の下請け中小企業は仕事を失う。

 失業者が増え、地方の税収も減る。

 産業の空洞化=地方経済の疲弊。

 

いよいよ下がる賃金

 働く人の賃金の総額である名目雇用者報酬は、2009年に2547275億円と1年間で約10兆円落ち込んだ。10年前に比べ5.5%の減少。

非正規雇用の拡大などで一人当たりの賃金が伸び悩んだ。

09年暮れの主要企業のボーナスも前年比二桁減となり、

労働者の生活はいよいよ厳しくなってきている。

 

デフレで賃金が下がっても住宅ローンの元利金支払いは減らないので、実質の負担は増える。

 

年金生活者

 年金は物価スライド制が導入されていて、物価の増減によって年金額も増減する。

 

銀行の貸し出しは減少している

 デフレによる株価低迷は、銀行の自己資本率減少をもたらし、この面でも貸出意欲をそいでいる。銀行借り入れに大きく依存する中小企業にとっては、厳しい事態となっている。

銀行にとって現状最も有利で安全な投資は国債である。このことが、大量に国債が発行してもそれほど金利が上昇しないで済んでいる背景。

 デフレで預貯金が大量に集まり、そのお金で銀行は国債を大量購入し政府の赤字財政を支えているという構図は、決して健全なものではない。

 

 国家運営の元となる税収が、デフレで名目GDPが減少する結果、大幅に落ち込む。

 

デフレで税収が減り続ければ、国家財政は破綻するか?

は次回にする。

 

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 政治 経済 | 18:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
民主党 代表選後に望むこと
 

今の政権与党に語られなければならないことは、大きく捉えて5点があるように考えています。

1、政治主導が実現されているか?

2、デフレ解消に対策は?

3、郵政民営化とは何だったのか?

4、福祉政策が有効か?

5、日本の国際的役割は何なのか?

 

私が最近に政治や経済について語ることが多くなっていますが、これは福祉についてこの国のあるべき姿を考えているからです。政治や経済が壊れていては福祉が充実する訳もありません。

 

1、政治主導の問題。

 

 小沢さんが官僚主導から政治主導へ変えるために、1999年に政治行政改革として、国会審議の活性化及び政治主導の政策決定システムの確立に関する法律(平成11年法律第116号)によって、副大臣と政務官をおいて権限を大幅に増やした。2001年から政府委員制度が廃止され、国会における審議の活性化と、政治主導の政策決定システムの確立が期待された。

官僚答弁をしないで大臣や副大臣が答弁をすることにもなったのですが、行政に関する細目的又は技術的事項については依然として各省庁の局長など政府職員が答弁する必要もあるとして、政府委員が政府参考人制度と変わっただけで、期待は肩透かしとなった。

昔の政務次官は権限や位置づけが明確ではなかったので官僚の言いなりになりやすいとの批判からの改革であったが、改革は機能しなかった。政治主導がいかに難しいものであるかを、つくづくと考えさせられた。

ついでに言えば、党首討論もイギリス議会を参考に1999年より小沢さんが実現している。

 

小泉内閣での経済財政諮問会議は、総理・官房長官・経済財政担当相・総務相・財務相・経産相に日銀総裁が加わった重要閣僚が2週間に一度話し合う官邸主導の会議でした。マクロ経済政策も議論されており、会議後は公開もされている。

民主党ではどうなのだろうか?

 

『日本経済のウソ』高橋洋一著 ちくま新書2010810日 第1

・・・・・

144p〜

経済財政諮問会議を除いて、二週間に一度以上、日銀総裁を入れて重要閣僚が顔を会わす機会は、これまでありませんでした。さらに、マクロ経済政策の場合、ほかの分野への影響が見えにくいために、財務省や日銀が単独でやると国全体の政策の整合性が失われることが多くなります。そこで、重要閣僚が一堂に会して話し合うことが大切になってきます。そして、会議内容をできるだけ公開して、閣僚の間で「いった」「いわなかった」などの不毛な時間のムダ使いをやってはいけません。

経済財政諮問会議が、全体のカサになって財務省や日銀にタガをはめるわけです。そのなかで、総務省や経産省が動くと、国全体としての政策がうまく回っていきます,

 

民主党の新成長戦略をふりかえる

 

ところが、先の鳩山政権では、官邸も真空状態でした。

 国家戦略局や関係閣僚の閣僚委員会もまったく機能しておらず、どこの誰も、この機能を果たしていません。アドホックに、閣僚間で話し合いはありますが、正式な会議ではないために議事録もなく、誰がなにを話したかもよくわかりません。

 その良い例が、郵政見直しでの、亀井元郵政改革相と菅総理との間の「いった」「聞いていない」という低次元のいい争いです。あるいは高遠料金の見直しの、前原国文相と党の小沢幹事長(当時)との間のいい争いも、政権内の政策決定プロセスがしっかりしていないからです。

 そうしたなかで、2009年末、予算編成のどさくさまぎれにわずか二週間程度で新成長戦略が作成されました。その内容は、自民党議員ですらかつての自民党の成長戦略かと見まちがうほどそっくりでした。

 それもそのはず、民主党政権は経産官僚がつくったものをほとんどそのまま取り人れたからです。かつて自民党がやっていた役所丸投げが、ふたたび民主党政権下でも行なわれたのです。

・・・・・

 

高橋洋一だけの意見ではいけないだろう。

民主党の最大ブレーン、榊原英資はどう言っているのだろうか。

 

『絶対こうなる!日本経済』田原総一郎責任編集

 榊原英資、竹中平蔵 鼎談 アスコム 2010630日 第1

・・・・・

榊原 いまの民主党の最大の問題は「政治主導」というようなことを言って……。

田原 こんなの大間違い!

榊原 官僚を使っていないこと。経済人を使っていないこと。経済の専門家が、政権内にあまりいないわけです。素人たちが、よってたかって事業仕分けだなんだと、バカなことをやっている。いまだって優秀な官僚は、結構いますよ。官僚機構をもっと使わなきゃいけないんだけどね。あるいは自民党がかつて竹中さんを使ったように、民間の人を使わなきゃいけないんです。ところが、そういうことがまったくできていない。だから成長戦略もへったくれもないし、ようするに、経済政策そのものがない。ほとんどないんだ。

田原 さあ困った。自民党の小泉内閣で経済・財政・金融分野を丸投げされて、一人で全部引き受けてきた元大臣。自民党政権で「ミスター円」とまで呼ばれた元大蔵官僚で、財務大臣の呼び声すらあった民主党最高のブレーン。この二人が、「民主党にはマクロの経済政策がない」と断言するんだから、本当にないんですね。

榊原・竹中 ない。

田原 マクロの経済政策がない先進国って、世界中にありますか?

榊原・竹中 ない。

 

「政治主導」という名の「素人主導」

 

田原 なんでないんですか? 僕は政治家というのは素人だと思います。官僚はプロだと思います。みんな、ここをよく間違っているんだけど、政治家から発想は出ません。発想は官僚から出るんです。その官僚が出した発想を吟味し、決断するのが政治家なんです。

だから成長戦略にせよ経済政策にせよ、自民党からも民主党からも出るはずがない。だから榊原さんから出なきゃいけない。

榊原 もちろん、最終決定をするのは政治家です。しかし、官僚や経済人をブレーンとして使わなくてはいけない。                           

田原 ところが、民主党は官僚も学者も、そのプロを使わないという政策ですね。なぜ?

竹中 「政治主導」という名の「素人主導」になっている。これに尽きると思います。民主党が最初に言っていたとおりにやっていたら、こうはならなかったと思うんですね。最初は、ポリシーボード(最高政策決定機関)としての経済財政諮問会議を廃止し、国家戦略局を作って、これに主要閣僚と専門家を人れて議論していくと約束した。決定権まで与え、調査・審議するだけの諮問会議より強い機能を持たせる。しかも経済財政だけではなく外交もやると。これは大いに結構な話だと思っていたら、10か月たってもまったく微動だにしない。

田原 国家戦略室の担当大臣だった菅直人が間違ったんだ。彼はどういう男ですか?

榊原 僕は、よく知っています。優秀な政治家ですが、経済についてはそれほど詳しくない。だから経済がわかる人をそばに置かなきゃいけないんだけど、やってないね。

田原 いま、ほとんど財務省・勝栄二郎主計局長のいうとおりにやっている。

榊原 まあ勝さんは優秀だから、そうしてりゃ間違いないんだけどさ(笑)。

竹中 民主党政府は、官僚のアイデアを使っていない面が大きくある一方で、官僚のいいなりになっているわけですよ。官僚が自分たちの権益のためにやる部分までも、丸投げにしている。実体は、ものすごい官僚主導です。

田原 長妻昭大臣の厚生労働省が、その典型。

榊原 道路もそうですね。

・・・・・

 

厳しい意見が交わされている。

『日本経済のウソ』152pではこんな指摘もある。

・・・・・

2010216日、当時副総裁兼財務相だった管総理が衆議院予算委員会で「1%程度の物価上昇を政策目標にすべきだ」とし、インフレ目標の導入を促しました。

ところが、218日、白川総裁は、現状の枠組みは最適との考えを示し、インフレ目標の導入を否定しました。管総理もずいぶんと軽く見られたものです。

・・・・・

 

管さんのいう1%は効果が薄く、2%が必要であることも問題だろう。

・・・・・

『日本経済のウソ』 156p

インフレ目標を2%にすると、実質金利が下がり、設備投資も出てくるのです。経産官僚によるヘタな産業政策も不要で、民需が出てきて名目4%になります。それと同時に増税なしで経済成長による増税で財政再建は達成できるのです。

・・・・・

 

次のブログで、

2、デフレ解消に対策は?と日銀の問題も取り上げたい。

 

『日本経済のウソ』にも『絶対こうなる!日本経済』にも日本経済は崩壊しないと、いう項目があるので買ってみた。が、両書とも数年は大丈夫だが長期的な展望をもった取り組みがないと危険だとの指摘がある。

 

民主党はチームでの政治を言っているが、結局は「船頭多くして、船、山に登る」になりはしないだろうか。チーム監督の統率力、コーチの指導力、キャプテンの先導力を求めたい。

 

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 政治 経済 | 12:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
マスコミの問題について
 

民主党の代表選挙は公平か?決して公平ではない。マスコミの誤った報道により、国民は小沢氏に誤った印象を持っているからだ。民主党の議員も党員も世論の偏向に悩まされている。

私は小沢氏を擁護するために書いているわけではない。私が代表をしている医療政策を研究する会は、民主、自民、公明、共産の超党派で議員が参加しており、私は中立の立場で活動をしている。どこかを一方的に支持していては会が成り立たない。前々回の「政治と金の問題」も前回の「検察の問題」もこの度の「マスメディア」の問題も厳正に中立の立場で書いているつもりです。

 

前回の「検察の問題」で紹介した

『検察が危ない』郷原信郎著 ベスト新書

はもう購入されただろうか?是非に読んでもらいたい。

60p〜61pにはこう書かれている。

・・・・・

疑惑のNHKニュース

 検察の大久保氏起訴を受けて、小沢氏が重ねて違反事実を否定し、捜査・起訴の不当性を訴えて、代表続投の意向を表明した。その直後の25日午前零時から翌朝にかけて、「小沢代表の秘書が『西松建設からの献金だと認識していた』と、収支報告書へのうその記載を認める供述をしていることが関係者への取材でわかった」とトップニュースで報じたのがNHKだった。

 この報道がきっかけとなって、多くの新聞、テレビが、「大久保隆規秘書、容疑事実を大筋で認める供述」などの報道を行った。

 この「西松建設からの献金だと認識していた」との文言を、視聴者は「西松建設の資金で行われた献金だったと認識していた」という意味に理解したと思われるが、政治資金収支報告書への記載を求められているのは「寄附の資金の出資者」ではなく「寄附の行為者」である。「西松建設からの資金による献金」と認識していただけでは虚偽記載の犯罪は成立しないのであり、このニュースの意味するところは極めて曖昧だった。

 27日、大久保氏の弁護団は、大久保氏が自白していることを真っ向から否定した。このコメントに照らせば、「うその記載を認める供述をしている」との放送は完全に事実に反する。

 

この後、各新聞、テレビで世論調査が行われ、「小沢代表の説明に納得できるか」「小沢代表は続投すべきか」という質問に対する回答結果が、翌週の初めに次々と公表された。NHKの報道と、それに追従した他のメディアの報道によって、多くの人が、起訴された秘書が違反を認めているのに、なおも違反を否定し続けている小沢代表は「苦しい言い逃れ」をしているとの印象を受け、「小沢代表の説明には納得できない」という回答に誘導されたと考えられる。

 これらの報道が、小沢代表秘書が起訴されたことをどう受け止めるべきか、国民に誤った認識を与えたことは否定できない。

・・・・・

私達は誤った認識で判断をしていないだろうか。

小沢氏をマスコミの偏向による「悪人」として捉えていないだろうか。

悪人と言えば「薬害エイズ事件」の帝京大学医学部の安部英名誉教授が「殺人医師」として皆さんの記憶に残っているでしょう。しかし真相は・・・。

『テレビの大罪』和田秀樹著 新潮新書が面白い。

私は月間15冊ほどの新書や文庫を読み、5冊ほどの単行本と5冊ほどの専門書を読んでいる。単行本や専門書は厳選して買うのでハズレはないが、新書文庫は適当に手に取るのでハズレがある。しかし、大当たりも月に2冊ほどには出会う。9月に入って7冊目で大当たりに出会った。

『テレビの大罪』です。是非に読んでみてください。

『検察が危ない』も勿論、8月に25冊を読んだ内の大当たり3冊の内の1冊でした。

 

『テレビの大罪』の特に8章の「テレビを精神分析する」と6章の「自殺報道が自殺をつくる」は良い勉強をさせてもらった。

 

その第2章の『「正義」とは被害者と一緒に騒ぐことではない』を紹介したい。

薬害エイズの真相

・・・・・

50p〜51p

薬害エイズ事件とは、1970年代後半から80年代にかけて、汚染された非加熱製剤という薬を使用したことにより、多くの血友病患者がエイズウイルスに感染したというものです。この事件が薬害と呼ばれる理由は、非加熱製剤の危険性が認識されてからも非加熱製剤を使い続けていたことにあります。この事件をめぐっては、安部名誉教授のほか厚生官僚やメーカー幹部が起訴されました。

 薬害エイズ訴訟は当初、国内5000人の血友病患者のうち2000人が非加熱製剤のためにエイズになってしまったという筋立てで報じられました。しかし、2000人のうち1900人はエイズがウイルス感染症であることが明らかになる前に、すでに感染していた人たちだったのです。実はエイズに感染した血友病患者のうち過失が認定された患者はごくわずかで、帝京大学では1人でした。

 当時はこう報道されていました。加熱製剤が認可されるまで、以前からあったクリオという薬を使っていれば済んだはずだ、と。しかし非加熱製剤が登場するまで、血友病患者の平均死亡年齢は2728歳という短さでした。クリオというのは、それだけ不完全な薬だったのです。

 しかも非加熱製剤なら、患者が自分で注射できる。血友病というのは、ちょっと怪我をしただけで血が止まらなくなってしまう病気です。クリオは医療機関でないと注射できなかったため、病院で処置を受けられるまで数時間、あるいは運が悪ければ半日も待たないといけませんでした。ところが非加熱製剤ならば、すぐに自分で注射できるというメリットがあったのです。

 個人差は大きいものの潜伏期間が5〜10年もあるエイズに感染する危険性があったとしても、非加熱製剤を使うことにはそれを上回るメリットがありました。こうした背景はまったく報道されなかったため、医者である私ですら、当初はエイズになることがわかっている薬をよく使えたものだと思っていたくらいです。

・・・・・

なるほど。こういう事情があったのです。

帝京大学医学部の安部英名誉教授はさぞ悔しい思いの中で亡くなられたことでしょう。

 

「大野病院事件」は覚えておられますか?

2004年福島の県立病院で帝王切開手術を受けた産婦が出血多量で死亡したことについて、06年に担当医が業務上過失致死で逮捕された事件です。

この事件でも医師は物凄く悪者にされていました。

私がこの事件で印象的だったのは世論で司法が動いたことでした。

無罪判決の日、改めて小松秀樹著の『医療崩壊』朝日新聞社を読みなおしました。

・・・・・

 記者が責任の明らかでない言説を反復しているうちに、マスコミ通念が形成される。これが『世論』として金科玉条になる。この段階で反対意見をだそうとしても、メディアは取り上げようとしない。

 ・・・記者は詳しく調査することも調査することも、反対意見を吟味することもなく、また反対意見が存在することを示すことすらせず、同じような報道を繰り返す。

 これは暴走といってよいと思う。なぜ『暴走』かというと、しつこいようだが、この過程に個人の責任と理性の関与、すなわち、自立した個人による制御が及んでいないからである。

・・・・・

救急患者のたらい回し事件も一時期マスメディアで多く取り扱われ、病院が悪者にされた。

平成19年に姫路でもあった。

〔兵庫県姫路市で6日未明、肝臓に持病がある男性(66)が吐血し、救急車が受け入れ先の病院を探したところ、近隣の16病院から「専門の当直医がいない」などと拒否されていたことがわかった。〕等の報道があった。

 当会でも平成20217日に市民会館会議室で、誰でも自由に参加できる勉強会を開催した。

姫路市内の病院の勤務医はこう指摘しました。

吐血患者に対応できる病院に連絡していたのか?もともと対応できない病院に連絡して、断られて、時間を浪費したのではないか?本来内科が守備範囲である吐血患者の受け入れを、外科当直のほうに連絡していたため、専門外、手術中、処置中ということで断られたのではないか?

診療所の医師の吐血患者に対する一次処置の不勉強を指摘する医師もいた。止血処置は大変難しいと聞いています。まして時間外対応できる病院は限られています。報道された16病院のうち、夜間休日に処置できる病院は一つしかありませんでした。そのたった一つの病院の吐血チームの医師は病院内で待機していたが、患者発生の連絡は届いていなかった。

翌日の報道を見て、当直していた医師たちは驚いた「なんで連絡がなかったのだろう」。

明らかにたらい回しではなかった。「たらい回し」事件として報道した報道側のミスでもあった。

 病院には何の責任もなかった。姫路の救急体制に問題があったのです。隊員に責任があったと言っているのではありません。システムの稚拙さが問題だったと考えています。

 

 この時に新聞社を訪ねて、こう思いました。この少ない人数で紙面を毎日埋めていかなければならないのか。これは、個人の「責任や理性、自立した個人による制御」とは言っていられないな。毎日の仕事に追われて、正確な調査をしたうえで記事が書けるような状態ではなかった。しかし、熱心な新聞記者は休みを利用して私のところへ来て、ほぼ一日話を聞いて帰った記者も2人いたのには、頭が下がった。

 

検察の暴走、マスコミの暴走、問題ではあるがまだ根は浅いように思える。

重大な国家的な犯罪に手を貸している節もあるように思える。

 

5兆円近い税金で損失を穴埋めした銀行を米国業者に10億円で売却し、わずか4年で1兆円の利益を提供したり、アメリカの指示で株価を操作し、莫大な儲けをアメリカに献上した国家的な犯罪に手を貸していたとしたら、どうだろう。

 

 私はこの頃、日本の不景気の原因の一つに対米追従があるのではないか・・・。という気がしてきている。そして、そんな風に言い始めた第一線の学者が次々と転向したり、姿を消している。冤罪に巻き込まれた学者もいる。「デフレ」も巧みに仕掛けられた罠のような気もしている。

 ウォールストリートジャーナルが小沢氏を非難する記事を書いている。アメリカの証券業界にとって小沢氏は都合が悪いのだろう。

 追って語って行きたい。

 

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 政治 経済 | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
検察の問題について
 

小沢氏は検察の捜査からは逃げないと言っている。当然のことだろう。検察の捜査は暴走であり迷走であるからだ。小沢氏が説明責任をはたしていないという人がいるが、小沢氏の刑事責任を追及できる根拠がどこにあるのか、説明してほしい。説明が出来なければ民主主義を否定していることになる。

 

検察の問題は民主主義の根幹に係わる問題なのではっきりしておかなければならない。

検察の問題はどこの政党、または人を支持しているかという以前の問題でしょう。

 

多くの人が刑事事件と政治家としての道義的責任を混同している。

資金管理団体で土地を購入したこと、

現金で4億円を持っていたこと、

そのことだけでは、政治資金規正法違反にあたらない。

 

検察の捜査がいかにでたらめで、マスコミの報道にどのような問題があったのかは

『検察が危ない』郷原信朗著 ベスト新書 20104月初版第1

を読んでもらえれば分かる。

関係者の逮捕もいかに不当なものであったのかも分かる。

 

正直に言ってこの本を読むまでは、私は小沢氏を黒だと思っていた。そしてマスコミの報道から事実と推測を分けて、読み取れていない自分自身の判断力の甘さを痛感した。

 

各政党もこれ以上この事件を追及することは、返ってその事件の政治利用を国民に知られるだけのことになるので、やめたほうが賢明だろう。小沢氏が総理になったら、小沢氏は検察の裏金問題の責任を徹底的に追及するだろう。検察は裏金問題で自民党に恩義を受けて曖昧にしてもらったことが公になることや、検察の捜査が常識では考えられない政治的意図があったことも公にされて、自民党は大きな打撃を受けることになる。多分、小沢さんは徹底的にやるだろう。そのことが、国民への説明責任だと小沢さんは捉えている、と私は睨んでいる。徹底的に検察の裏金問題をたたき、総選挙に持っていく作戦だと考えられる。私が小沢さんの選挙参謀なら、民主党の小沢さんと菅さんの対立を演出し、管さん側の有力議員も同時に葬り去ることを考える。

 

ねじれ国会、党内対立、説明責任の三つを、同時に解決することを図ることが今回の代表選に立った小沢さんの意図であると、私は考えている。小沢さんが総理になったら公明党との協力体制でねじれ国会を乗り切ろうなどという、甘い考えはないだろう。自民党が検察を利用したがゆえに、検察を叩くことで自民党を壊滅させる作戦が始まっている。この代表選を一番注目しているのは検察だろう。管さんや鳩山さんなら丸め込めるが、政治の裏の裏まで知っている小沢さんでは容赦はない。小沢さん有利の情報を聞いて、検察は今頃震えあがっているだろう。

 

検察審査会が2度目の結論を出せば状況が一変するのではないか、と多くの人が思っているようですが、これこそ小沢さんが手ぐすね引いて待っているところです。

 

『「権力」に操られる検察』三井環著 双葉新書20107月第1

に、こう述べられている。

153p〜

『東京第五検察審査会が「起訴相当」と議決→強制起訴

・・・の道筋となった場合、検察が起訴するわけではない。指定弁護士が検事の代役を果たすという、刑事裁判としてはイレギュラーな形で進む。

 検察審査会は再度の「起訴相当」判断を下した場合には、指定弁護士はさぞかし苦労するだろう。指定弁護人は、検事の代役を務めなければならないからだ。当然、弁護人には捜査の権限はない。補充捜査をする権限もない。捜査をするための手足を奪われているのだから、これは難儀な仕事だ。

 反対に、小沢前幹事長は戦いやすくなると思う。検察を相手にする通常の刑事事件とは、様相がまったく異なるからだ。』

 

検察は検察審査会に判断を任せることで、責任逃れをしようとしているようだ。

検察は2度の不起訴を決めている。検察審査会の判断は健全だったのだろうか?

154p〜

『検察審査会が「起訴不相当」としたところで、検察の責任は何もない。検察審査会が「起訴相当」としたところで、以後の裁判を検察が担当するわけでもない。最終的に裁判が無罪になったとしても、検察に対する非難が巻き起こることもない。』

 

200911月に改正版・検察審査会法が施行されたことは、

『・・・あとは検察審査会に下駄を預ける道だ。そうすれば、検察は悠々と高みの見物を決めこむことができる。』

いかにも官僚が考えそうなことだ。

 

『検察が危ない』の「はじめに」でこう述べられている。

 

『・・・検察は、本来は法務省に属する一つの行政機関に過ぎないのであるが、国民の大部分は、検察の判断を「司法判断」だと思い込んできた。』

 

検察に正義が独占されているということが、日本の刑事司法の限界でもあるようだ。

 

『・・・その「検察の正義」が、対社会、政治、経済という面で大きな影響を生じさせるのが、特捜検察が手掛ける事件における捜査・処分である。』

 

20093月、当時民主党代表小沢一郎氏の公設第一秘書、大久保隆規氏が政治資金規正法違反の容疑で逮捕され、さらに翌20101月、石川知裕衆議院議員を含む小沢氏の秘書及び元秘書三名が同法違反で起訴に至る。これらの事件をめぐる検察の捜査・処分・公判は、検察の実務に関わった経験を持ち、刑事司法を担う機関として検察の重要性を認識する者、検察という存在に思い入れを持つ者にとって、まさに悪夢そのものであった。

 従来の検察の常識からは考えられない強制捜査のやり方、裁量の範囲を逸脱した処分、適正手続きという観点からは到底許容できない不公正な公判立証などが繰り返されるが、それらを問題にする動きは、捜査対象の小沢氏に対して盛り上がる政治的、社会的批判にかき消され、ほとんど目立たない。そして、検察と一心同体の関係にある司法クラブを中心とするメディアの報道に守られ、検察の捜査・処分は、「失敗」「敗北」と批判されることなくことごとく容認される。』

 

同書第5

『政治資金処理の適正さを担保する行政的な枠組みがほとんどなく、検察の裁量で政治資金法違反の摘発が行われていることが、このところの政治資金規正法による検察の暴走を招いたのである。』

 

著者の重要な提案にも耳を傾けなければならない。

殺人、窃盗等の伝統的犯罪に適切な処罰を与える「伝統的機能」と、経済社会における様々な法令違反に制裁を科す「社会的機能」は分けて、整備されるべきである。行政法規の実効性の確保のために、罰則適用のためのシステム化を図る。という論はなるほど専門家の意見だ。

 

4章では、企業・団体献金全面禁止の政治資金規正法改正案の問題について、こう述べている。

『・・・この事件では、大久保氏の逮捕後、「政治団体の代表者の監督責任で小沢氏を議員失職に追い込める」との見通しがしきりに報じられた。現行法の「選任 及び 監督」についての過失という要件の下では客観的にあり得ないものであった。

 だが、公明党提案のように「選任 又は 監督」についての過失で代表者が処罰できるようになると、会計責任者の違反さえ摘発できれば、代表者たる政治家の監督責任を問うことは容易になる。』

『・・・検察の意向次第で、政治家の政治生命を奪うような政治資金規正法による摘発が自由自在にできることになる。

 暴走・劣化を繰り返す検察に、さらに強大な権限を与える法改正を行うことは民主主義にとって危険極まりないものである。』

 

検察革命、司法制度改革は必要なようだ。

 

『「権力」に操られる検察』で指摘された検察の「けもの道」や「国策捜査」による「国家の罠」についても深く考えさせられた。

 

『法務検察は表では犯罪を検挙して、裏では組織的な裏金を作っている』

その額は年間5億5千万円あったそうだ。現在では7千5百万円減らされているようだが、法務省予算の調査活動費は減らされていないようだ。

『調査活動費とは法務省全体の問題です。法務省の中には検察、公安調査庁といろいろな部署があって、予算を配分する。だから(調査活動費の)検察予算だけが減っても法務省の予算自体は減ってないことになりますよね。』

『金が法務省の中でぐるぐる回っているんですよ。』

 

警察にも調査活動費はある。内閣なら官房機密費、外務省なら報償費とか。領収書も何もいらない、「使い切りのお金」が正規の使い道をされないで、自分たちで勝手に使っているそうだ。

 

検察に問題は多いようだ。上記2冊を読んで考えてみてほしい。

 

小沢さんが首相になったら、選挙は近いだろう。政治家のみなさんは準備をされたほうが良いでしょう。

 

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 政治 経済 | 11:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
政治と金の問題について
 

昨年度の姫路の建設会社の経営内容を、とある大手企業の方から見せていただいた。それは中身を一言も外部に漏らせないほどの酷いものであった。私は10年後の土地価格が現在の半分になる予想をしているので、土地が安くなれば建設需要が増えるのではないか、と思っていたのですが、そう甘くはなかった。10年先まで存在していると、はっきりと言える会社は一つもなかった。土地が安くなっても、内需が回復していなければ、更地が増えるだけなのだ。この夏に見た戦争をテーマにした映画の、絨毯爆撃による焼け野原の映像が浮かんだ。

 

道路も駅前再開発も結局は未来に負担を押し付けているだけなのだ。駅周辺にできるショッピングセンターも過剰供給を上塗りしているにしか過ぎない。郊外の道路整備は郊外の大型店に客足を増やすだけの効果しかない。ほんの少し消費税収入が増えても、デフレを加速させる政策でしかない。商品力もない価格競争もできない駅前商店街が尚一層寂れて、街が空洞化していくだけだ。なぜこんなことになるのか?行政の都市計画や経済政策が行き当たりばったりの杜撰なものであるからだ。もともと、予算委員会もなければ、使われたお金の監査委員会もなく、予算も決算も説明があるだけで議論のない議会に何かが出来るわけもなく、市長の顔も建設業者の方を向いたままで、なんとか45年の間建設会社の連鎖倒産を回避するだけの政策しか持ちえていない。姫路は新日鐵等の大企業があるから無策でも持ちこたえたが、これからはそうはいかない。円高で大打撃を受けるからだ。

 

私には策がある。その私の夢物語を聞いてやろうという、大手企業がいくつか現れた。行政には残念ながら、行動力がない。企業にも、思ったほどの体力がない。

「駅前商店街がなくなれば姫路城がもっと良く見えるようになるからだろう。」と冗談を言ったら、課長がコーヒーをこぼした。テーブルを拭きながら、唐突に彼が切り出した。「菅さんと小沢さんとどちらが首相になった方が、日本が良くなるのでしょうね」

「菅さんの経済財政のトータルな話を聞いたことがないから、分からないね。とりあえずみんなでイギリスの財政改革とドイツの福祉とニュージーランドの医療を勉強する会をしようと言っているのですがね。」と答えて、本題に入って行った。本題の内容は今の段階では話せない。

 

帰りのエレベーターの中で植草一秀の816日のブログを思い出していた。

 

・・・・・

2010816 ()

小沢一郎氏周辺の刑事問題に関する五つの真実

 メディアは小沢氏攻撃を続けているが、ネットを通じて小沢氏に関する五つの事実をすべての国民に徹底的に周知させてゆく必要がある。
 
 第一は、小沢氏に関する「政治とカネ」問題の詳細である。

秘書大久保隆規氏が政治献金を受けた政治団体名を正しく記載して報告したのに「虚偽記載」だとされて逮捕された事案である。大久保氏のこの問題での無実は早晩明らかにされると思われる。
 2004年10月に小沢氏の資金管理団体が不動産を購入した件について、
ー支報告書での記載が2005年になったこと、
一時的な資金繰りをした資金の出入りが記載されなかったこと、
の2点が問題にされているが、
,砲弔い討鷲堝飴催亠が2005年にずれたこと、
△呂海譴泙任留人僂濃餠盞りの記載が省略されていたこと、
が背景であり、本来、刑事事件として立件するような事案ではない。
 
 第二は、検察審査会の審査補助員を務める弁護士の選任方法が不透明であることだ。検察審査会の審査では、審査補助員の弁護士および事務局が提供する基礎資料が決定的に重要な役割を果たす。審査補助員を恣意的に選定すれば、検察審査会の決定を誘導することが可能になる。

・・・・・

というように第五まである。

 

小沢さんが有罪だとはっきりと言い切れるのか?

マスコミの報道の雰囲気だけで判断しているということはないだろうか?

検察審査会の判断は公正なものだったのだろうか?

私には分からないが、有罪だと確証出来る話も持ち合わせていない。

 

831日の植草のブログでは

菅さんと小沢さんの基本政策を比較している。 

 

・・・・・

菅政権の基本政策は、
‖佇椴貘
官僚利権温存
市場原理主義
ず眄再建原理主義
シ糞い茲蠅盧眄である。

 これに対して、小沢一郎氏は、
‖佚な日米同盟
官僚利権根絶
6生重視主義
ず眄の無駄排除の徹底
ス駝韻寮験茲第一を基軸にしている。
 
 代表選では沖縄普天間問題が重要争点として浮上する。

・・・・・

植草はとても秀才だが、例の事件が少し冷静さを失わせている。

強烈な小沢支持者の植草のことは置いておいて、

民主党は菅さんと小沢さんの政策の違いを国民に分かりやすく示さなければならない。

党内の権力抗争の選挙にしてはいけない。

国民に両者の政治的立脚点の違いまで明らかにしなければならない。

 

本屋によって、『田中角栄の昭和』保阪正康著 朝日新書

2010730日 第一刷 を買って帰った。

 

まえがきに『民主党には田中政治に相通じる三つの特徴があるように思う。』

と書かれていたからだ。

・・・・・

1点は人間の幸福感を物量による尺度においていること。

 日本列島改造論などその典型であった。田中は、きれいごとを言うより、金をもって豊かな生活を過ごそうと、国民の欲望を政治化するのにもっとも力を発揮した政治家であった。

2点は、その政治姿勢がリベラルな立場にあること。

 政治的には東西冷戦下で西側陣営に属することは明確にしていても-----

 実業家としての目で見る中国市場の可能性に賭けるという方向を常に意識していた。結果的にそれはリベラルな立場に立つことを意味していたのである。

3点 政治家生活には多額の政治資金を投入した。

 

田中政治が日本社会で受け入れられたのは、欲望肥大の物量社会、その体制を支えるリベラリズムにあるが、それはとりもなおさず意識する社会主義者と意識せざる社会主義者との結合であった。社会主義体制が崩壊したがゆえに、リベラリズムという社会民主主義的な政策で、田中派と社会党は結びつくことができたのであった。それは歴史上の皮肉な結合でもあった。

 

-----田中が金権政治で批判されて政治の正面から退場するとき、そしてやがてロッキード事件で逮捕されたとき、田中の価値観や人生観に国民は鋭い批判を浴びせた。いや、なかには嘲笑することが流行のような様相を呈した。つまり田中は日本人の道徳や倫理のもっとも低次元な領域を代弁させられ、そして同時代史の上では巧みに国民自身の弁解のために利用させられてきたと、私は見ているのである。あえて言えば、そこに田中角栄という政治家の悲劇があった。

・・・・・

 

というようなことがまえがきに書かれていた。

 

ロッキード事件と言えば、田中角栄はエアバス導入の見返りとして受け取った5億円が問題とされたのだが、韓国の軍隊や自衛隊への戦闘機売り込みのための巨額の闇資金のスケープゴートにされた事件として、私は認識している。立花隆によると牛1頭が極上のステーキ1枚に矮小化された事件ということになる。

 

著者は第3章でこう述べている。

・・・・・

露骨に政治資金を生みだす中心円とそれを固く守っていた田中ファミリーの円輪そのものが官僚を軸にした政治家と財界人、それと連動したアメリカの国益とによって狙い打ちされたという歴史的な見方が出来る。

・・・・・

なぜ狙い打ちされたのか。田原総一郎がいうところの「アメリカの虎の尾を踏んだ田中内閣」、田中のナショナリズムにもとづいた資源外交(石油)が国際的な枠組みでは、アメリカを軽視した「虎の尾」を踏むことになったということなのか。

著者は終章でこうも述べている。

・・・・・

-----もし田中が政界、財界、官界の中にあって、政治資金をこれまでの自民党の領袖のように財界から集めていたら、田中はロッキード事件でひっかかることはなかっただろう。だが田中は財界、官界とは一線を引いて、自らの力で自らの才覚で、土地転がしや不動産売買(それも立法府にあって立法とからませて)によって政治資金をつくり、官僚を手なずけた。そういう意味では、田中はまさに日本社会の亜流そのものであった。つまり田中の言うところの「アメリカのメジャー」などから見ると、「何をやるかわからない男」ということになった。

 田中はその意味では日本の亜流叩きのターゲットにされたのだ。

・・・・・

では何故、土地転がしや不動産売買によって政治資金をつくったのか。

無罪になったが、炭管汚職事件で得た教訓であったようだ。

2章 裁判から得た三つの教訓

『政治資金は自前で調達し、他人からの献金には頼らないという哲学である。献金はつねに贈収賄の危険性がある。』

 

田中は亜流として、土地転がしや不動産売買によって政治資金をつくった。では主流はどうか?田中以降の主流派は政治資金が73年のオイルショック等で財界から集まりにくくなっているために75年から国債を発行し、官僚の既得権益を増やしていくことで官僚をコントロールしようとしているではないか。亜流の田中と国民の税金を湯水のように使い、政治資金代わりにした政治家とどちらが、健全な発想をしていると言えるだろうか。

 

民主党は鳩山さんと小沢さんの金がなくて、結党できただろうか。労働組合系以外の議員の選挙を支えることができただろうか。小沢、鳩山の政治と金の問題は、亜流の問題で、真の政治と金の問題は、増え続ける国債にあるのです。政治と金の問題を言うなら、来年度予算の概算要求の大きさにこそ、目が向けられなければならない。

 

日本の国債がいかに巨大になって行ったのかは、猪瀬直樹の「日本国の研究」を読めばよく分かる。政治と金の巨悪は他にいる。国民は錯覚に陥ってはいけない。

日本の政治は多大な資金を必要とする。解決方法は国民が政治哲学を持つ以外にはない。

「小沢さんの政治と金の問題はどうなったんでしょうね」と国民が言っている間は何も変わらないだろう。

 

『田中角栄の昭和』は田中を擁護している本ではない。国土開発、電子立国、資源獲得、日中国交の問題も含めて、日本の戦後とは何かを象徴的に描いた作品であり、必読の書である。現在的にいえば、世界のエネルギー転換の時代の、日本の技術力を封じ込めて競争力を削ごうとしている、諸外国の円高容認といかに戦わなければならないのかを考える、歴史書でもある。

 

しかし、田中が日本の政官の質を落としたことも事実だ。

 

同著の第3章の一節を最後に紹介したい。

・・・・・

187p〜

-----昭和30年代の保守政治には政財官の癒着構造が当然なこととして存在した。財界の献金は主に官僚出身の政治派閥に優先的に撒かれていて、党人派の系譜に連なる派閥は政治資金集めに頭を悩ませなければならなかった。もともと政治に多大な資金を要するというのは、この国の政治風土として明治期から続いていたことで、それは議員自身の責任に加えて、有権者の側の意識が、議会政治のありうべき姿を求めるよりも、家業としての代議士誕生を補佐し、そこに利権構造をつくりあげようとする風土そのものにもつながっていた。そのことに気づくなら、確かに田中ひとりのみに「金権」の汚名を浴びせることは妥当とはいえないだろう。

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「2020年、日本が破綻する日」
 

『・・・財政は破綻する確率が高いのである。すなわち、私達に残された時間はそう長くはない。

 仮に財政破綻が起これば、長期金利は急上昇しインフレーションとなる。すると、政府のみでなく、借入金を抱える企業や住宅ローンを抱える家計も資金繰りが困難になる。

 最悪ケースでは、次々と企業が倒産し失業が増加。株価は暴落し、年金の実質価値はゼロとなり、家計も破綻。政府は税収が不足し、社会資本の維持もできない。政府は異常事態に対応するため、中央銀行に直接国債を引き受けてもらう。

 また、裕福な家計や企業は自己防衛のため多くの資産を海外に逃避させるだろう。その結果、為替レートは暴落し、石油や食料品などの輸入物価も急上昇していく。すると、インフレーションや金利上昇は加速・・・。最終的に、円、日本株、国債のトリプル暴落に至り、日本経済は崩壊というシナリオも想定される。』

 

この文章は『2020年、日本が破綻する日 危機脱却の再生プラン』

小黒一正著 日経プレミアシリーズ 20108月 一刷

の はじめにの一節です。

 

著者は、財務省財務総合政策研究所主任研究官、(財)世界平和研究所主任研究官などを経て、20108月より一橋大学経済研究所世代間問題研究機構准教授。経済産業研究所コンサルティングフェロー。専門は公共経済学。

 

著者は日本経済の崩壊の危機を2020年と言っている。

 

『政府が抱える巨額の債務は、主に家計が支えている。貯金や年金・保険という形で集まった家計マネーの多くが金融機関を通じて、国債に流れ込んできた。このように、今や約1400兆円にまで膨張し家計貯蓄をベースに、これまで、国債は安定消化が図られてきた。だが、これから急速に高齢化が進展し、団塊世代が老後の生活費として貯蓄の取り崩しを本格化させる中、これまでのように家計マネーが国債を安定的に吸収できるとは限らない。むしろ、政府の借金が2020年までにその原資である家計貯蓄を食い潰してしまう・・・』

 

『一般政府債務は、毎年3%弱のスピードで増加していき、2022には100%を超過する。すなわち、政府の借金が完全に家計貯蓄を食い潰してしまうのである。』

 

『政府は国内から借金ができなくなる』

『国内金利が急騰するシナリオが濃厚となる』

 

『国債の増加が、民間部門の生産活動に必要となる資本を圧迫し、金利の上昇をもたらす現象を「クラウディング・アウト」というが、政府の借金が家計貯蓄を食い潰すまでの過程において、それが急速に加速するのである。』

 

『・・・今のままでは、2020年までに突然、金利が急上昇する「相転移」が起こる可能性がある。

 なお、金利が急上昇すると、国債価格が大幅に下落するから、金融機関は国債という大量の不良債権を抱える可能性があり、最悪のケースでは、自己資本が欠損・減少し、金融危機が再燃しかねない。また、そのような状況ではもはや増税もできないことから、政府も借金の支払いが困難となり、その時点で財政破綻となる・・・』

 

『金利が成長率を上回る可能性がある限り、財政破綻のリスクは存在する。』

『アメリカやイギリスなどの先進国諸国と比べて、日本財政の破綻確率は突出している。』

 

第一章を読んだだけでも、今の日本の危機的な状況が分かってもらえるだろう。

 

2章を読み進めると『暗黙の債務』という言葉が出てくる。

『社会保障が抱える「暗黙の債務」は年金の債務のみではない。今の公的年金は、老齢世代が必要な年金を現役世代が支える「賦課方式」という仕組みを採用しているが、医療や介護も老齢期に支出が集中し、その支出を現役世代が支える仕組みになっており、実体としては賦課方式と同じだ。だから、今の医療や介護も、年金と概ね同じ構造となっており、暗黙の債務を抱えているのだ。』この暗黙の債務も含めると、約2100兆円にも達する・・・』

 

3章では『リブソン・リスク』のことも紹介されている。

4章では『バローの中立命題』が成立しないことも述べられている。

 

『暗黙の債務』『リブソン・リスク』『バローの中立命題』や『ジニ係数』『世代会計』という言葉も本書を読んで勉強してもらいたい。

 

5章、第6章では解決策が提案されている。

おわりに『世代間格差の是正と財政の持続可能性を確保する観点から、財政・社会保障の再生に向けた解決策(政策手段)を、できるだけ分かりやすいように記述したつもりである。キー・ワードは「事前積立」「社会保障予算のハード化」「管理競争」「マクロ予算フレーム」「世代会計」といった政策手段であり、それらを調整する「世代間公平委員会」という政治から独立した組織と、その枠組みを定める「世代間公平基本法」という法律である。これらの政策手段が整えば、世代間格差の是正と財政の持続可能性の両立は必ず達成できるはずだ。』

 

とにかく、この本を読んで、日本の近い将来の危機について考えてもらいたい。

 

日本は財政赤字を積み重ね、崩壊の道を直走っている。団塊の世代が大量退職し、産業労働人口は激減し、景気はもっと悪くなる。このままでは、税収は落ち込み、福祉行政は支えられない。

2020年から2030年にかけて高齢者人口が45%も増える。高齢者は複数の病気を罹患するので、医療と介護の需要は現在の倍以上になり、更に2020年から団塊の世代が癌適齢期を迎えるのだが、医師もいなければ、施設もなく、予算もない。

高齢者の貯蓄は医療と介護が必要となった時に切り崩される。国債は2020年から毎年10年間、少なく見積もっても35兆円から40兆円がそのために売られることになる。現在の国の総予算207兆円の79兆円が国債費で、これにその35兆円から40兆円を足すと総予算の半分以上になる。社会保障費が1,5倍から2倍程度になるので、現在の70兆円から100兆円を超える。国債費と社会保障費だけで2009年度の一般会計と特別会計の純計207兆円を遥かに突破するのだが、国民や行政にその危機感がないところが危険だ。

 

日本は今、必ず負ける戦争に突入しようとしている。そんな気がしているのだが、この状況はどこかで読んだことがある。猪瀬直樹の『昭和16年夏の敗戦』を思い出した。

 

あらすじは『空気と戦争』猪瀬直樹著 文春新書

88p〜石破茂氏の発言によく纏められている。

『昭和16年夏の敗戦』

 200729日の衆議院予算委員会で、石破茂元防衛庁長官が僕の本を引用して、つぎのような発言をしたという。人づてに聞いてビックリし、議事録をとりよせてその発言を確かめてみた。

 

「猪瀬直樹さんが書いた『日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年夏の敗戦』という本をぜひ多くの方に読んでくださいということを私はいつも申し上げている。なぜ昭和二十年夏の敗戦ではなくて昭和16年夏の敗戦なのかということであります。

 昭和十六年四月一日に、今のキャピトル東急ホテルのあたり、首相官邸の近く、当時の近衛内閣でありますが、総力戦研究所という研究所をつくりました。ありとあらゆる官庁の三十代の俊才、軍人、マスコミ、学者、三十六名が集められて、もし日米戦わばどのような結果になるか、自由に研究せよというテーマが与えられた。

 八月に結論が出た。緒戦は勝つであろう。しかしながら、やがて、国力、物量の差が明らかになって、最終的にはソビエトの参戦という形でこの戦争は必ず負ける、よって日米は決して戦ってはならないという結論が出て、八月二十七日に、当時の近衛内閣、閣僚の前でその結果が発表されるのであります。

 それを聞いた東條陸軍大臣は何と言ったか。まさしく机上の空論である、日露戦争も最初から勝てると思ってやったわけではない、三国干渉があってやむを得ず立ち上がったのである、戦というのは意外なことが起こってそれで勝敗が決するのであって諸君はそのようなことを考慮していない、この研究の成果は決して口外しないようにと言って終わるわけですね。

 なぜあの戦争は負けたか。要は、輸送というものを徹底的に軽視したからですよ。つまり、陸軍では、『輜重兵が兵ならば、電信柱に花が咲く、輜重兵が兵ならば、チョウチョウ、トンボも鳥のうち』と言われて、南方を幾ら占領しても、輸送する船が要る。しかしながら、それに護衛がつかない。なぜならば、帝国海軍は、日本海大海戦もこれあり、艦隊決戦ということを重視したのであって、商船を護衛するようなのは、それは腐れ士官の捨てどころだ、このように言われた。

 しかしながら、戦争を始めるに当たって損耗率というのを計算しなきゃいけない。つまり、南方から本土に向かう船のどれだけが沈められるかというデータがなければ開戦に踏み切れない。そんなデータはどこにもなかった。帝国海軍にもなかった。どこかないか、とにかく出せということで、ようやっと引き出してきたのが、第一次世界大戦でドイツの潜水艦にイギリスの商船が沈められた、その損耗率の10%、よしよし、これだということでこの数字を入れた。それならばやれるなということであの戦争になってしまった。しかし、その数字がでたらめであって、結果として、この国はああなってしまうわけですね。

 なぜあの戦争になったのか。それは、政治をつかさどる者が、おのれも知らず、そしてまた相手の国力も知らずそんなことできないじゃないかと言ったらば、きさまは大和魂をどこに置いた、それでも日本人か、こう言われてしまって、前線に飛ばされるか、首になるか、それだったらば、山本七平さんに『「空気」の研究』というのがあるけれども、やっちゃえ、やっちゃえということで、とうとうあんなことになってしまったということだと私は思っています」(*「輜重」とは、軍隊に付属する糧食・被

服・武器・弾薬などの軍需品の総称。「輜重兵」はその輸送に任ずる兵士)

 

朝日新聞(2007年三月十四日夕刊)によると、僕が『日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年夏の敗戦』で書いた総力戦研究所の話を、石破氏はよく引用して、国を誤る政治家の無能無責任を憂えているそうだ。 

                    

『昭和16年夏の敗戦』は世界文化社から同名のタイトルで出版されたのは1983年。その後、文春文庫版が86年に出て、その後小学館から『日本の近代 猪瀬直樹著作集(全十二巻)』第八巻に入り、2010625日初版が中央公論新書で出されている。

ものすごく面白いので、是非に読んでもらいたい。

 

『昭和16年夏の敗戦』第2章 イカロス達の夏では

戦争に至った旧憲法の欠陥が描かれている。

『「大日本帝国憲法」では統帥権は天皇の大権に属する。“神聖にして侵すべからず”だから政府は関与できない。しかし事実上その大権を行使したのは天皇自身ではなく統帥部であった。統帥部は政府と別個に(勝手にといってもよい)作戦を発動できた。いわゆる軍部の独走とは旧憲法の、欠陥により生じたものだ。

 明治藩閥政権時代にはこの“欠陥”が露呈しなかった。山県有朋に代表される元勲らの権威が、制度的欠陥を人為的にカバーしていたからである。

 東條内閣のスタートを「朝日新聞」は「統帥、国務、高度に融合」と報じた。軍人宰相なら、「統帥(大本営)」と「国務(政府)」の双方にニラミがきく、とみたのだった。しかし、東條はただの官僚にすぎず、元勲山県有朋ではなかった。時代がちがうのである。』

 

そして情報操作の恐ろしさにも触れている。

『第2次世界大戦は資源戦争だったといってよい。なかでも石油は最も重要な戦略物資であった。』

『賀屋や東郷ら開戦反対派はこの数字を頼りに統帥部に抗していこうという姿勢で企画院の資料に頼ろうとした。しかし、この企画院の提出する数字が実はくせものだった。

 十月二十九日の連絡会議で鈴木企画院総裁は「南方作戦遂行の場合液体燃料如何」という問いに対して次の数字をあげて答えている。

 「第一年目、二百五十五万トン、第二年目十五万トン、第三年目七十万トン、それぞれ残る」

 「残る」ということは、“戦争遂行能力あり”を意味する。すでに連絡会議では、このまま推移すると石油のストックは二年間で底をつくこと、人造石油はまだ実験的段階で需要にこたえることは不可能、ということが数字で示されていた。しかし、南方油田を占領すれば石油は「残る」のである。

 日米開戦反対派の喰い下がりの唯一の根拠は、こうして消滅していく。十一月一日の深夜、連絡会議はついに日米開戦を決める。』

 

そして、空気の問題には『空気と戦争』でこう触れている。

160p

 『それでは鈴木総裁に数字的根拠を与えたかたちになってしまった高橋中尉は、戦後、どのような思いを抱いていたのだろうか。

 彼は当時、自分は若いし、ただの末端役人だと思っていた。だが彼らがつくった需給予測、南方石油の取得見込量が、開戦の意思決定に大きな影響を及ぼした。

 戦後になって当時を振り返ったときの高橋さんの「悔恨」をここに記す。

「これならなんとか戦争をやれそうだ、ということをみなが納得し合うために数字を並べたようなものだった。赤字になって、これではとても無理という表をつくる雰囲気ではなかった。そうするよ、と決めるためには、そうかしようがないな、というプロセスがあって、じゃこうこうなのだから納得しなくちゃな、という感じだった。

 考えてみれば、石油のトータルな量だけで根拠を説明しているけど、中身はどのくらいが重油でどのくらいがガソリンなのかも詰めていない。しかも数字の根拠をロクに知らされていない企画院総裁が、天皇陛下の前でご説明されるわけですから、おかしなものです」

186p

『山本七平も『「空気」の研究』でつぎのように述べている。』

「われわれはまず、何よりも先に、この『空気』なるものの正体を把握しておかないと、将来なにが起こるやら、皆目見当もつかない。」

 

日本が破綻する日は、敗戦に向かう当時と酷似している。法律に不備があっても既得権益を持つものの村意識による抵抗、リーダー不在の官僚依存、無責任な情報操作、空気で決められていく意思決定。日本の姿は今も変わっていない。日本はこのまま2度目の敗戦に向かっていくのか・・・。

紹介した『2020年、日本が破綻する日 危機脱却の再生プラン』『昭和16年夏の敗戦』を読みながら、考えてもらいたい。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 政治 経済 | 19:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
改正貸金業法について、考える。
 

改正貸金業法は千載一遇のビジネスチャンスです。                   成功の条件が変わる。この転換点を俊敏に捉える。

 

「個人向け貸付け」の総量規制が3分の1となっている。

「個人が事業用資金として借入れる場合は、原則として総量規制の対象とはなりません。」

 優良な個人事業継続者は総量規制の対象とはならない、ということです。

 

総量規制には、「除外」または「例外」となる貸付けがあります。

 

除外

不動産購入または不動産に改良のための貸付け(そのためのつなぎ融資を含む)

自動車購入時の自動車担保貸付け

高額療養費の貸付け

有価証券担保貸付け

不動産担保貸付け

売却予定不動産の売却代金により返済できる貸付け

手形(融通手形を除く)の割引

金融商品取引業者が行う500万円超の貸付け

貸金業者を債権者とする金銭貸借契約の媒介
(施行規則第10条の211項各号)

 

例外

顧客に一方的有利となる借換え

緊急の医療費の貸付け

社会通念上緊急に必要と認められる費用を支払うための資金の貸付け

配偶者と併せた年収の3分の1以下の貸付け

個人事業者に対する貸付け

預金取扱金融機関からの貸付けを受けるまでの「つなぎ資金」に係る貸付け
(施行規則第10条の231項各号)

 

改正貸金業法は多重債務や商工ローン問題に端を発している。

 

起業家にとって「個人事業者に対する貸付け」が例外規定になっているが、新規事業計画者にチャンスは失われる。

 

これからの日本の景気は、団塊の世代の大量退職により著しい労働人口の減少が起こり、内需はますます悪化し、地域経済の深刻な沈没が待っている。

労働人口を確保していくには主婦の社会参加が必要となり、地域活性化のアイデアは若者の起業意欲が鍵となる。

 

地域産業発展の鍵はフレッシュなビジネスをどれだけ育てられていくかにかかっている。飽き飽きした、代わり映えのしない街に人は集まらない。

 

地元企業が主婦のアイデアと若者の新鮮なアイデアを、積極的に取り入れていく。スモールビジネスに企業が経理管理者と経営管理者を入れて、支援していくシステムの構築を目指していく。

 

改正貸金業法でスモールビジネスの芽が摘み取られていくからこそ、地域間競争力をつけるためにも主婦の暮らしのアイデアと若者の意欲が、地域の活性化を生む。

 

スモールビジネスが巨大事業に発展した事例はいくらでもある。

成功が見込める段階にくれば、投資を拡大する。

 

スモールビジネスの成功は1%未満。失敗は4割程度。維持できる程度の経営は6割弱と見込んでいる。

この成功の1%未満が発見できるかが、マネージャーの実力となる。

 

維持できる程度の経営はグループ化し、互いの力を利用し、利益率・効率を高める工夫をする。

 

失敗の4割は、その人員を企業で確保し、一定期間は関連事業に従事し、ビジネスプログラムを受講してもらい、再挑戦の機会を与える。スモールビジネスなので投資額が少なく、挑戦者の負担も少ない。

 

主婦や若者は挑戦の機会を与えられ、失敗しても企業での仕事もあり、再挑戦の機会もある。

 

主婦と若者のアイデアを生かせる企業規模は、「維持できる程度の経営」のグループ化と再挑戦の機会が与えられる規模となる。

 

企業はこれから、若者の人口減により、人員確保が難しい時代となるので、スモールビジネスを事業部の代替としていく工夫が必要です。

 

スモールビジネスの経営機能が重複し経営資源面での無駄が生じることに対しては、経理管理者と経営管理者を入れる。新商品、新サービスが生まれやすくするためのグループ会議を定期的に行う。

 

スモールビジネスの定期的な見直しによる事業計画の組み換えや、グループの調整、コーディネート機能の強化は、グループ会議制とする。

 

以下、スモールビジネスグループ経営戦略はSBGと省略する。

 

SBGのメリットとしては、(1)企業内の滞った血の流れを改善し、市場の変化を迅速に捉える(2)事業利益責任が明確になり、業績向上に向けたインセンティブが働く(3)本社部門の古い非効率な事業運営の負担が軽減され、本社部門がより戦略的な未来モデルに集中できるようになる(4)SBG代表者に経営者としての経験を積ませることができる。

 

企業の大きな変化やグループの相互の関係には、必ずコミュニケーションギャップが生じるので、メディエーション研修は必須とする。接客技術にも繋がる。

マネジメント・問題解決能力向上のための研修も必須とする。

 

SBG関連事業部門は、社会福祉と住民サービスの充実、特産品振興と集客交流、ITと語学による対外貿易振興を3本柱とする。

 

女性が仕事をすると少子化が進むのではないか?は愚問であった。女性労働力率の上昇と出生率の上昇は同時に進んでいる。理由は家計の安定、子どもとはなれて気分転換が出来る。

 

量産技術向上による過剰生産によるデフレ状況に、SBGによる多様な需要にこたえることが出来る体制こそ、次世代経営のモデルとなる。

 

人口減少社会や高齢化社会による需要低迷時代に、郊外型開発事業は供給過多となり投資効率は落ちる。コストに収益が伴わないものになる。低コストで効率のよい事業は、市街地の空き地利用と、田舎の活用が、逆説的なように思われるが、SBのグループ化の効果による『次世代型組み合わせ活性化ビジネスモデル』となる。

 

中高年や中小零細企業に投資や協力は行わない。自力で行うべきである。むしろ、古い人間関係や商習慣の馴れ合いは手かせ足かせになるので更地にして、ゼロからの成長率の高さを目指す。

 

企業がトップダウンで開発商品化するものは、競争の激化による開発スピードと費用を求められ、収益になるまでに次の商品化が求められるので、国際競争の中で収益をあげるのは至難の業となる。

地方の基幹企業にとって「優雅で、楽しくて、ためになる、地方ブランド開発」こそ、生き残る道となる。

 

ナンバーワンではなくオンリーワンは企業を縮小弱体化させた。大企業に対する中小企業の戦略であったが、事実は大企業を防衛するための口車であったのです。やはり、創意と工夫によるナンバーワンを常に求めなければならないでしょう。低消費時代は保身による後退は命取りです。マシンガンのように止めなく打ち続ける工夫が必要です。皆の創意工夫を生かすSBGが有効です。

 

高齢者人口の増加による医療介護の需要が急増する。2020年から2030年にかけて、この分野で成長のない企業は、時代に置いていかれることになる。が、大変な人材難も訪れる。SBGの創意と工夫が医療介護分野に大きく貢献することは間違いがない。

特に、都会では地価も高く高齢化に供給は追いつかないので、地方は都会の高齢者を引き受けるビジネスチャンスが広がる。主婦の空いた時間を有効に使える「主婦のお助けクラブ」といった、スモールビジネスもグループ化することで有力な介護事業となるだろう。

私の個人的な意見だが、大きな災害が予想される都会から高齢者は離れた方がよい。温暖な気候の瀬戸内は高齢者の余生に最適であることをアピールしたい。瀬戸内海の風に魚が美味い、そんな施設は魅力的だ。手厚いリハビリと介護を実現した、庭付き一戸建て施設も実現したい。

 

かわいらしい庭付き一戸建て、あるいは優雅な庭付き一戸建てで、楽しい余生を暮らすための時間を提供するビジネスモデルです。医療を伴う介護が必要になったときは、近くの街中のグループ内高齢者施設と連携する。

 

「消費の対時間性」という考えがある

『デフレの正体』―― 経済は「人口の波」で動く 藻谷浩介著 角川ONEテーマ21

を読んでもらいたい。

174p

――現代の先進国において絶対的に足りないもの、お金で買うこともできないのは、個人個人が消費活動をするための時間なのです。

 最も希少な資源が労働でも貨幣でも生産物でもなく実は消費のための時間である、というこの新たな世界における経済学は、従来のような「等価交換が即時成立することを前提とした無時間モデル」の世界を脱することを求められています。』

172p

『人口の減少は、国民が経済活動に使える時間の総合計=人口×365(366)日×24時問(これを「国民総時間」と仮称させてください)の減少でもあります。不可避の人口減少に伴い日本の「国民総時間」がどんどん減っていく中で、GDPを成長させる(あるいは一定に保つ)ためには、国民一人一人の一時間当たりの生産水準と消費水準をどんどん上げていかなくてはなりませんね。前者の時間当たりの生産水準は、機械化や生産技術の革新などで果てしなく高めていくことが可能だと思いますが、後者の時間当たりの消費水準に関しては、これを際限なく伸ばしていくことが可能なのでしょうか?

 生産しても消費されなければ、輸出に回すか在庫に回すしかありません。輸出に回すだけでは限界があるというのは、今世紀初頭の「戦後最長の好景気」の殼大の教訓です。在庫に回すのでは、三面等価でGDPの外形は膨らみますが、実態としては早晩在庫が腐るリスクを増やすだけです。ということで日本経済が成長できるかどうかは、国民一人一人の一時間当たりの消費水準を伸ばしていけるかにかかっているわけです。この水準を以下では「消費の対時間生産性」と呼びます。』

 

「自分が自分らしく、時間を過ごす」ことを提供するビジネスでなければなりません。施設という箱だけではいけません。ソフトの充実が充実した時間の消費を促す仕組みとして必要だということです。

 

『実測!ニッポンの地域力』藻谷浩介著 日本経済出版社

も同時に読んでもらいたい。

     深刻なのはアジアの人口減

     2025年に1,9倍に増える75歳以上人口

     高齢者増加が直撃する自治体財政

     就業者の加齢・減少が景気を失速させる

     消費の縮小が始まる

     専業主婦の3分の1が就労すれば

     工業振興だけでは地域経済は支えられない

     問われるのはモノづくり技術ではなく経営技術

     消費不況をもたらした小売店の過剰供給

     野放図な郊外開発が自治体を破綻させる

 

等の項目が興味深い。

 

時間とコミュニケーションギャップをマーケットにしたビジネスは、スモールのグループ化でしか組み立てられないでしょう。状況の微妙な変化を察知し対応を迅速化し、きめ細かなサービスの実現を、可能にするものは、事業者の意欲です。

 

『機会不平等』斎藤貴男著 文春文庫 を読んでもらいたい。

機会の不平等がいかに社会的な損失を与えているか、ひいては経済的な損失を与えているかを、考える機会にしてもらいたい。

 

医療や介護の不平等についても近いうちに取り組む。

※ 機会の平等が、ネクストマーケットです。

posted by: 応援しよう東北!(雑華堂) 小嶋隆義 | 政治 経済 | 18:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |